【第1話】前世の記憶とその他
「……思い出したー!!」
寝覚めとは思えないぐらい大きな声が出た。
そんな声が出てしまうのも仕方がないと思っておこう。
なぜなら、前世の記憶とその他を思い出したからだ。
「ライラ様⁈ 何かございましたか?」
「何もないわ。どうかしたの?」
私の絶叫に驚いて、侍女たちが駆け付けてきた。
ここは、しらばっくれておこう。
「い、いえ、大きな音が聞こえましたので」
「そう? 私は何も聞こえなかったわよ?」
「それでしたら良いのですが……」
私はにっこりと頷いた。これ以上詮索するなという意味を込めて。
侍女たちは不思議そうな顔をしながらも納得したようだ。
「それでは、朝の支度を始めさせていただきます」
「ええ、お願いね」
朝の支度をしてもらっている間に今の状況を整理しよう。
私の今の名前は、ライラ・グレンヴィル。グレンヴィル公爵家の末っ子だ。
前世の名前は山崎夏奈。大学生だった。
夏奈は電車に轢かれて死んだ。だが、自ら線路に飛び出したわけではない。誰かに背中を押されたのだ。
死んだ後、真っ白な空間で、神ヴァースと名乗る二十代ぐらいの男性がいた。とても神々しかった。その神様に言われた。
『どうやら手違いで死んでしまったらしいな。我の世界に転生させてやろう。何、衣食住に困るようなことはしない。あ、そうそう、お前の他に二人転生者がいるぞ。ルーク・アルフィーとテオドール・ウェスティアという者だ。……テオドール・ウェスティアには気をつけよ。それでは、また会う日まで』
と。なぜか神様の言葉は一言一句思い出せる。
うん? 待てよ、テオドール・ウェスティアってこの国の第二王子じゃん⁈
神様も気をつけよって言ってたし、権力に物を言わせてきそう……。
嫌な予感がする。
「ーー様? ライラ様? 朝の支度が終わりましたよ」
「! え、ええ。ありがとう」
笑顔でそういうと、侍女たちは嬉しそうに笑った。
コンコンコン。
部屋にノックの音が鳴り響いた。
「セバスです。ライラ様、本日のご予定をお伝えしに参りました」
扉の向こうで執事長のセバスが言った。
「開けてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女のエミリーに扉を開けてもらうと、セバスは「失礼いたします」と部屋に入ってきた。
今日、セバスが来るほどの予定なんてあったっけ?
セバスが来るのは、公的に外出する予定がある時だけだ。
「本日のご予定ですが、午前中は歴史と魔法のお勉強、午後は王家主催のお茶会がございます」
「……第二王子殿下の婚約者探しのお茶会よね?」
完っ全に忘れてた。嫌な予感も的中。
行きたくない……。
「はい、そうでございます。ライラ様、行きたくない気持ちはわかりますが、第二王子殿下と年齢が近い婚約済みでないご令嬢は皆様出席されます。なので、出席されてください。セバスは屋敷から悪い虫がつかないようにお祈りしておりますので」
「ふふ、ありがとう、セバス。気に入られないように頑張るわ!」
「はい、それでは失礼致します」
そう言ってセバスは出て行った。
行きたくないっていう気持ちが顔に出ていたかー。セバスにはお見通しだな。
そういえば、第二王子ってあまり評判が良くないよね。俺様系って噂。神様も気をつけよって言ってたし。
気をつけとこう。
グレンヴィル家は貴族の中では珍しく、朝食と夕食を家族でとることが多い。
今日の朝食もそうだった。
「ライラ、今日は第二王子の婚約者探しのお茶会に行くんだろう?」
「はい、お父様」
「悪い虫がつかないことを祈っているよ」
私は苦笑しながら頷いた。
「父様の言うとおり、悪い虫がついてきたら……ふふ」
「ウィリアム兄様? その『ふふ』には何が隠されているんですか?」
ウィリアム兄様はグレンヴィル家の長男で、私とは十歳離れている。私は十五歳でウィリアム兄様は二十五歳だ。
「ふふ」に隠された意味を知りたいような知りたくないような……。
「聞かないほうが身のためだよ、ライラ」
「そうよ。きっとろくなこと考えていないわ」
「じゃあ、聞かないでおきます。ありがとうございます、アイザック兄様、エヴァ姉様」
アイザック兄様はグレンヴィル家の次男。
そのアイザック兄様の次に生まれたのがエヴァ姉様。
グレンヴィル家は四人きょうだいだ。
「ライラ、今日のお茶会、くれぐれも気をつけるのよ。わたくしも気をつけておくけど。なんだか良くない予感がするの」
「お母様……はい、気をつけます!」
お母様のよくない予感がすると言うのは当たる確率が高いとライラの記憶が言っている。
……くれぐれも気をつけよう!
そんなこんなで朝食の時間は終了した。
やってきました、王家主催のお茶会! お茶会の会場は王宮の庭です! お母様もいるよ。
今は、黒と白を基調とした金色の花の刺繍が入ったAラインのドレスを着ている。
侍女たちは、第二王子の目に留まりにくく、かと言って王家主催のお茶会に行っても大丈夫な程度に華やかなドレスという難しい注文に応えてくれた。
ありがとう、エミリーたち。
「ごきげんよう、グレンヴィル公爵令嬢」
「あら、ごきげんよう、アルフィー公爵令嬢」
会場に入って一番に声をかけてきたのは、アルフィー公爵令嬢、ソフィア・アルフィー様だ。
アルフィー公爵令嬢のお兄様ってルーク・アルフィー様だよね? 転生者の。
「本日はグレンヴィル公爵夫人とご一緒ですか?」
「はい、そうです」
「はじめまして、エルシー・グレンヴィルです。よろしくね」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。ソフィア・アルフィーです」
と、お母様とアルフィー公爵令嬢が挨拶した。
アルフィー公爵令嬢、なんだか緊張してる?
「アルフィー公爵令嬢はどなたとご一緒なのですか?」
「わたしは兄と一緒に来ています。あ、あそこにいますね。呼んできます」
そう言ってアルフィー公爵令嬢は「兄」を呼んできてくれた。
うわっ、めっちゃかっこいい。金髪の猫っ毛に空色の瞳の「兄」は、私のどタイプだった。
「はじめまして、ルーク・アルフィーです。よろしくお願いしますね、可愛らしいご令嬢」
「は、はじめまして、ライラ・グレンヴィルです。よろしくお願いいたします」
この人がルーク・アルフィー、転生者の一人……!
っていうか、「可愛らしいご令嬢」って……! 思わず顔が赤くなったじゃん!
「お兄様! グレンヴィル公爵令嬢が困ってますよ!」
「ふふ、すまないソフィア。つい、本心が出てしまった」
「謝る相手が違います!」
なんだか楽しそうに会話するアルフィー兄妹を見ていると、自然と笑みが溢れた。
懐かしいな。夏奈だったころ、近所に住んでいた綾兄と綾兄の妹ちゃんのやりとりを思い出した。
……あれ? なんか、こっちに視線集まってない?
驚いたような表情をしてどうしたんだろう?
「あの? どうかなさいましたか?」
「あ、いや、グレンヴィル公爵令嬢が美しいなと思って、つい見惚れてしまいました」
「お兄様の言うとおりです! 私も見惚れてしまいました」
「! そうなのですね。ありがとうございます」
見惚れた? 確かに私の容姿は整ってる。自分で言うのもなんだけど。
褒められるのは嬉しいから素直に受け取っておこう。
「あの……! グレンヴィル公爵令嬢!」
「はい、何でしょう?」
アルフィー公爵令嬢は赤くなって、何かを言おうとしている。
なんだろう? 様子から見て、悪いような話ではなさそうだけど。
「ら、ライラ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「! もちろんです! 私もソフィア様とお呼びしても?」
「は、はい! ありがとうございます!」
もしかして、友達ができた?
そういえば、今までライラは友達が一人もいなかったような……? じゃあ、初めての友達?
やった! 嬉しいな。
「グレンヴィル公爵令嬢、妹と仲良くしてやってください」
「はい、仲良くさせてもらいます!」
その後、私はソフィア様と今度お互いの屋敷で遊ぼうねと約束をして別れた。
「第二王子殿下がいらっしゃいます!」
しばらくしてから衛兵が発した言葉に、お茶会の空気が張り詰めた。
いよいよ来たのか……。