68.君のいない朝 side望月光
「……朝か」
部屋に入る光で目が覚める。日の出と共に起床する生活は、少し前に終わりを告げた。そうーー全てが終わったのだ。
ある目的を達せれば、それで良かった。なのにーー心惹かれてしまったんだ。笑顔の素敵な明るい人に。
一条の屋敷から出て北国の港へ連れて行かれた。どうなる事かと思ったら、きちんとした客船を予約されていて、それに乗って大陸へ。何とか住む所と、仕事を見つけなればと思っていたら、一条家をよく知ると言う子爵家が住む所は用意してくれていた。ホンマに追放なんかこれ?と何度思っただろう。
今はーー。
「望月くん、この前の絵売れたよ!最近流行りの、なんだっけな?ポストカード?と言うものにして商品化したいと話があるんだ!どうかな?」
「そら、嬉しいなぁ。ぜひ、お願いします」
趣味の一つにしていた絵を描いて売るーーいわゆる絵描きになった。幸いこちらの大陸では、あまり絵を描く人がいないらしく良い商売になっている。
もし有名になったらーー柚子ちゃんには会えないけど、俺の描いた絵が彼女の手元に届いてくれたらいいなと思って今日も筆を握る。
「うちの娘も素晴らしいと言っていたよ。特にこの青薔薇の絵!本物は見たことがないと言っていたけど、想像で描いたとは思えない!……少し離れた街に本物があるけど、見に行ってみるかい?」
「ありがたいなぁ。……けど、すんません。ちょっと描きたい物がいろいろあるんで、またの機会に」
売れたのは、あの日彼女に描いたのと同じタッチで描いた青薔薇の絵。……本物は、いつか彼女と見たいーー2度とそんな機会はないけど、そう思った自分の気持ちは大事にしてもいいだろう。
青薔薇の絵が売れたーーその日は久しぶりに夢を見た。
クロワッサンに、ベーグル、薔薇のジャムのサンドイッチ、食べ物が多いな。
「光くーん!なに食べるー?」
「柚子のオススメは……」
いつもの笑顔で彼女が話している。うなづいて話を聞いて、また笑う。ーー小さな事かもしれない、でもそれが人生で1番の幸せだったんだと今は思う。
「柚子ちゃんっ……!」
久しぶりに自分の口から出た彼女の名前、驚いて起き上がると、またいつもの朝が始まっていた。殺風景な部屋を出て、春になった生ぬるい空気に触れる。
彼女と出会ったのはもう1年も前の事らしい。長い人生の中で、ほんの一瞬なんだろう。でも俺に一生忘れられない程の思い出を残した月日だった。
彼女との思い出は、とても困った事に俺の生活を侵食している。人はよく夜になると失恋した恋人を思い出すとかなんとか言う、だけど俺は逆だ。
「おはよう」
と笑う彼女。
「寝坊したー」
と階段を駆け下る彼女。
「光くんの方が玉子が大きい」
と頬を膨らませる彼女。
「今日もいい1日になるね」
と窓を開ける彼女。
毎朝窓を開けるのは、きっとそんな彼女の面影を探しているからだ。そして、毎朝ーー殺風景な部屋で、彼女の枕元に置いた赤薔薇を描いた絵を見つめて気づく。
もう、君はいないーーと。




