表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ、一条家へ  作者: 如月はづき
19/72

17.事件⑤

 


「ん……」




「柚子ちゃん、おはよぉ」




 夢なら良かったのに……。目を覚ますと硬い床、隣にはちょっと疲れた顔の光くん。あー、誘拐は夢じゃなかった。昨日は泣き疲れて寝たらしい。




「おはよぉー。夢じゃなかったんだねぇ。研修何日するつもりなんだろう」




「ほんまに、研修なんかなぁ?」




 メイド学校の授業で、誘拐された時の心得は聞いたことがある。自分のお屋敷のことは話さない、自分のことも極力話さない、そして……解放されることを想定して相手の情報を聞き出す。だったような気がする。研修でどこまで出来るのか試そうとしているんだろう、よし!やってやる!どーせ、発案は修斗くんだ!ギャフンと言わせてやるんだからな。






 時間を持て余して光くんとしりとりをしていた時だった。昨日と同じ男と、もう少し身長の高い男の2人組がこの部屋にやってきた。




「キツツキ!」




「ちょっ、柚子ちゃん。さっきから き ばっかりやん。ずるいで」




「ふふんっ!……あ!おはよぉー」




「お楽しみの所悪いが、こちらの質問に答えて貰う」




 ……待て待て待て。朝の挨拶は基本じゃない?おかしい!私は両親やお姉ちゃんに、挨拶はちゃんとしなさいと躾けられてきた。なのに、私の挨拶を無視して話を続けるなんておかしい!




「お前、一条家の者か?」




「知らん。答えん」




 その不躾な態度にムッとしたので、光くんに話しかけている声を遮った。




「ねぇ、ちょっと!せーっかく、柚子が朝のご挨拶してるのに、どう言うこと?おはようって言われたら、おはようって返すんだよ」




「……はぁ?」




「はぁ?じゃないでしょ!はい、おはよう!」




 2人の男は顔を見合わせている。




「……おはよう……」




 なんだ、挨拶出来るじゃないか!とりあえず会話は出来そうだ。




「さっそくだけど、柚子お腹空いた!クロワッサン買ってきて」




「はぁ?……てめぇ」




「……買ってくれば質問に答えるか?」




 昨日の男はすごい顔でこちらを見ていたけど、背の高い男はクロワッサンを買ってくれるっぽい様子だ。話のわかるいい人を犯人役に選んでくれたのは、たぶん立花さんだろう。




「……うー、うんー!」




 こういう時は適当に返事をしておく。肯定も否定もしていないように、曖昧にしておくのが良いだろう。男2人は顔を見合わせると部屋から出ていった。私はその背中に、お水持ってきてねーと叫んでおいた。


 しばらくすると、光くんは疲れもあって、眠っていた。私の予想だと、この研修は今日の夕方くらいまでのはずだ。







 クロワッサンまだかなぁ。今何時なんだろう……。ぼーっとしていると扉が開いた。




「あ、おかえりー」




 身長の高い方が入ってきて、その手にはクロワッサンが入ったと思われる袋があった。




「光くーん!ご飯きたよー」




 お疲れの様子の光くんを気遣って、努めて優しく声をかける。はっとした様に目を開けると、寝坊した時の私並みのスピードで起き上がった。




「何もされてへん?大丈夫?」




「大丈夫だよ?起こしてごめんね、クロワッサン買ってきてくれたみたい」




 光くんは、私を見て異変がないことを確認してホッとした様子だった。




「……約束のものだ、食べろ」




「わーい、いただきまーす!柚子、飲み物も欲しい!」




 グッドタイミングで扉が開き、お茶を持っている男が入ってきた。クロワッサンは買ったものだったし、お茶はちょっと温かったけど、まぁお腹には溜まった。




「ご馳走様でしたー!」




「早速だが……」




 食事終わりの挨拶をしたら、ちょっと休憩……と思ったのに話が始まった。




「ねぇ!ご飯終わったばっかりだから、食休みだよ」




「……うるさい女だ、こっちもいろいろあるんだ。質問に答えろ!」




「柚子のことうるさいって言った!失礼だ!柚子もう、ぜーったい喋んない」




「柚子ちゃん、ちょっと落ち着き」




「ふんっ……」




 なんだこいつ!修斗くん2世か!バカにしてる。何を知りたいか知らないけど、こいつには何にも話したくない!顔を背けて、壁の方を見つめると、話さないだろうと分かったようで男2人は諦めて出て行った。







 夕方になったのか、少し寒くなってきた。外は激しい雨と遠くから雷の音が聞こえる。……雷はあんまり好きではない、あの大きくて不気味な音と不規則な稲妻が怖い。




「……柚子ちゃん?大丈夫?」




「ん?んー」




 光くんに話しかけられて、外を見るのはやめた。




「そんな顔せんで?……やっぱり怖いん?」




 不安そうな顔でもしていたんだろう。心配そうに、私を見つめる光くんの顔も不安そうだ。




「雷……好きじゃないんだよね」




「あ、なんや、そっちか!」




 私の返事にニコッと笑うと、少し離れた位置から隣にやって来た。




「この状況が怖いって言うても……今は何もしてあげられへん。けど、雷なら話は別や」




 私の左手と光くんの右手が繋がれる。




「そんなにせんで、雷終わると思うから。……って、え?ちょっ、柚子ちゃん?熱あるん?」




「だ、だいじょぶ!熱ないっ!ちょっと暑いだけっ」




 男の人に手を繋がれた事なんて、人生であっただろうか。自分でもわかるくらい、頬は熱い。どうしよう、光くんは親切心で手を繋いでくれているのに、変に意識してしまう。あぁ、どうしよう。


 ガチャっと鍵を開ける音がして、扉が開いた。いつもの2人組が入ってくると同時に、光くんと繋いだ手は離れた。




「さて、お前の名前は光なのはわかった。一条家の使用人か?出身はどこだ?」




「答えん」




 光くんが先に質問されていた。あまりにも、答えないのでこちらにやってきた。




「お前の名前は柚子。一条家の使用人か?出身はどこだ?」




「……なんでそんな事聞くのー?なんでもいいじゃん」




「質問に答えろ。……お前熱があるのか?」




 やはり、人にわかる程に顔は赤くなっているようだ。




「熱ない!へーき。……ねぇ、なんでそんな事聞くのー?そっちこそ、名前は?どこ出身?」




 光くんを意識したことを誤魔化すように、私はひたすら犯人2人組に話しかけ、時間は過ぎていくのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ