16.事件④side立花正義
時計は朝5時を示している。あまりよく眠れない夜だった。眼鏡をかけて布団から出て、身支度を整えつつ昨日のことを思い出す。
結局、犯人からの連絡は何もなかった。騎士団に捜査依頼をして、帰宅した結衣ちゃんは意気消沈し、鳥待は怒った顔を隠そうともしなかった。一条家の独自調査は、深雪に一任されることとなり、彼は昨夜から出かけた。
「おはようございます。朝から雨だと、少し冷えるね」
「……おはようございます。身体が温まるように生姜スープにしてみたけど、お口に合うか味見して頂いても?」
1人キッチンで作業する結衣ちゃんにまずは声をかける。味見用の小皿にスープを盛ると、食器棚から僕のカップを取り出しコーヒーを淹れてくれる。……立派だよなぁと彼女の後ろ姿を見て思う。
年齢は僕より1つ年下だ。最愛の妹が誘拐事件に巻き込まれたかもしれないのに、人前では大きく取り乱さず冷静にいつも通り仕事もこなす。自分ならどうだろう……故郷に弟がいる。溺愛という程ではないけれど、誘拐されたなんて聞けば慌てふためいて、いつも通りの仕事は難しいだろう。内心でどう感じているのか、正直わからないけど……王国公爵家の筆頭、一条家のメイド長は重い役目なんだろうな。執事長なんだから、僕も気を引き締めないと。
朝食の席は2人と、調査に出た深雪がいないこともあって静かだった。そこで、結衣ちゃんは1人で屋敷の建物から出ることを禁じられた。ご当主様から告げられたこともあって、素直に返事はしたもののその顔は明らかに不服そうだった。
「立花さん、これ門番さんにお願いします」
いつも柚子ちゃんの役目である、門番さんへの差し入れ係は僕に任されたようだ。
「おはようございます。お世話になります」
「おはようございます。……大変な事になりましたね、妹と執事見習いの件。」
「そうですね。あ、こちらメイド長からです」
いつもすみません。と言って差し入れを受け取って貰った。門番さんよると騎士団の情報では、郵便配達員が来た時、門は開いておらず柚子ちゃんが隙間から郵便物を受け取った。それが最後に目撃された姿だったとのこと。望月を最後に目撃したのは僕らしく、状況からして柚子ちゃんと一緒に誘拐されたと思われるそうだ。
現在、国内で流行している貴族メイド誘拐事件と関連している可能性が高いらしい。
「騎士団の方で有力な情報が入り次第、またお伝えします」
と力強い言葉をくれた。
「立花~!」
屋敷内を歩いていると、夜から出かけていた深雪が帰ってきた。
「おかえり。お疲れ様」
「戻りました!これからご当主様の所へ行くけど……一緒にどう?」
何か報告するような事案があった……という事だろうか。
「一緒に行くよ」
一歩前を歩く深雪、いつ何時も飄々とした態度を崩さない。今回の騒動も慌てないで、いつも通りの対処をする。すごいよなぁ……。
「ん?な~に?俺の顔何かついてる?」
「いや。……こんな時でもいつも通りにしててすごいなぁって。僕は慌てちゃってるから」
思わず執事長らしくない発言が漏れる。
「え~そぉ?……俺や結衣ちゃんもそうだと思うけど、冷静に見せるって簡単だよ。一条家なんて大きい家だし、な~んていうか、冷静でいるのが当たり前っぽいけど。俺は立花みたいに、ちょっと慌てたりする人間がいた方がいいと思うけどなぁ~。温かみがある?っていうの?」
「そうかなぁ?……お気遣いありがとう」
ふっと笑みが溢れた。確かに1人くらい違った感性の人間がいても良いのかもしれない。僕は僕らしく、この事件にもこの屋敷にも向き合わないといけないんだろう。
ご当主様の部屋で深雪の話を聞く。
「……つまり、誘拐事件は身代金が目的ではなく。別のことが目的らしいということか?」
「そ~みたいです。今までの事件で被害に遭ったメイドさん達は、大した額の身代金も盗られずに返されたみたいですよ~」
「お金じゃないとすると、何が目的なんでしょう?」
「深雪。他に何かわかったことは?」
「どうも人探しが目的みたいなんですよね~。どこの出身か?とか今の所で働いて何年かとか?家族構成とかを聞かれているみたいで~」
「誘拐してまで探したいメイドがいるってこと?」
手当たり次第に誘拐すると言うことは、顔も……下手したら名前も知らない相手を探していると言うことか。ますます謎だ。
「……なるほど。そう言うことか」
ご当主様は何か思い当たることがあるのだろう、納得した顔をしている。
「望月は~たぶん、柚子ちゃん誘拐の現場に居合わせたんだろうね!」
「そうか。……2人の居場所の目安はついているのか?」
「何ヶ所か候補があるって感じですね~。今夜中にはわかると思いますよ」
「そうか。また明日、報告を待つ」
深雪と2人ご当主様の部屋を出る。どうやって居場所の候補を絞っているんだ。まぁ……彼の仕事は、この家の裏仕事も含まれているからきっといろんなツテがあるんだろうなぁ。
「さぁて、何か食って寝るかなー」
夜通しの仕事を終えた彼は眠そうだ。きっと結衣ちゃんが冷蔵庫に、簡単に食べられるものを準備しているはずだ。
「良く眠れるハーブティーでも淹れるよ」
「えぇ~ほんとに?ありがとう~」
僕に出来ることは、多分みんなを陰から支えることくらいだ。2人の無事を祈りながら、深雪にお茶を淹れるそんな午前中だった。