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本日、二回目の投稿です。
向かう先はいっしょだからとワンダフルさんは台車を押すふたりに足並みをそろえてのんびり歩いた。
行きがかり上、ふたりはワンダフルさんを仁楊村の村長、丹井のもとへ連れて行き、魔獣討伐のことを報告した。魔獣の核を見た村長は、村人に死骸を運ばせ、村はずれで焼く手配をした。
ソウタとユリはユリのおじいちゃんのところへ木材を持って行った。そのころにはすでに村に魔獣討伐の噂が駆け巡っていた。
ふたりはユリのおじいちゃんを初めとする村人たちから、村を救ったワンダフルさんに食料を分けたことを褒められた。
「もとはと言えば、木こりのおやつを届けてやろうとしたから、パンやら果物やらもらっていたんだろう?」
「さすがだなあ、ソウちゃんもユリちゃんもやさしいね」
「犬族の冒険者さんが言っていたけれど、ふたりがアシストしたから魔獣も簡単に倒せたってさ」
「へえ、大したもんだ!」
「ユリちゃんが作ったアイテム玉を撃ったんだって? へえ、今度、道具屋に買いに行くかな」
ユリはもちろんのこと、ソウタも噂を聞いた両親から大いに労われた。
ワンダフルさんが魔獣の残党がいないか警戒するために滞在すると噂で聞いた。ソウタは世界中のあちこちを旅してまわる冒険者であるワンダフルさんの話を聞きたくて仕方がなかった。
翌日、学校から帰る道すがら、ユリにどうしてそんなに急いでいるのかと尋ねられてワンダフルさんに会いに行くのだと話した。
「わたしも行く!」
そこでふたりは、ワンダフルさんはタダ働きをしないと言っていたから、いろいろ教えてもらう対価を用意しなくては、とアイテムをポケットに詰め込んで家を飛び出した。
「ワンダフルさん、帰ってきているかな」
狭い村だから宿屋もそう数は多くない。一軒一軒訪ね歩くつもりだったが、噂を拾い集めるうちにワンダフルさんがどこに宿泊しているか分かった。
店番そっちのけで居眠りを決め込んでいる八百屋のお兄さんが、お客さんが言っていたと教えてくれた。
「お客さんどうし、野菜の話からどんどん逸れて行って違う話になっちまうんだよなあ」
どうかすると、さんざんしゃべった後、買い物しないで解散し、少し経ったあと、買い忘れたと言って戻って来る獣人もいるらしい。
ちなみにお兄さんは特に野菜のアピールをしないでうとうととまどろんでいて「これください」と言われたときにしか動かないのだという。とんだ居眠り店員である。まあ、猫だから仕方がないで済まされてしまうので、別段苦情が来ることもない。
「お客さんも話し込んでなにを買うか忘れてしまうくらいだしね」とはユリの言だ。
ソウタは少し違うんじゃないかなあと思う。だって、お客さんは「八百屋さんに買い物にきたこと」自体を忘れているのだ。まあ、猫だから仕方がない、である。
しかし、なぜか居眠りしつつも店員さんはお客さんたちの井戸端会議の内容を覚えていた。猫って不思議だ。お陰でソウタとユリはワンダフルさんが逗留する宿屋を知ることができた。
ソウタとユリは弾むように通りを進んだ。
「お日さまぽかぽかだね」
「店員さんが居眠りするのも分かるね」
猫はどうしたって陽だまりでじっとしているとうっとりと目が閉じてしまうのだ。
ソウタとユリは教わった宿屋にやって来るとそっと扉を少しばかり開いて目だけをのぞかせた。店側からすれば、一階のまだオープンしていない薄暗い酒場にふいに目がよっつ浮かぶ。
「みぎゃっ! な、なんだ、ソウタとユリかあ。脅かすなよ」
掃除をしていたらしき宿屋兼酒場の店員がモップを放り投げて跳びあがる。猫の跳躍力で天井に頭が当たりそうになる。
相当に驚いた店員は、実はコワモテの顔をしていて、酔客対応に良かろうと雇われた。狭い村なのだから、彼が外見はアウトローな感じでも内面は感じやすく傷つきやすいのだとみんな知っている。でも、まあ、猫だから酔ってしまえばそんなことは忘れてしまうから酒場に雇われるにふさわしい店員だ。泣き上戸のお客さんにも心を籠めて寄り沿えるのだし。
「ごめんごめん」
「ね、ワンダフルさん、いる?」
「いるよ。二階に上がって突き当り」
狭い村で噂が筒抜けなのも頷けるほどの個人情報流出具合であっさりと答える。
「ありがとう!」
ふたりが身軽に階段を上って行くと、教わった部屋の扉を叩く前に開いた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは、ワンダフルさん!」
「わたしたちが来たって分かったの?」
「物音が聞こえてこちらに向かってきたからな」
注意を向けて見ればふたりの匂いが分かったのだという。
「すごい! 遠くからでも分かるんだ」
「種族柄、気配に敏感なんだ。冒険者稼業でも役に立ってくれているよ」
ふたりはワンダフルさんにその冒険者稼業について話をねだった。
「お礼もちゃんと持って来たのよ。じゃーん」
言って、ユリは自作のアイテム玉を披露する。ソウタがそのうちのひとつに目を止める。
「あれ、これ、初めて見る」
「昨日の活躍のご褒美にお母さんから教わったの」
昨晩は遅くまで夢中になって作っていたのだという。
「学校には持っていけなかったから、家に帰ったらすぐにソウタに見せようと思っていたんだけれど」
ワンダフルさんに会いに行くというから、そのときにいっしょに披露しようとしたのだ。
「へえ、ユリの第一号作品か。どんな効果があるんだい?」
「これは<すやすや玉>だよ」
吸うと眠りを誘う粉が飛散する。
「とうとう<すやすや玉>を作れるようになったんだ!」
ソウタがぱっとユリの顔を見上げると、にゃふふふんという自慢げな顔つきをしている。ふたりはどちらからともなく、片前足を上げてぱふんと打ち合わせた。
「へえ。しかし、自分も吸い込まないように風向きを考えないとな」
「うん、そうなの」
ワンダフルさんは説明を聞いただけで留意点を察し、ユリは感心しきりで頷く。
「うとうとしているうちに攻撃されてしまうなあ」
ソウタが両前脚を組む。
ソウタとユリは奇しくも同時に八百屋の店員のことを思い出していた。
「こっちのは?」
ワンダフルさんがもうひとつのアイテム玉に視線を向ける。
「こっちはね、<びりびり玉>!」
「げっ!」
ユリが自慢げに胸を張ると、とたんにソウタが顔をしかめた。