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木こりの家に行って森の小屋に届けるものはないかと聞けば、喜んでおやつを託された。
「ふたりもお食べ」
と言って、ソウタとユリもパンや果物をもらう。
「魔獣が嫌う草ってほかにないのかな」
ソウタの腰辺りにぶら下がった香炉を見ながらユリが言う。うすい煙が立ち上っている。「世界にはもっといろんなものがあるだろうから、あるんじゃないかな」
「猫族が嫌いじゃない匂いのもの、いつかわたしにも調合できたらなあ」
「できるようになるさ」
「うん。素材を取りに行くときはいっしょについてきてね」
「もちろん」
台車を押しながら村を出て森へ行く途中、いくらも行かないうちに、犬族の男性が木陰で座り込んでいるのを見つけた。
大きな三角耳に大柄で精悍な顔つきだが、大分疲れている様子だ。子供だからというのもあるが、猫族のふたりよりも二回りは大きい身体をしている。
「おじさん、どうかしたの?」
「具合でも悪いの?」
ふたりが声を掛けると、ふんふんとしきりに台車の匂いを嗅ぎつつ、情けなさそうに眦を下げた。
「実は、その、」
腹が空いて動けなくなったのだという。
「村はもう目の前だけれど、」
「うん、匂いでそうだと分かっていた。だから、一休みしてから行こうと思ったんだよ」
ソウタとユリは顔を見あわせた。
預かった木こりたちのおやつはあげられないけれど、自分たちがもらったパンや果物なら、と分けてやることにした。なにしろ、ふたりはおやつを食べたばかりなのだ。
犬族の男性は目を輝かせて尾を振った。
あまりの食べっぷりに、残りの自分たちの分も全部あげることにした。
ワンダフルさんという名前の犬族の男性に、仁楊村の方角を教えてあげて、ふたりは森へ向かった。
木こりたちの小屋は何度か行ったことがある。とちゅう、駄菓子屋のおばあちゃんが言うように豊作のクルルンベリーの木を見つけて実を拾い集めながら進む。
ちょうど木こりたちは休憩中で小屋にいたので、森の中を探しに行かずに済んだ。ふたりを迎えた木こりたちに喜ばれた。
「最近、この近辺で魔獣を見るから、うちのが来るのは心配だったんだ」
木こりのおかみさんのうちのひとりは身重だから、届けに来なくても良いと言っていたのだという。それでも、木こりの仕事は重労働で栄養補給ができるのは嬉しい。ほかのおかみさんに頼めばいいものの、今ちょっと仲が悪いのだという。木こり同士は仲が良いから、ちょっぴり微妙な感じなのだ。猫族は自由気ままで細かいことは気にしないが、やはり合う合わないがあるのだ。
「狩人たちも警戒しているらしいから、いずれ倒されるさ」
「でも、気を付けて帰れよ」
匂いが好きじゃない魔獣避けの煙が、今は心強い。
木こりたちが木材を載せた台車をえっちらおっちら押す。重量が軽減されていても、それなりの重さはある。
「あの花、この辺では見たことないや」
「本当だ。珍しいね」
ソウタが指さす方を見ると初見の花が木の根元に生えている。ソウタが近寄って根っこから土ごと掘り起こし、ハンカチで包んだ。
「はい、あげる」
「え、あ、ありがとう」
ユリは口元が緩むのを止められなかった。ぷちんと摘み取ってしまうのではなく、移し替えられるように根ごと採取するのがソウタらしい。
「やっぱり、花は女の子にあげなくちゃな」
そんな風に言うものだから、ユリは「ふだんは女の子扱いしないくせに」とつぶやいた。
「なんか言った?」
「ううん、天然だなって思っただけ!」
「なんだよ」
そんなやり取りをしながら、交代で台車を押し帰途を辿っていると、不穏な物音を感じ取った。ふたりはとたんに口をつぐみ、歩みを止めて耳を澄ます。
「誰かが戦っている?」
「うん、魔獣とだね」
ふたりはあわててクロスボウやアイテムを取り出し、気配を殺してそちらの方へ急いだ。
木陰から覗いてみたら、遠くの方、森の端でさきほど会ったばかりのワンダフルさんが魔獣と戦っているのが見えた。
木に登って枝の上で器用にバランスを取り、クロスボウで狙いをつけて援護する。投げるのはユリ謹製のアイテム玉だ。見事に魔獣の足元に命中し、とたんにぬるぬるした液体に動きを阻害される。突然の出来事に魔獣は大いに戸惑い、それは決定的な隙となった。ワンダフルさんは絶好の好機を逃さず、魔獣を仕留めた。
ふたりに気づいていたのか、片前足を大きく振る。ふたりは木を降りると、ワンダフルさんに駆け寄った。
「いやあ、助かったよ。すごい威力だな」
そんなことを言うものの、空腹でへこたれていた様子はどこへやら、非常に雄々しく戦ったワンダフルさんである。
「ユリのアイテム玉は道具屋にも納めているからね」
「まさしく売り物なのか。お金を払うよ」
「ううん。村にこんなに近寄って来た魔獣なんだもん。お礼を言うのはこちらだよ」
つい先ほど、木こりたちから魔獣を見かけると聞いたばかりだ。身重だという木こりのおかみさんがおやつを届けに来なくて良かった。ワンダフルさんがいてくれて幸運だった。
「それさ。俺は冒険者だから、タダ働きはしないんだけれど、君たちにはさっき命を救ってもらったからな」
なんと、ワンダフルさんは冒険者だというのだ。
「大げさだなあ」
「なにを言っているんだ。腹が空きすぎて死にそうになっていたところを助けてくれたじゃないか」
そう言われれば、木こりたちのおやつを届けるお駄賃も大したもののように思われる。
ソウタとユリがそんな風に言うと、ワンダフルさんが目を細めた。
「君たちはそうやってほかの者のために自然となにかしようと思うんだな。そういう気持ちが、俺のような冒険者を動かしたんだ。だから、ふたりが村を救ったんだよ」
そんな風に褒められたものだから、ソウタとユリは大いに照れた。
ワンダフルさんはシェパードのイメージです。