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同級生たちはふだん見向きもしないのに、ソウタが魔道具をいじっているとなぜかやって来て邪魔をする。これもまた、猫の習性かとソウタは内心ため息を吐く。
教師に呼ばれたユリを教室で待っているときのことだった。待つ間に隣の机を引き寄せて設計図を広げ、道具箱を開いていた。
「お、ソウタじゃん」
「なにやってんの?」
「ねえねえ」
同じクラスのハチワレ三人組である。
背中によりかかって覗き込んで来たり、広げた設計図の上に寝転んだりする。
「ちょっと、重いよ! なんでよりによって設計図の上に寝るの?」
「眠いんだもん。俺、猫だからさあ」
「どいてよ!」
そう言えば、猫ってなぜか読んでいる新聞の上に寝るなと思い返しながら、丸くなりうにゃうにゃ口をもごつかせる灰白のハチワレを設計図の上からどかそうとする。ぺちぺちと片前足で軽くはたいてもびくともしない。
これはあれだ、自分とは関係のないことに集中し出した者にちょっかいをかける猫特有の習性だ。設計図の上で居眠りを始めた少年に気を取られていたら、背中にくっついた茶白のハチワレがソウタが片前足に掴んだ部品めがけて、ちょいちょいと片前足を繰り出す。
「やめろって」
「ううん、猫の本能があ」
「ソウタさあ、もっと猫らしく昼寝するとか駆けっこするとかしろよ。そんなチマチマしたのをせずにさ」
そんな風に言う黒白のハチワレは、そのチマチマした部品を凝視しながら尾をゆらゆらと揺らしている。
そう、彼らはまだ幼く、それだけに獣の本能に引きずられがちなのだ。
ならば。
ソウタはちょちょいと手早く紙を丸め、そこにちんまりした目をふたつ、さんぼん髭を左右に描き、そして目の上らへんをひっぱって耳を突きださせる。仕上げは逆側にちょろりと尾をつける。
「んにゃっ」
「にゃにゃっ!」
「ねずみ!」
少年たちの目がらんらんと即席のネズミに釘付けになる。いつの間にか、設計図の上で猫けていた少年も顔を挙げている。
ソウタが片前足に載せたネズミを移動させると、少年たちの猫目が面白い様に釣られて動く。
「そうら!」
彼らの注意をたっぷり惹きつけた後、開いた扉の向こう、廊下の方へ投げた。一散に追いかける。彼らが去った後、ソウタは設計図を掴み上げる。
「んもう、設計図にしわができたよ」
しかし、ソウタには悠長に文句を言う時間は与えられなかった。猫は狩った獲物を見せつけに来るという習性があるのだ。とにかく、いじられたくない部品は片付けておくに限る。そうして道具箱にきちんと収納したら、案の定、即席ネズミを持って駆けて来る。
「じゃ~ん」
黒白のハチワレが片前足を高く掲げてみせながら、自慢げににんまりと笑う。
「もう、ぼくが魔道具を扱っているときにかぎって邪魔するんだから!」
「なにをう!」
「ソウタのくせにナマイキだぞ!」
「やっちまえ!」
きゃーっとばかりに歓声をあげて三人がソウタにとびかかる。言葉は悪いが、四匹の猫、もとい猫獣人がくんずほぐれつひと塊の大きな毛玉となってじゃれ合った。
ひとしきりきゃっきゃとはしゃいだ後、うにゃーんとばかりに身体を弛緩させて床に伸び、はあはあと荒い息を上げる。
「あれ、なにをやっていたんだっけ」
「じゃれっこ?」
「ねずみを追いかけた! 取った!」
「ソウタの邪魔!」
「やっぱり邪魔してたんじゃないか!」
「「「にゃははははは」」」
とまあ、そんな風にソウタは同世代の猫獣人たちとは一風変わってはいるが、そんなものだと受け入れられていた。ソウタはわりに引っ込み思案だが、同族たちはそんなものにはお構いなしに好き勝手気ままに構ってきて、あるいは放ったらかしにされる。だから、ソウタもマイペースでいられた。
ハチワレ三人組と呼ばれる少年たちはクラスメートのソウタが好きだ。同じ猫族で身体能力も同じくらいなのに、なぜかチマチマした魔道具いじりばかりしている。ヘンなやつだけれど、いっしょに遊ぶときは遊ぶし、それにやさしいのだ。第一、猫族はみんな勝手気ままでマイペースだ。ソウタの志向なんか誤差の範囲内である。
器用なソウタが軽々と作った紙のネズミは、じゃれあっているうちにくしゃくしゃになった。見るも無残な姿に、そろって尾がしょぼんと下がった。ソウタは数日後、ゼンマイ式のハムスターのおもちゃを作ったと言って持ってきた。
「前から考案していたんだ」
「わあ、ハムスターそっくり!」
「え、なに、これ、動くの? すっごい!」
「これ? これを引っ張るの?」
「ううん、こうやって巻くんだよ」
ソウタがゼンマイという小さな突起をキコキコと巻いてそっと地面に置くと、おもちゃはしゃーっと滑るように走った。
「「「動いた!」」」
いつの間にか身体が動いておもちゃを追いかけていた。紙のネズミのときと同じくすぐさまソウタのところへ取って返す。
「ね、ね、もう一回!」
「自分で巻いてみる?」
「うん、やる!」
「こう? こう?」
目をキラキラさせながら、頭の角度をしきりに変えてよく見ようと三人で顔を寄せ合う。
「おでこがごっちんって言うぞ」
ソウタの助言は少しばかり遅かった。彼が言い終わるかどうかのときに、ぶつかった。しかし、そんなのは気にならない。
「早く、早く!」
「俺も巻きたい! 次、俺ね!」
さんざんおもちゃのハムスターを走らせ、その後を追いかけた。大満足のため息をついた。
「これ、道具屋さんに置いてもらおうと思うんだよ」
「良いと思う!」
「売れるよなあ」
「魔石がいらないってのがコスパがいい」
「うーん、でも、真っすぐにしか走らないからなあ。ジグザグとかもうちょっと本物っぽい動きがさあ」
ソウタはこんなにすごいものを作れるのに、まだもっと改良しようとしているのだ。
しかも、試作品だからと三人にゼンマイ式ハムスターをくれた。
「もう設計図の上で寝ないでくれよ」
そんな風に笑いながら。
ハチワレ三人組がゼンマイ式ハムスターで遊んでいるのを羨ましそうに見ていたのは同年代の子供たちばかりではなかった。魔石を必要としない追いかけ甲斐のあるおもちゃ、ということで、道具屋では予約待ちが多数出るほどの人気商品となった。
しばらくソウタは道具屋のおじさんにせっつかれておもちゃ作りに追われた。でもさみしくはない。彼らにはゼンマイ式ハムスター第一号があったから。
うっかりして壁やら扉にぶつかって壊れてしまっても大丈夫。やさしい魔道具師見習いの友だちがすぐに直してくれるのだから。