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本日、二回目の投稿です。
ユリの両親は道具屋を営んでいて、母親が簡単な傷薬や腹痛の薬や風邪薬などを作って店内に並べている。ほんとうはちゃんと薬屋や薬工房で薬を置くべきなのだが、「小さな村だから兼用で事足りる」「村には専門の道具屋があるからうちは独自色を出すべき」「薬師の免許は持っているから」と言って今のスタンスで落ち着いている。
父は器用でちょっとした魔道具の修繕もできる。
そんなふたりの子供であるのに、ユリは傷薬を作るには未だ至っていない。何度か教わっているのだが、なかなか効果を発揮する薬が出来上がらないのだ。その代わりといってはなんだが、アイテムを作ってその収益の一部を受け取っている。
玉シリーズと言われるもので、たとえば<もくもく玉>は煙玉だ。煙幕を張ることができる。あるいは、<ぬるぬる玉>だ。粘液をふりかけ相手の動きを阻害する。
ユリが作るアイテムはけっこう評判が良く、売れ行きも上々だ。だから、お金はそれなりに貯まっていた。そうしておいて良かった。ソウタがプロペラ飛行機を手に入れるのに協力することができた。そのおかげでユリも初フライトに乗せてもらえた。
今は財布がすっからかんだから、どんどん作って納品するつもりだ。お小遣いを前借りした分はなんとか取り戻せた。
次は吸うと眠りを誘う粉が飛散する<すやすや玉>とか、触れるとびりっとする粉が飛び散る<びりびり玉>とかも扱ってみたい。けれど、取り扱い注意の代物だから、まだレシピは教えてもらえていない。
「<いがいが玉>とか<ぼむぼむ玉>とかまでの道のりは長いなあ」
危険物だからというのもあるが、素材が限られた場所でしか採れないということもある。
「自分で採りに行ったら簡単なんだけれど」
ゆくゆくはスライムバスシリーズのような広く流通するものを作ってみたいものだ。安価なものから高価なものまで様々なラインが出されているが、今でも香りなど改良を重ねられているのだ。
<スライムの石鹸>や<スライムのシャンプー>、<スライムのトリートメント>といったものたちだ。
ともあれ、今はソウタのゼンマイ式おもちゃだ。ユリの方は納品したばかりですぐに作る必要もない。
ソウタが引いた設計図はシンプルなものだったが、部品がとにかく細くて繊細な作業となった。
「うーん、うまくいかない」
「どれ?」
「これ」
ユリの方をのぞきこんできたものだから、思わず突き付けるように差し出してしまう。
「ここは角度をつけてこうやるんだよ」
ソウタは気にする風でもなく受け取って実際にやってみせた。
「あ、ひっかかった!」
ユリは思わず声を上げる。ソウタが新しいものを渡してきた。
「やってみて」
「うん」
ソウタが見せたお手本を思い出してその通りにやろうとする。
ユリが部品を作ってくれている間、ソウタは図面とにらめっこしながらゼンマイ式ハムスターのおもちゃを組み立てていた。
「よし、できた!」
「どれどれっ?!」
勢いよく覗き込んできたユリの額とソウタの額がぶつかる。
「「いた~い」」
ふたりはそろって額を両前足で押さえる。ユリのふわふわの毛でおおわれた白い前足の下の猫目は涙目になっている。たぶんソウタも同じような感じだろう。
「今、ごっちんっていったよ」
「いった! ふたりのおでこがごっちん!」
「「にゃはははははは」」
今泣いた烏がもう笑うと言うが、猫も同じなのである。
ソウタはわりに引っ込み思案でどちらかというと、友だちと遊ぶよりもひとりで魔道具をいじる方が好きだ。細かい作業をこつこつと順序だててやる静かな時間、完成する達成感が良い。
けれど、身体能力に秀で、それだけに身体を動かすのが好きな種族である猫の獣人だ。更に言えば、子供の時分という落ち着きのなさも加わって、同年代の少年たちはとかく身体を動かすことを好む。遊びもそうなる。
ソウタも身体を動かすのは嫌いではないし、彼らの遊戯に加わることもあるのだが、魔道具をいじっていたいときもある。そんなとき、地団太踏みながら「根暗猫」とか「そんな細かいチマチマしたのが好きなんて!」とか言われる。
はじめは嫌なことを言われて嫌な気持ちになっていたが、ソウタが彼らが好まないことにかまけてかまってやらないから面白くないのだろうと思えば、鷹揚な気持ちになることができた。気が向いたら遊んでやるからな、くらいの気構えである。
現に、かけっこや鬼ごっこをいっしょにしたら、絡んでくるときの憎たらしさはどこへやら、「にゃはははは」と笑いっぱなしである。
そんな無邪気な彼らも、異性に対して関心を持つようになった。
ユリは真っ白い毛並みに青みがかった紫色の瞳をしている。本人はつるぺたなのを気にしている風ではあるが、元々、猫の獣人は人間のように凹凸が激しく出ることはない。特に、人族とは違って成獣間際までぽってりしたお腹のころころした体型である。
そんなユリも最近はちょっぴり一部がふっくらし出した。同族しか違いは分からないだろう。
ソウタは初フライトのとき、ユリが後ろの座席でなくて良かったと思った。狭い機内で座席の背もたれも低い。つまり、その、当たってしまう可能性が高かったのだ。
そんなユリは最近、同級生たちの間でひそかに人気だ。だから少し前まではふたりでしていた登下校もいつの間にか誰かが加わることになった。ちょっかいをかけられるユリがまんざらでもなさそうならともかく、迷惑そうにしているのだから、助け舟を出せば良いのだが、恋人でもない自分が余計なことをしてもと気後れしてしまうソウタだった。
ソウタが真っ先に仲良くなったし、たぶんユリの魅力にもいちばん早く気づいた。最近はどんどんきれいになっていっている。
つい先ほど、タンポポの綿毛が飛んで行くのを見つめる様子に思わず見とれた。綿毛と同じ白い毛並みの中、キラキラ輝く青みがかった紫の瞳が空を見上げていた。少し前まではその色合いがちょっととっつきにくいとか言っていた同級生たちが最近、そわそわとユリのまわりをうろちょろしだした。それで、ソウタはなんだか妙に焦ってしまいそうになる。
それでも、家の前でへの字口に妙に力を入れていたユリが、タンポポの綿毛を見送るときには穏やかな表情をしていたのを見ると、安心する。こうやってユリを喜ばせることができる、間違ったやり方をしていないというのが嬉しくなる。
今もまた、ふたりで好きなことをやったり手伝ったりして、なんでもないことで笑い声を上げるのが楽しい。
いつまでもこうしていたい。でも、いつまでこうしていられるのだろうか。