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ユリとは物心ついたときにはいっしょに遊んでいた。家が近く、ふたりともひとりっ子だったから、兄妹のように育った。まあ、実際のところは、姉弟のようだった。幼いときの記憶はだいたいユリといっしょだ。
ある日、珍しく誰もいない公園でブランコに駆け寄った。
順番待ちの長い行列ができるのに、今日はひとり占めだ!
心行くまで楽しんだ後、シーソーに座った。そうしてふとさみしさがこみあげる。シーソーはひとりで遊ぶよりもふたりがいい。
そんなとき、必ずやってくるのがユリだ。
ふたりは喧嘩もしたけれど、次の日にはどちらからともなく謝って仲直りする。雨の日はすごろく、トランプ、パズルで遊ぶ。
学校へ行くようになって同年代の子供たちと接するようになっても、その関係性は変わらなかった。
同じ猫族であり同年代の子供たちであっても、ソウタやユリとは考え方が大きく違うことに気づかされた。
年頃になって来ると異性に対しての関心も強まって来た。
同年代の少年たちは少し年上のきれいな猫獣人に憧れた。
「その名もうつくしい美禰子さん! きれいな獣人だぞ!」
学校帰りにいっしょになった同級生が今一番よく出る話題を持ち出した。
「ふ~ん」
「なんだよ、反応が薄いな」
対するユリはいかにも興味なさそうで、しきりに気を引こうとしていた少年は鼻白む。
ふだんのユリは露店で売られる野菜や果物のみずみずしさを指さして「きれいね」とか「生命力がぱんぱんで美味しそうね」とか、なんてことないことの中から素晴らしいものを拾い上げて教えてくれる。
道端の草が揺れ緑の艶がつるりと移動する。そのはざまからひょこりとでてくる虫が一瞬間、草の上で停止して飛んでいく。ソウタとユリは並んで空を見上げる。あっという間に青い空に黒い点となる。その空の青さを、高さを、そしてそこへ向かっていく虫の力強い羽ばたきを、ふたりで心を震わせて見つめる。
なのに、今日はまったくそんな風ではなかった。
「なあ、美禰子さんってふだん、なにしているんだろうな」
「さあね」
反応が薄いと文句をつけたのに、同じ話題をユリに向ける。
「どんな食べ物が好きかな」
「知らないわよ」
そっけない答えにめげずに続ける。それもそうだろう。
「何色が好きかな」
「わたしが知っているわけないじゃない」
彼が気になっているのは美禰子さんではない。だから、会話を続けているのだ。しかし、ならばこそ、相手が興味を持つ話を選ぶべきだった。
「どんな遊びをするんだろう」
「知らないったら! わたし、用があるから先に行くね!」
「あっ、行っちゃった。なんなんだよ、もう」
とうとうユリは駆けて行き、取り残された少年は唇を尖らせた。
「ドンカンって罪ね」
ユリと少年の後ろをとぼとぼと歩いていたソウタは背後から聞こえてきた声に飛びあがりそうになった。振り向けば、同級生の女子がいた。
「アンパン? いや、ポンカン?って罪なの?!」
ユリに間違ったアプローチをかけていた少年がとんちんかんなことを言う。
「アンポンタンだろう」
ついうっかりそんなことを言うも、ユリに助け舟を出さなかった自分こそがそのものだ。
「アンポンタンって?」
「おばかさんってことよ」
女子が通りすがりに、にゃふふふんと鼻息を漏らして見やったのは、ユリにアプローチをかけていた少年ではなく、ソウタであった。
結果的にソウタも置いて先に帰ってきたユリはかばんを室内に置くと、家の前で待つことにした。
同学年の少年に年上の美人と比較されて腹を立てた。それだけではない。ソウタはどんなふうに思っただろうとちょっぴり心配してもいた。
ソウタも美禰子さんに憧れているのだろうか。ユリと比べてどこら辺がどうのとか思うのだろうか。
真っ白な毛並みのユリと違ってソウタは白をベースに茶と黒がとびとびにある「とび三毛」である。毛並みと同じくいろんなものに興味を持つ。いつもいっしょにいるユリには飽きてしまわないだろうか。
気を揉むうち、ソウタが通りの向こうに見えた。ユリを見つけて駆け寄って来る。ユリはなんと声をかけようかまごついた。
「あ、ユリ、ほら」
「うん?」
タンポポの綿毛が道端に顔を出している。ソウタが一本取って差し出した。いつもなら見つけたら競い合うようにして吹くのに。
「いいの?」
「うん、やって」
ユリはふーっと息を吹きかけた。ソウタの前足にも息がかかったのかくすぐったそうに身動きする。
青空に舞い上がっていく白い綿毛。あんなふうに、ユリがソウタといっしょに乗ったプロペラ飛行機も大空を飛んだのだろうか。ふわふわと跳んでいく白い綿毛を見ていたら、なんだか心もいっしょに軽くなる。ソウタはいつもそうやってユリの心を軽くしてくれる。
「おやつを食べたらソウタが考案中のゼンマイ式おもちゃにとりかかろう」
「うん。ユリはアイテムの納品はいいの?」
「この間届けたばかりだからまだ大丈夫」
もういつもの調子に戻った。こうでなくちゃ。
ふたりでいろいろ作るのも楽しい。ふたりで走り回って遊ぶのも楽しい。草から飛び出して飛ぶ虫を追いかけるのも楽しい。
狙いを定めて―――ジャンプ!
ぱふんと合わせた両前足の隙間からするりと飛び立つ虫を見て、ふたり顔を見あ合わせ笑い声を上げる。
ユリが今関心を向けているのは、そういうものだった。