対人依存症6(過去に向かっての罵詈雑言)
明けない夜は無い。
と言われても、こちとら朝が来てほしくないって言ってるんだけどな。
でお馴染みの皆さん、こんにちは。
人と一緒にずっと居るのってなんか苦痛で、なんか怖くないですか。
私の場合、台所と食事中が特に怖いです。
子供の頃よく殴られたのが食事中と台所だったから。
だから未だに料理を他人とするどころか、他の人と台所に居るのすら怖くって。
自分が食べ物を触っているとこを他人に見られるのが、もう怖い。汚いって思われてそうで。私のことを散々に汚いだのダメだの罵り、殴り蹴飛ばして、そうやって面白半分に…またはなんの考えもなしに傷つけてきた奴が居て。
よく、そういう奴のことをいつまでも恨んでいると、
「憎むことでいつまでも囚われないで」
とか
「前を向いて歩かないと損だよ」
とか、まあ善意で色んなこと言う奴いるじゃないですか。
そういうこと言える奴は言ってればいいんであって、そうもいかねえからこうして未だに苦しいんだろうってのがわからないのだから、まあそいつは幸せなんだろうと思うばかりで。
去年、飲食店でバイトしてみたんですね。苦手を克服できるんじゃないか、と思って。実際みんないい人たちだったし楽しいことも多かったんだけど、やっぱりどっかダメで続けられなかった。申し訳なかったなと思う反面、裏方ならまだ出来るかもしれない…と思ったりもした。
食事や台所で、殴られるってどういうことか。まず魚の食べ方が綺麗じゃない、触れたら熱かったから熱っ!と言う、とかだけで手が飛んできたりテーブルをひっくり返される。
食事しながら酔ってテレビ見てて単に気に入らないとコッチに絡んできて、コッチの反応が気に入らないと暴れる。テレビの内容が気に入らないからって殴られてみ?
そりゃ嫌いになるよ、そんとき映ってた奴ら。画面の中ならチャンネル変えたり時間来たりで終わるけど、こっちは生きてる限り終わらないんだからたまったもんじゃない。
リビングで家族団らんとか本当に苦痛でしかなかったし、未だに家に帰ったら即お風呂入って部屋に引っ込みたい。というか風呂に入らずに自室に入りたくない。
着替えもせずに寝具に横になれる、外行く服で布団に寝転がれる人がわからない。
そんなんだから誰かを食事に誘うとか飲みに行くとか、まして一日過ごすなどというのはよほどのことで(まあ滅多にないのだけれど)、遊びたいとかよりも安心出来る人と安心出来る場所で飲み食いや話がしたい(普段の生活を離れたい)ということなのかもしれない。
たまに行く大阪が楽しいのも、そこなら普段の自分も過去の自分も誰も知らないし私自身がそこから離れられるからなのかも?
まあお金使ってるから、それで不快な思いするなんてのは余程だしそんなところとヒトには金輪際近寄らなければいいわけで。
私のことも、きっとそいつは気に食わなかったんだろうと思うけれども。
(居た)
そうやって多少の無理や遠出をしてでも対人関係に固執する、執着する理由のひとつには、子供の頃あらゆる日常生活に暴力が及んでいたが、思春期には離婚していたためセックスにはそれが及ばなかったからかもしれない。
他人に受容されたい、許されたいことを性的衝動や恋慕と混同している…のかもしれない。まっすぐ人を好きになって、夢中になって惚れていられるって幸せだなと思うのは、そこにこんな自己嫌悪や被害妄想まで乗せてしまわないで済むからだろうな。
だけど冷静になってみれば時間やお金を使ってくれて、それで話したり会いに来たりしてくれている…都合をつけて約束を守ってくれているわけで。
時にはそれが結構大変だったのに、それでも来てくれた人だっているわけで。
嫌われてる気分でいるときってそういうことを忘れてしまいがちだし、前向きなこと書いてると伸びないのに沈むと伸びるのがSNSの宿痾みたいなもんだからあまり言わなくなるんだけど、そこはきちんと心に留めておきたい。
でも、そうかと思っているうちに実はずっと我慢してましたごめんなさい、ってこともあるので、あまり大っぴらにはしないでおきたい。
そんなふうに愛されたい人には愛されず、触れたい人には触れられないでいるうちに、どうせ自分なんかと思っているうちに、そのままトシだけ食ってゆくうちに、本当にそうなってしまって。今それに対して文句を言っても仕方がない。過去に向かっての罵詈雑言は今の自分の耳にしか届かない。




