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ただいま。  作者: ダイナマイト・キッド
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見知らぬオヤジになれたかな?

今朝。

早くから会社を出て仕事してたら、海の近い田舎道で自転車に乗って走ってきた中学生の男の子が急に道端に止まって何やら固まっている。

よく見るとペダルの辺りをしきりに覗き込んで困っている。


ははーん。


見当の付いた私はトラックを広い路肩に停めて降りていって、彼に声をかけた。

「チェーンが外れちゃったのか?」

私に気づいた少年が、やや緊張し身構えつつも困り果てた顔で頷いた。

「そこじゃ危ないから、こっちおいで」

彼の自転車をよっこらしょと持ち上げて、トラックのそばに置いた。

見ると外れたチェーンがギアと変速機にガッチリ挟まっている。

が、当節流行のベルト式でも、そこにシャレたカバーもついていない、シンプルなTHE通学用チャリだったことから話は早かった。

チェーンを持ち上げて、元のギアに戻せば良いのだ。

「外れた時、何速だったか覚えてる?」

「6です」

ならば6段目に掛けてやればいい。まずは引っかかったチェーンを外す。

そうしてギアにかぶせて、ペダルをゆっくり回してやれば

「ホレ、これでいいかな。ペダル漕ぎながらギア回すと外れやすいんだ。オレもガキの頃、近所の自転車屋さんのオヤジに怒られたよ」

少年は、そこで漸く少し笑った。

「何時までにガッコ行かなきゃいけないんだ?」

「8時5分には着いてないとマズいです…」

「ふーん…ま、遅刻したって死にゃしねえからよ。あんま急ぐなよ」

「はいっ。ありがとうございました!」

「気をつけてなー」

「ありがとうございます!」


いいやつだった。華奢で小さかったのと、顔のおぼこさからして中1だろうか。

私もう中1で170センチ80キロあった(悲しいかな、そっから背丈が伸びなかった)からなんとも言えないけど…。


てか今は、近所に自転車屋のオヤジが居ねえんだよな。自転車屋さんも無いし…。

ホームセンターとかデカいスーパーの自転車コーナーとか持ち込むんかね?

我が家は親類がヤマハのバイク屋さんで自転車も直せたし、そのバイク屋を元々やってたウチの爺様も自転車ぐらい簡単に直してくれたし、ウチの隣にはスズキの自動車屋さんがあってそこもバイクと自転車も扱ってたから自転車なんかすぐ直してくれたし、近所にはブリヂストンの自転車屋さんがあって優しいおじいちゃんがノンビリ営業していた。

ので、まあパンクしようがペダルがボッコリ折れようがブレーキワイヤーがブッチリ切れようが、誰かしらがすぐ直してくれた。映画OVER DRIVEだったら、檜山篤洋さんが何人いるんだってハナシだよ。


残念ながらブリヂストンのおじいちゃんは私が物心ついて数年後に店を閉めてしまったが、親類のオートバイ非常大好キチガイおじさんも、隣の自動車屋さんのおじさんも、なんというか

「子供の自転車、直したぐらいでカネなんか取れるか。仕事のうちにも入らねえ」

っていう昔気質の職人さんだったこともあって、小遣いに乏しい私は大いに助けてもらってばかりだった。

隣のおじさんは「若い頃、我が家の曽祖父母に大変お世話になった」といって、生涯、何をどう直しても私から自転車の修理代は受け取らなかった。うちの爺様が亡くなったとき、その当時の話を聞かせてくれて、写真も譲ってくれた。白黒の霊柩車の後ろに花輪がずらっと並ぶ写真。

マルセのおじさん、ありがとう。


でね。

そんな風に助けも来ないようなところでも、私ゃ映画OVER DRIVEの檜山直純くんよろしくすぐ自転車を壊していた。ペダルはぶっ飛ぶわサドルはスっぽ抜けるわ、ギアが外れて立ち往生なんてザラだった。で、まあギアが外れたぐらいならサッサと直せるようにもなったワケだが、その他のトラブルをどうやって乗り切ったのか。

それが、見知らぬオヤジ、だった。


自転車がぶっ壊れたことでハッと我に返った私が辺りを見渡すと、何処だかわからないようなところにいる。石巻山の麓とか、伊良湖岬の手前とか、いちばん遠くて名鉄の本宿駅とか…小学校高学年にしちゃよく走った方だと思う。

でガッコ行ってなかったから(伊集院光さんいうところの『スクールエスケイパー』だった)、平日のド昼からそんなとこ誰も通らない。


と思いきや、そこへノッソリと、見知らぬオヤジが歩いてきて

「おう、ちょっと貸してみ」

と、ポッケやクルマのダッシュボードから簡単な工具を取り出し、チャチャっと応急処置をしてくれた。ボンドでくっつけたり、仮締めしてとりあえず留めただけだったり、いま思えば簡単だが的確だった、というべきだろう。

パンクの修理をするのに「近くだから」と自転車屋さんに連れてってくれた人もいた。

誰も学校はどうした、とか、こんなに壊して…とか説教の一つもせず、直すか直せる場所に連れてってくれた。

御礼を言っても「おう」ぐらいの返事で、またノッソリと何処かへ立ち去ってしまう。

煤で真っ黒になった指先をズボンでパパーンとはたいて、ノッソリと。


ああいう見知らぬオヤジって今いないのかなあと思っていたら、私が同じ立場になって、困っている子どもの役に立つことが出来た。

ああ、あのときの見知らぬオヤジって、こんな感じなのか!

と、38歳にして納得した次第である。




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