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ただいま。  作者: ダイナマイト・キッド
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#松山座 2023年8月公演 めいんいべんと

#松山座 2023年8月公演 めいんいべんと


「ヴァンヴェール・ジャック成人記念試合」

男女混合6人タッグマッチ30分1本勝負

ヴァンヴェール・ネグロ選手、沙恵選手、松山勘十郎座長

VS

ヴァンヴェール・ジャック選手、CoCo選手、

イマバリタオル・マスカラス選手


本来発表されていた演目は↑の通りだった。

しかし、開場後の座長の前説でヴァンヴェール・ネグロ選手とCoCo選手が「来阪し試合に備えていたところ落とし穴に落ちてしまい」来場不能となってしまったこと。難を逃れたヴァンヴェール・ジャック選手のみがメインイベントに出場すること。そして対戦演目を


沙恵選手、松山勘十郎座長

VS

ヴァンヴェール・ジャック選手、イマバリタオル・マスカラス選手


とする旨の発表があった。

ガイジンレスラー行方不明事件も大概だが、メインイベントも変更となったうえ、しかもその理由が落とし穴に~と言うあたり、それを聞いただけで

(あっコレは開始前にホントのことリアルに言うとお客さん引いちゃうやつだ)

と察しが付くレベルの緊急事態。


過去何度も、座長がこうしたピンチに苛まれ頭を抱えているところを間近で見て来た。だいいち普通に自分で公演を行うだけでも問題は山積み。問題の詰まった段ボール箱が次々と運ばれてきて目の前で積み上がっていくような有様なのを、座長は歯を食いしばり眠い目をこすり、コカ・コーラのボトルを片手に遅くまでキリキリ稼働していたのだ。

それが公演当日、試合開始直前に、大問題がダブルで発生した。

コンパイル時代の「ぷよぷよ」だったら、2頭身で描かれた座長の頭上で赤い岩になったおじゃまぷよが土星になった(ばよえ~んを3回ぐらい喰らうと土星になった気がする)ようなものだ。


しかし開場後いつものように土産物ブースでお話をした座長は、そんなことを微塵も感じさせなかった。MY WAYの皆さんの物販は休憩時間からかな?ぐらいに思っていて、発表を聞くまで全く知らなかったのだ。


そんなわけで、ヴァンヴェール・ジャック選手の成人記念試合として組まれたこの試合で、ジャック選手はいきなりヴァンヴェール一家を背負って立つことになってしまった。

この試合、この場面で下手を打てば、一家の信頼はおろか自らのルチャドール生命も失墜し危うくなる。もしくは同情され、いちルチャドールとしての面目が保てなくなる。

いつも家族の、仲間の、MY WAYを共に歩む人々の繋がりの強さ、心の結びつきを感じさせてきた「愛される少年ルチャドール」は、この日、たった一人で喧嘩相手でもある父親と妹のレスラー人生まで背負った「若きエストレージャ」としてリングに立った。


その隣に立っていたのが、明るく爽やかで陽気なイマバリタオル・マスカラス選手だったのは本当に幸運だったと私は思う。少なからず不安や心配を胸の底に抱え仕舞い込んでいる観客が、まるでプロレスの試合を「観戦」して「応援」するというよりは、善意や好意から「心配」してしまいがちなこの場面。イマバリタオル・マスカラス選手は子供たちと一緒にリングに上がってタオルを振り振り、心配ムードを夏空の彼方へ吹き飛ばしてしまった。

子供たちのために、レスラーがみんなしてタオルをかき集めているところも微笑ましかった。


特攻服を身に着けたジャック選手がリングに飛び込んでくると、否が応でも注目が集まり期待が高まる。

松山座のお客さんは基本的に優しいし、ジャック選手の試合を見たことがある人ならば、彼を心から信頼している。プロレスを初めて見に来た人には、良くも悪くもちんぷんかんぷんだっただろう。ここで舞台はフラットになる。


対するは名古屋の性悪女と呼ばれ各団体で活躍中の沙恵選手。

下手な軽量級男子レスラーよりも、よっぽどパワーと迫力がある。デビュー当時からその素質を活かして暴れ回り、順調に極悪豪快ファイトを磨いている。実際、見るたびに強く悪くカッコよくなっている。性悪女、というには真面目でひたむきな人間性がチラチラ見え隠れしているところはご愛敬で、そのキャラを意識してか立っている時も片膝を軽く曲げて顔を傾け、腰に手を当てるなど如何にも悪女な佇まいを守っていた。

今回もハスキーボイスで絶叫しながら、若きルチャドール二人を向こうに回して大立ち回り。というかむしろ、やられたらやり返す沙恵選手の方が正直よっぽどタフに見えた。


そして松山勘十郎座長である。

この人ほど何があっても「プロレスを諦めない」人を私は知らない。

たとえこの日、出場選手が3人どころか半分近く出場不可能になってたとしても、自分が2試合でも3試合でもしてプロレスを、公演を完遂するはずである。

果たして座長の試合も、いつも通りの楽しさと激しさに満ちていながら、新しい発見もある松山座品質だった。ノータッチ・ルチャリブレルールというスピード感あふれるルール(通常のタッチでの選手交代のほか、試合権利を有する選手がリングから出た時点でタッチをせずとも控え選手との交代が認められる、メキシコ独特の試合形式)も相まって、若き軽量級選手二人の素早い攻撃を受け止め、時には技術力で上回って反撃し、さらにマスカラス選手の足を決めたまま振り回す珍しい攻めも見せた。やっぱりちょっとテンションが上がっているらしい。


試合は沙恵選手がジャック選手を高々と抱え上げて叩きつけてピンフォール。

そして「成人おめでとう、悪い女には気をつけな!」と激励?のメッセージ。

身にしみるとは、文字通りこういうことを言うのではないだろうか。

生まれも育ちもレスラーとしての出自も性差でさえも超越して叩き潰したうえで、性悪女としての佇まいを崩さずにカッコつける。本当に、沙恵選手は強く逞しい、一流のレスラーになったなあ…。一緒に試合をしてた人たちが一人、二人と去り、団体も変わり、時と人のうつろいに翻弄されていながらも懸命に戦っていたように見えた、健気で素質は十分な若手女子レスラー、が、まさに酸いも甘いも嚙み分けた傑物として仁王立ちしている。これだからプロレスは長く見ていると感慨のお堀がどんどん深くなって、そこが涙で満たされてゆく。


試合を終えたジャック選手も、先ずお客さんや座長への陳謝と感謝を述べ、そこでもう

(ああ、彼は一人前の大人だな)

と思っていた。ひとつまた大きくなって、背中が逞しくなるのだろうな。と…。

ルチャリブレ愛好家として、ヴァンヴェール一家の活躍はめざましく、とてもうれしい。だが、今回のように好事魔多しということもある…。そういう時こそ、その人、集まり、周りの人々の持っている本質やポテンシャルが露見し発揮される。


そうして迎えたクライマックスに、ヴァンヴェール・ネグロ選手とCoCo選手が間に合った。

漸く一家揃い踏みを果たしたけれど、手当てを受けたそのままの姿だった。

家長として、父親として、代表としてグッと頭を下げるネグロ選手を間近で見たジャック選手、CoCo選手はきっと、こんな姿やもっとつらいところも見て来ているのかも知れない。

大勢のお客さんの前で、父親が他人の前で、自分たちのために礼を尽くさんとする姿をしかと目撃することは辛いかもしれないし、受け止めきれないかも知れないけれど、もっとトシを重ねた時にもしかしたら実感を伴う瞬間が来るかもしれない。


家族の形は、そして生まれ育った家族を見る目は、人それぞれ本当に違う。

何処ぞの役場の広報イラストのような、形どおりの普通で幸せな家庭なんてもののほうが幻で、そんなものは長谷川町子美術館にでも飾ってあるのがせいぜいかも知れない。

ルチャリブレ一家に生まれ育ったことが彼らにどんな夢を、試練を、生き方を与えてくれたのだろう。傍から見つめたルチャリブレに勝手に憧れた私にはきっと到底わからないであろう、ルチャリブレが当たり前にある生活。その片鱗を、私たちは目の当たりにしていたのかも知れない。


CoCo選手は幼くして大掛かりな手術をするという。

そして必ず、戻って来るという。だから忘れないでね、と……。


忘れる筈がない。こんな破天荒で、ルチャリブレ愛好家の心を掴んで離さない人々のことを。

若く、恐れを知らず伸びてゆくことを許された時間がたっぷり残っているのだから、今はゆっくりしっかり治療とリハビリ、トレーニングに費やして欲しい。

色んなことを考えたり、言われたり、悩んだりすると思う。

でも、有限である時間が、まだたっぷりと残されている幸福に身を委ねてしまうのもいいし、個人的には、色んな本とか映画に触れているのがいいんじゃないかな…と思っている。


ジャック選手は本当に、主人公属性を持って生まれた天然のスペル・エストレージャだと思う。そしてその印象に違わぬくらい、トレーニングと実戦経験を積んでいる。腕周りの逞しさが増しているし、動きも洗練されて無駄が減っているように見えた。

何より、声がずっと太く自信に満ち溢れていた。あの状況でも腹をくくってマイクを握って、お客さんに思いの丈を述べて…それが出来るのは相当の度胸が据わっている証拠だ。

偉大な先人たち、アントニオ猪木さんや大仁田厚さんは、窮地であってもマイクを握って叫び、乾坤一擲を果たしたことが何度もある。ジャック選手は、そんなセンスも持ち合わせているかも知れない。


この日のことをビックリしたお客さんは大勢いたと思うけれど、ガッカリしたまま帰ったお客さんは少なかったと私は思う。この次に、もし自分が見られるならば、その時こそ精一杯の声援を送ろう。そんな風に思えた。


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