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ただいま。  作者: ダイナマイト・キッド


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36/89

W★ING流れ星伝説


今更ながら拝読しました。

とても面白かったです。

以下に感想や思い入れなどを綴ります。


私がプロレスファンとして物心ついたとき、もうW★INGという団体は

「過去の現象」

だった。色んな偶然が重なってプロレスに、それも革ジャンに咥えタバコの大仁田厚さんにのめりこみ、近所のレンタルビデオ屋さんにあったFMWのVHSテープを片っ端から見ていた中に、96年だか97年の、当時W★ING金村と名乗っていた金村ゆきひろさんとの金網電流爆破デスマッチがあった。それが私とW★INGの最初の出会いだった気がする。それまでも色々と試合や紙面を見ていたから、W★INGという名前や選手、数々の危険な試合の事は知っていても、初めて強く印象に残ったのはその試合の、入場シーンだった。

夕暮れてゆく川崎球場に鳴り響くテーマ曲がうっすら漏れている画面に、後から被せたなんとも間抜けな出来栄えのカバー曲が、アツアツのカツ丼にラップをしたように張り付いている。そして、その試合で金村さんが負けてしまったので、W★INGは消滅した、ということになってしまった。


99年頃のことだったから、もうFMWは理不尽政権と正規軍が戦うエンタメ路線に突入していて、私はそこで金村ゆきひろさんのファンにもなっていた。で、そのルーツを知りたくてビデオを借りて見ていたんだと思う。

田舎のことで、レンタルビデオか、週刊ゴングと週刊プロレスに載っている水道橋のプロレスショップの通販や遠隔レンタルぐらいしか、当時は映像を見る手段が殆どなかった。時々、急に真夜中の3時ぐらいに何処かで撮って放映された試合が再放送されることもあったけど…そんなレアケースは数年に1度だった。エンタメ期のFMWは、それでも深夜枠でちょっと流されたときもあったっけな。


そんな状態だったから、長らくW★INGのことは知ろうにも知り得ない、ホントに流れ星が消えた後の夜空をぼけーっと見上げているような気分だった。

松永光弘さんは既にステーキ店を経営しながら試合をしていた。

ミスター・ポーゴさんもWWSを旗揚げして、故郷である群馬県伊勢崎市を暗黒街にしようと企んでいた(本当なんだからしょうがないだろ!)。


W★INGという現象が急に私の頭上で、空っぽの夜空にオーロラみたく輝き揺らめき始めたのはmixiを始めたおかげだった。私の、ちょっとした経験とこんなペンネームのおかげでプロレス好きであろうことは容易に想像がつくため、プロレスの話をしていると何処からともなくファンの人が足跡やコメントを残してくれた。

その中に、Nさんという方が居た。この人が筋金入りの、本書で言う「W★INGフリーク」の一員で、ありとあらゆる試合を生観戦し、映像ソフトを持っていた。

Nさんは、この本の中に出て来る試合の映像をダビングして下さり、快く山ほど送って下さった。お礼に、豊橋名物ヤマサのちくわや、季節のフルーツなどをお送りするなど交流は暫く続いた。W★INGにloveなNさん、お元気ですか。ミーは元気です。


そのNさんがつぶさに目撃し、追いかけて来た流れ星の軌跡。

私が遅ればせながら興味を持ち、しまいには愛知県が生んだ狂気のミスターデンジャー、松永光弘さんを敬愛するに至るトンデモ団体とは何だったのか。


プロレスファンからプロレスマニアになり果てた私の前に(どう違うかと言えば、前者は推しを追いかけるが、後者はジャンルを遡る)、W★INGは幾度となく復活した。しかし月日は流れ、引退したり遠くへ行ってしまったりした選手・関係者も少なくない。あの頃のW★INGはもう、永遠に夜空を駆けることはない。

だからこそ、今だからこそ、と書き記されたこの本には、魅惑の90年代インディープロレスの世界が凝縮されている。

運営はデタラメと聞いていたが、実際どうだったのか。

分裂に至ったいきさつは、離脱、加入、そして崩壊の一部始終は。気になるところと大事な部分を週刊プロレスの記者として取材していた小島和宏さんが現在のOBへのインタビューも加えてまとめた大ボリュームの一冊。

この後に出るFMWの本と比べても、厚みが全然違う。

ちなみに連作のようになっているが、それぞれ出版社も違う。そのドラマチックな理由についても記されており、往時を知らない私でも胸が熱くなる想いだった。


驚いたことに、巻末の年表をじっくり読むと、豊橋市にも来ている!

恐らく移転する前の体育館なのだろうけど、それにしたって驚きである。

ちなみに移転後の豊橋市総合体育館はやたらウルサイらしく、その後にやってきた大日本プロレスもFMWも過激さは鳴りを潜め、インディープロレスらしい地方巡業のあるべき姿!って感じの試合をしていた。

もしかしたら、その遠因も……?


赤字続きの地方巡業や、過激なデスマッチ……本当に、好きじゃなきゃできないことってあるんだと思う。デスマッチは嫌いだけど、W★INGのために体を張った金村さん。

デスマッチに開眼し、己の生きざまを見出した松永さん。

プロレスじゃなくてもそうだけど、プロレスにかかわるって言うのは本当に、好きじゃなきゃできない。なんであんなことが出来たんだかわからない。後になって考えても、あのとき気の狂った判断をしている最中にも。なんでなのか自分でもわからないぐらい、青春を燃やして突っ走っていた時期がある。それって幸せなんだと、生きて振り返ったときに初めて思うのかも。阿久悠さんの青春時代じゃないけど、そうやってしみじみ思うものなのか。

それにしたって色んな意味で血の気の多い青春である。


名物マネージャーで極悪人だったはずのビクター・キニョネスの意外な素顔と功績。

松永光弘さんは当初まったく期待されていなかったのが、一躍ミスターデンジャーの名を欲しい侭にする。

続々と集まった有志が次々に離れてゆく。

そして「起こるべくして起こった、あのファイヤーマッチの惨劇」と、ひっそりと死にきれずに終わる最終回。


素人が張り切って手伝った結果、そしてそんな人でも跋扈できていた時点で、今だったら完全に終わっていると言えてしまうし、実際ありえないレベルの失敗を積み上げてアレが起こっていた。かつて冬木弘道さんの本の中で邪道・外道両氏のインタビューがあって、練習生が水を沁み込ませた、と言っていたが、それ以下の顛末でゾっとしてしまう。


この本とFMWの本を読むと、二つの団体は一つのルーツであることがわかる。

大仁田さんやポーゴさんがメジャー団体出身とか言うんじゃなく、裏方の人々のルーツが

ジャパン女子プロレス

にあった。というのが今回もっとも意外な発見でした。

近年の書籍やインタビューなんかで明らかになったことで言えば、あのまま大仁田さんの団体が、もしくはジャパン女子という団体が上手く行っていれば、FMWもW★INGもユニバーサルプロレスも闘龍門も無かったのかも知れないわけで。


そうなってたら、日本のプロレスラーは多分いまの半分も居ないんじゃないだろうか。

そして私もメキシコに渡ろうなんて思わなかったし、きっとプロレスを見ると言っても、もっと健気で純粋に透き通ったところを泳ぐメダカみたいな気分で、今日も公式アカウントに引用でクソリプしながら一喜一憂していたんじゃないかなと思う。


昭和から平成に時代が変わって、プロレスの歴史も変わったというか、新しい流れが産まれて。その開拓者たちの大地を、ほんの一瞬だけ照らした流れ星が今も長い尾を引いて燃え続けている。私は後追いのマニアなので、全部単純に知識やドラマや歴史として楽しめる一冊でした。


ひとつのプロレス団体が、銀河の闇を星となって流れた。

一瞬のその光の中に、人々が見たものは、愛、戦い、運命。

いま、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ。

いま、全てが始まり、きらめきの中に望みが生まれる。

遙かな時に、全てを掛けて。


この本は、まさにコレだなと。

読みやすさも、ページ数も気にせずに書いて下さった小島和宏さん。そして双葉社さん。

ありがとうございました。


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