「たま」という船に乗っていた~さよなら人類編~
双葉社・Webアクションで連載中、元「たま」の石川浩司さんによる
「たま」という船に乗っていた
なる書籍のコミカライズ。その区切りの良いところまでの部分に本書初出のエピソードも加えたもの。
ひとつのバンドにおけるメンバー個人から見た自伝的要素を含む伝記。ジーン・シモンズやスラッシュの自伝みたいなもので、それをさらにコミカライズしたわけだ。なのでネタバレも何も無いと思うので内容についての記述も書いてあります。
未読の方はご注意ください。というかそれなら早くこの漫画を読んだ方がいいです。面白いから。
この漫画が注目されたことで原作でもある石川浩司さんの著書も増補版が出版されたわけで。「たま」のことばかり考えて過ごして来たという漫画家・原田高夕己さんは冥利に尽きるのではないでしょうか……。
内容は石川さんの著書の文面をかいつまんで漫画にしたことで、キャラクターの表情や動きが加わって書籍とはまた違った味わいと共に思い浮かぶ出来栄え。
ぶっちゃけ、最初に読むならこちらのコミカライズをお勧めします。
石川さんのご本の感想にも書いたけど、あの本は
私としては読みづらい繋ぎ言葉や冗長な表現が多く、ハッキリ言って雑でお勧めしづらい部分があります。
特に冒頭には。
かつをぶしの時代の椎名誠さんでもここまでやらなかった、ってぐらいの。
ただ、あの本は読み進めるにしたがって絶頂期の多忙ぶり、たま現象なる言葉まで生まれた人気の高まり、一躍有名人の仲間入りを果たしたことで垣間見た別世界の様子なども語られたうえ、終盤には「船から一人降りる」様子や、その船そのものを解体する一部始終もキッチリ書かれていることから、これはもしかすると石川さんの照れ隠しなんじゃないかな?とも思っている。
大真面目に、大上段から、俺たちあの頃スターで大人気でさあ!なーんていう奴の本、読みたくねえもんな。
そこをいうと原田さんによるコミカライズは非常に読みやすく、むしろ漫画版の方が整って落ち着いた雰囲気になっている。正直な話マジで読みづらかったプロローグをあれだけスッキリとまとめ、そのまま印象的な「とさ!」に持っていく流れは映画みたいにカッコ良くて、でも絵柄の可愛さからカッコつけすぎてなくて。とてもセンスのある人だったんだと今更ながら思う次第でした。
そんな可愛い絵柄は何処か懐かしく馴染み深いタッチで、そこに色んなマンガのパロディが入る。
書籍は文章が千々に乱れたが、漫画ではキャラクターや絵柄そのものが様々に変化するというわけだ。この辺は漫画ならではの表現だし、分かる人には分かるというレスリー・ニールセンの「裸の銃を持つ男」シリーズや、チャーリー・シーンの「ホット・ショット」みたいな楽しみ方が出来る部分だと思う。
私がこの漫画を知って読み始めたのは第4話からで、書籍なら序盤も序盤。こんな手前だったんだというくらい……このビンボーながらも面白おかしくあやしく楽しく過ごす時代の背景がなんとも豊かそうで。だって未曽有の好景気だった時期のニッポンじゃん。もうお伽噺みたいな世界の。生まれた時からバブルは弾けたの景気が悪いの、値上げの増税の30年以上言われっぱなしのニンゲンにしてみれば、なんだか素直に羨ましい。
どんなボンクラでも、ボンクラらしく生きれていたのかも知れない。勿論ツライことは、今も昭和もあるんだろうけど。
そんな豊かゆえにはみ出し者にはとことん居場所の無かった時代に、一人また一人と出会ってゆく。知久さん、柳原さんと来て3人の船が出来上がる。
あの扉絵のウキュピには、そんな意味があったのね。
やがてバンドは3人から4人へ。
最後に加入するメンバーとして2度に渡って謎めいた憎い演出を経た滝本さんが登場する。
実際この漫画を読んで久しぶりに「たま」の楽曲をアレコレ聞いてみたら、私が気に入ったのは
サーカスの日
パルテノン銀座通り
青空
夏の前日
と、悉く滝本さんの曲だった。なんか、暗いけど甘い声と、どうかしてる歌詞が好きなんだよな。
そんでもって、その滝本さんが合流したのが1986年。私の生まれた年。
4人組の「たま」と同い年だ。そんな滝本さんの曲が割と刺さるのも、なんか勝手に縁があっていいなと思っている……。
徐々に船は速度を増し、裏方や協力者も増え、大海原に向かってく。
その途中で段々とメンバーがメタモルフォーゼしていく様子も具体的に描かれているのは、漫画ならではの表現のひとつ。石川さんが「あの恰好」になるまでの変遷や、初登場時の怪獣然とした知久さんがサッパリして、しまいにお馴染みのオカッパ頭になり、電話も新調し……といった具合に。
石川さんの結婚やデートに関するエピソードも微笑ましいやら、のんきなもんやら。
船の周りでは波が立っているのに、当の船乗りたちはのほほんとしている。ところが、そこにはある意味フリースタイルで磨かれ続けた実力がずっと隠れていた。それがボーナストラックで明らかになる。
あれは格闘技で言えばストリートファイト、路傍の喧嘩でカンを養うようなもの。
ヨーイドンのアルティメットファイトにだって技術は必要だが、喧嘩は度胸と場数である。
「たま」は妙に胆が据わってて、場数は申し分なく、はみ出し者として通り一遍のバンド志望者とは一線を画した経験を色々としてきている。その強みがいろんな出来事と相まって、あの曲や雰囲気を生んだのかなあと。
らんちうを演奏する場面でテレビを見ている人の中には、私の大好きな小骨トモさんのキャラクターもいる。最後のページにも名前が入ってて、Webアクションの層の厚さを感じさせる……神様お願い、と、「たま」という船に乗っていた、が両方出る。これこそが文化的な豊かさそのものだ。
そしてそんな豊かさが、ある意味狂乱と爛熟の域に達していた時代の落とし子が
「たま」
なのかも知れない。そんな「たま」がさらなる飛躍を遂げる続編も、とても楽しみにしています。
連載中はウッカリ読み逃した場面も補完出来たし、こうして一気に読んでく楽しさは、やっぱり単行本ならではだな。