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ただいま。  作者: ダイナマイト・キッド
19/79

「たま」という船に乗っていた。増補改訂版

元「たま」の石川浩司さんによるバンド活動前後の数十年を振り返る本。

ちょうど私が生まれたころに「たま」も生まれたらしい。その辺りの年代の絶好調ニッポンの片隅で蠢くハミ出し者たちがやがて一艘の船に乗り込んで流れるまま激流や凪のなかを走ってゆく。


まず言いたいのは文章の細かいところが本当に雑。たとえば「〇〇で〇〇が〇〇で…」などという文章が頻出する。接続詞と単語の重複が多いうえ余計な言葉が多すぎて邪魔。さらに2行にいっぺんは言葉尻を捕らえた「おふざけフレーズ」が入るので要点や話の流れがつっかえる。

あんなもん削ってちゃんと書いてあれば2時間で読み終えることが出来るくらい中身が濃くて壮絶かつ何処か滑稽で、石川さん自身の考える夢、やりたいこと、芸事、メディアに対して、メンバーに対して、思っていることや言いたいことはちゃんと書いているから読み応えは抜群なのに。もっと読むことに没入したいのに、ひとこと言っては茶化されてる感じが、正直言って読み始めはひどく不愉快だった。プロローグなんか確かに文章だけど、あんな段落分けしてたら最早ポエムだもん。書き方を考えて詰めてったら2ページぐらい減るんじゃないか。


webアクションで連載されている漫画版の方は、これらを本当に上手くさばき、また各人の持ち味や巻き起こる事件なども加味されてとても良い出来だというのが、逆説的によくわかる。


そもそも、この本は2004年の「たま」解散の時に発表されたものを元に、「たま」のことばかり考えているという漫画家の原田高夕己さんによるコミカライズが人気を集めたことで注目され、それならば、と現在の状況などを付け加えたものが出版されたものだ。

なので漫画に収めるため選別された、そのセリフや場面のセンスがとても良かったのだと思い知った。


漫画の方を先に読んだので、とてもくだけて柔らかい印象で。だから勝手に書籍の方はもう少しおとなしいというか、低いトーンで書かれていると決めつけてしまっていたのだ。

石川浩司さんのことも、たまのことも、良く知らなかったから。


ただし、これらはおそらく(意図的かどうかは別に)照れ隠しではないかと思う。自分のことを自分で語ることもさることながら、自分も乗ってた船のことを自分だけが語ることの気恥ずかしさと言ったら無いだろうし、「たま現象」などと謳われたことを語るのは面映ゆいはずだ。20年ぐらい前の石川さんの感じ方で書くと結果こうなるのだろう。それを20年ぐらい経っても直さずに出すのは如何なものか、とは思うけど。せめてもうちょい整えたり、若干でも読みやすくなったりしてればいいのにな。

でも「整い過ぎてる有名人の本」よりは、この方が生々しくていい。とも感じる。

賛否両論あってほしい。私は賛3否7くらい。


柳原さんが脱退するまでの出港、前進、荒波、変遷は先述の通り読み応え抜群で、いま何となく憧れたり注目されたりしている80年代の調子のよかったニッポンの、爛熟した文化的な豊かさが溶けてこぼれて、それが東京の片隅に流れ着いてとごんでいるところから何となく出来上がった「たま」という船が帆を張るまでの物語は、こういう青春があってもいい、こういう奴等が蠢いていてもいい、そんな良くも悪くもおおらかだった時代を表しているようだ。


その豊かさの象徴であり異端の文化財みたいな「たま」が時代を駆け抜け、紅白歌合戦、日本武道館、事件満載の海外レコーディングにと目まぐるしく活躍する場面は面白くもあり、眩しくもあり。

その後の凪の時期は、残った3人の未来につながるセクションとして書かれ、そしてやがて解散を迎える。そこに至るまでも、やりたいことだけをやるために、やらなくてはならないことを「淡々たぬき」でこなしてきた3人が先送りにして来た答えのフォルダをダブルクリックする感じで……とても切ない。

劇的な仲間割れ、壮絶な内輪もめ、そういうものが全然ない。だから関係修復もへったくれもなく、終わるべくして終わったのだ、という歴史と事実だけが残る。

寂しいよな。だってコレが一番、取りつく島もないんだもん。

商業的にしろ個人的にしろ、

○○を脱退した○○が〇年ぶりにオリジナルメンバーと共演!

なんてことすら起こり得ないんだ。

プロレス団体やグループ、ヘヴィメタルバンドなんか爪の垢を煎じて飲むべきヒトがいっぱい居るなあ……。


さらに増補改訂版の文章とあとがきまで読むと、邪魔だった「ふざけ飾り」が急に懐かしく、そして「産まれてよかった」と心から石川さんに語りかけられているような気持ちになる。なんだろう、この不思議な読後感は。


不器用で、何をするにも恥ずかしくなってしまって、でも、そこから一歩踏み出すことが出来れば……あとは楽しく生きられるかもしれないし、楽しむためのヒントや乗り越えるための力、逃げ道、色んなものが見つかるかもしれないよ。と言われている気がする。


爽快といえば爽快だし、愉快痛快でもあるが、波乱万丈でもある。昭和から平成初期にかけての、今に比べりゃ良くも悪くも何もかも豊かでユルかった世の中の雰囲気が不気味な御伽噺みたいで。「たま」は、そんな御伽の国からやってきた楽団だったのかも。


初期の椎名誠さんみたいな文章をもっとケーハクかつオゲレツにしてタマゴで包んでケチャップかけたらそれはオムレツですな、的フレーズは賛否あろうが、私にとっては

そこそこ好きな本

になった。


読んでる間の起伏と、産まれてよかった、に至るプロセスが、そこそこ好きだ。

石川さんの言う通りだ。物事はプロセスが大事なのだ。結果は一つの経過に過ぎない。


そして「たま」は、その経過を青空のもと明らかにして、夕暮れ時の寂しさに消えて行った。

それは一本のレールの上を走り抜けていった電車かもしれないし、ずっとそこに置いてある金魚鉢のらんちうかもしれない。私が生まれた1986年から「たま」は其処に在ったし、これからもデジタルの世界やアナログに封じ込めた作品として残ってゆく。


「たま」という船の航海日誌であり経過報告。堪能しました。


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