表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま。  作者: ダイナマイト・キッド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/105

市電の絵

たまには地元豊橋らしい話でもしようか。

市電しでん。市内を走る電車なので、縮めて市電。

いわゆる路面電車のことを、豊橋市民は市電と呼ぶ。

豊橋市って案外広くて、山もあれば海もある。その真ん中よりのところに駅とか市役所とか警察署、スポーツ会場と緑地公園、デカい川と橋とかがあって。で駅と役場は結構離れてるのね。歩くのは間違いなくダルい距離。

しかし混雑する市街地で自動車を運転するのは心配。

タクシーを呼ぶほどのこともない。

バスはあまりない。

そこで市電だ。


豊橋駅から市の東寄りで静岡県との県境に近い辺りまで伸びていて、途中には全国でも指折りの急カーブもある。運賃も値上げされたとはいえ良心的で、どこまで乗っても均一料金。私はこの路面電車沿線で生まれ育ったので、とても身近な乗り物でもある。


何しろ四六時中、市電の音が聞こえるところで暮らしているので、それがあるのが当たり前なのだ。

路面電車も今や全国的に珍しい乗り物になっているが豊橋市を象徴する一つの交通文化として、そのアイコンである市電は人気がある。

特に〝とよはし市電を愛する会〟が毎年発行しているカレンダー「市電のある風景」は定番だ。

風景といっても写真ではなく絵画で、それは市電を愛する教育者であり画家でもあった故・伊奈彦定いなひこさだ先生の作品なのだ。生前の伊奈先生は市電を愛する会でもご活躍し会長を務めたこともあるほどで、その市電愛は有名だった。

日の丸薬局というお店の全面ラッピング広告の車両が豊橋公会堂の前を走っている場面が印象深い。〝くろず〟と書かれた白と赤の電車が青空の下を悠然と通り過ぎる。なんてことのない豊橋市の一日のひとこま。

ここに住んでいればいつでも目にする瞬間だが、伊奈先生の絵からはそんな日々…まさに「市電のある風景」を愛する眼差しを感じる。


私にとって伊奈先生はちょっと特別な先生だった。

というのも、私が通ってた小学校で1年生の時に校長先生だったのだ。なので、伊奈先生が市電大好きであることは当時の生徒なら誰もが知っていたというわけだ。

そして絵を描くのも見るのもお好きだった伊奈先生は毎年恒例の学校行事「絵を描く会」にも熱心だった。

が、反対に私は絵を描くことが大の苦手。今でもそれは同じで、子供の頃は思った通りに描けないのが辛くて仕方なかった。

頭の中で描きたいものを思い浮かべて、または目の前の情景を描こうとして、エイヤっと最初に引いた線がもうグニャっと曲がり…結局出来上がるのはいつも目も当てられないシロモノばかり。こんなはずじゃなかった、こんなの恥ずかしい、そう思ううちに絵を描くことを避けるようになった。反対に文章なら思い通りになるので、私は書き物のほうが好きになった。

多分いまでも私の画力は小学校1年生程度で止まっているはずだ。


でも、そんな小学校1年生の時の私の絵を、唯一褒めてくれたのが伊奈先生だった。

癇癪もちの暴れん坊で問題児だった私だが、絵を描く会では1年生なりに頑張って描いた。当時、小学校の隣の公園には決まった日に市場が立っていたので、その市場でお店をやっているおじいさんの絵を描かせてもらった気がする。確かタマゴ屋さんだった。その名の通り、色んな種類のタマゴを専門的に売っているお店で日に焼けたおじいさんがタマゴの入ったケースを持っている絵を描いた…気がする。


それがなんと!銅賞をもらったのだ。

賞状をもらうときだったか、別のときだったか。何しろ30年以上前の記憶だからボンヤリしてて申し訳ないのだけれど、伊奈先生がニッコリ笑って「おじいさんが楽しくお仕事しているねえ」と言ってくれた。

私が絵なんか描いたって、その時から周りと比べて下手っぴ!さんだったのに、伊奈先生だけは私が描きたかったことを感じ取ってくれたのかもしれない。この子は多分、こういう風に見えてたんだろうな、と。


伊奈先生は翌年に定年退職してしまわれたけれど、それからもずっと我が家には伊奈先生の作品がレイアウトされた市電カレンダーがあった。

その絵を見るたびに、私は私の絵を唯一褒めてもらえた日のことを思い出す。


銅賞。あれ以来、描いた絵で何か賞をもらうどころか褒められたことすら殆どない。

どうして私の絵が賞をもらえたのか、描いた本人が一番わからないぐらいだ。

癇癪もちで暴れん坊で喧嘩や騒ぎばかり起こしていたから、当然校長先生としてマークされていたのかもしれない。ということは悪ガキだから

銅賞どうしようもない

ってコトだったりしてな…!?


伊奈先生は90歳で亡くなられたが、実は文章でも実績を残されていたと知ったのは最近で、東愛知新聞の訃報に書かれていた。

私のことは忘れてしまっていただろうけど、本が出たときにお持ちすれば良かったかな…と今になって少し悔んでいる。

伊奈先生による市電のある風景を見ていくことは、豊橋と路面電車の歴史を見ることでもある。これからも愛される作品であってほしいし、路面電車という文化が残されるような豊かな世界であってほしいし、伊奈先生の作品が橋渡しになったらいいよな。

豊橋なんだし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ