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8話:領主の屋敷を探索せよ


(さぁーて、まずはこの馬車を調べてみましょうかね)


 敷地内に潜入した竜矢は、まずミルファルナ専用馬車を調べる事にした。

 布の隙間から音を立てないように入り込むと、豪華な装飾が施された馬車が暗闇にぼんやりと見えてくる。外の篝火が無かったら見えなかっただろう。


 豪華といっても、装飾は華美過ぎず、また足りないとも感じられない。バランスの取れた、芸術品といってもいい位の美しさを持つ馬車だった。

 その装飾が所々傷付いて欠けており、何かが飛び散ってこびり付いていた。


(……血、か……)


 間違いなく、血の跡だった。強い鉄の臭気がそれを裏付けている。

 竜矢は口元を押さえつつ、馬車の中を覗いてみた。

 中に誰かが倒れている。


 竜矢はそっと扉を小さく開け、中に滑り込む。

 どうやら倒れているのは御者の様だ。

 残念ながら、既に息をしていなかった。


 竜矢は手を合わせて黙祷を捧げると、思いついて御者の懐を探ってみる。

 内ポケットの中に、折りたたまれた小さな紙と小瓶が入っていた。


 小瓶には青い液体が半分ほど入っている。竜矢は紙を広げると、そこに書かれた文字を布越しの弱い光の中で何とか読み取った。

 それにはこの街周辺の簡単な地図が描かれていて、道の途中に×印が付けられていた。


(もしかして、この印が姫様一行の襲撃ポイントか? て事は、この人は内通者? じゃあ何で殺されて……)


 竜矢の頭に浮かんだのは二つの可能性。

 一つは内通がばれて、護衛の騎士達に殺された可能性。

 もう一つは内通がばれない様にする為、口封じとして殺された可能性だ。


(此処で考えててもしょうがねぇけど、内通者だとしたら自業自得か)


 竜矢は紙と小瓶を内ポケットに戻すと、外に出て静かに扉を閉める。

 次に探す場所は地下と決めていた。


(生存者が捕まってるとすれば、地下牢が定番だよな)


 竜矢は一旦外に出て屋敷の周りを飛び回り、中に入れる場所を探した。

 三階の小さな窓が開いてるのを見つけて中に入ろうとした時、入り口の大扉が開く音がした。


 見ていると、そこから一人の人物が屋敷を出て行く所だった。

 黒いローブを頭からすっぽりと被っているので、顔も性別も分からない。ただ、体つきから竜矢には男のように思えた。その首に小さなコインのような、金色のペンダントが下がっている。


 この屋敷の執事のような人物と話しているようだ。

 そのうち兵士が連れてきた馬に飛び乗って、屋敷から走り去ってしまった。

 気にはなったが、今は屋敷を調べるのが重要と、竜矢は入り口が閉まる寸前に屋敷の中へと潜入する。

 目が点になった。


(……こりゃ驚いたね、中にはこんなに人がいたのか)


 屋敷の中は人でごった返していた。竜矢は人の流れに乗ってとりあえず一階まで辿り着いたが、すべての階で大騒ぎしていた。大半が兵士のようであり、丸めた地図やら、大量の書類やら、夜食用らしい簡単な食事やらを持った兵士達が通路を行き交っている。


 明かりや喧噪が外に漏れなかったのは、屋敷自体に音と光を遮断する魔術が掛けられていたからのようだ。壁や天井にそれらしき小さな魔術式が描かれている。

 竜矢はこの世界に召還された時の一件で、それを知識として知っていた。


(……大した念の入れ様だな。さて、地下への入り口は、と……あそこか?)


 喧噪から離れた、狭い廊下の奥に地下へ向かう階段を発見した。

 とにかく、竜矢は降りてみる事にした。


(どうやら当たりを引いたか……)


 暗く、湿気を帯びた空気で満ちた階段を下りていくと、二人の兵士が見張りに立っている扉が現れた。扉の小さな覗き窓から中に入ると、暗い地下に鉄格子がズラリと並んでいる。


 その中にミルファルナの護衛と思われる者たちが、手足に枷をはめられて一人ずつ閉じ込められていた。一通り見て回ってみると、怪我をしている者もいれば、ほぼ無傷な者もいる。


 一室だけ女性が三人入っている牢があったが、彼女たちがミルファルナ付きの侍女だろう。竜矢は一人の男に近付き、静かに声を掛けた。


「あ~……もしもし? 聞こえます?」

「……? 誰だ……? 何処にいる……?」

「静かにしてください、俺は、ええと……ミルファルナ姫の使いみたいなもんです」

「っ!?」


 途端に顔を上げて声を上げようとした騎士の耳元で、先手を打って注意する。


「シッ、静かに。見張りにバレちまいます」

「っ、う……わ、分かった。姫様は御無事なのか?」

「大丈夫、ケガ一つしてません。今はこの町にある宿屋で休んでるはずです」

「そ、そうか……! 良かった、本当に良かった……!」


 騎士は溜め息と共に、心底安心した声を出す。

 暗い為に顔は分からないが、声からすると中年の男のようだ。もしかすると隊長クラスの人物かも知れない。

 そう思った竜矢はひとまず名乗る事にした。


「俺は竜矢っていいます。たまたまミルファルナ姫を助ける事になった旅の者です。あなたは?」

「リュウヤ殿か。私は姫の護衛隊隊長、近衛騎士団のボアズ・クラッザ・ルアックスだ。ボアズと呼んでくれて結構。姫を助けてくれたそうだな、心から感謝する」


「ではボアズさん、一体何があったのか詳しく教えて下さい。ミルファルナ姫に大体の事は聞きましたが、すぐに眠らされてしまったせいで詳細が分からないんです。姫も皆さんの事を心配しています」


「……君を信じて良いのだな?」

「信じてもらえるとありがたいです」

「うむ……分かった」


 ボアズの説明によると、この街の近くで倒木が道を塞いでいた為、撤去作業を行おうとした時に黒いローブを被った集団が現れ、襲いかかってきたという。


 不意を突かれたとはいえ精鋭を集めた護衛隊である。即座に対応し、ミルファルナの乗った馬車の周りで応戦したが、全員急激な眠気に襲われた。

 そして、眠気に耐えきれず意識を失ってしまったのだそうだ。


「そして気が付いたら此処に閉じ込められていた……。情けない話だ」

「眠気というと、やはり魔術で?」


「そうだと思うが、奇妙なのはローブの連中が魔術を使った様子がなかった事だ。だが、あの眠気はどう考えても魔術によるものとしか思えん」

「その時、馬車の御者さんは何をしてました?」

「御者? いや、彼は非戦闘員だからな、御者台で震えていたと思ったが」


 どうやら竜矢の推測が当たったようだ。

 種類にもよるが、魔術の行使には呪文の詠唱や魔力による魔術式の構築を必要とする。


 例外は魔術の込められた魔道具を使う事だが、強力な魔術効果を付与する為には、丈夫な素材で作られた物でなければならない。過剰な魔力に物体が耐えきれないからだ。


 他にも付与する魔術の効果範囲や持続時間などで左右されるが、蒸留水などは使用範囲が広く薬としてよく使われる素材で、魔術を掛けた水は『魔術水』と呼ばれている。


 その際、魔力の影響で水に様々な色が付く。

 治癒の魔術の場合は白く。

 毒消しなどは紫に。

 そして、眠りの魔術の場合は青い色に染まるのだ。


「……殺されて、馬車の中に転がされてましたよ」

「なに……?」


「失礼とは思いましたが、彼の懐を探らせてもらいました。すると、青い液体の入った小瓶と、この街周辺の簡単な地図が入っていました。その地図に描かれた道には、街の手前で×印が入っていました」


 此処までの説明で、ボアズは竜矢が言いたい事が分かったようだった。

 目を見開き、信じられないといった顔で頭を振る。


「まさか……、彼が内通者だったと……?」

「決めつけるのは早計ですが、可能性は高いと思います。あなたたちが戦ってる隙に、背後から眠りの魔術が掛かった小瓶の液体を振り掛ければいいんですから。殺されたのは口封じではないかと」


「……そういえば、眠る直前に何か水のような物が顔や首にかかった様な気がする……。あの男、ミルファルナ姫専用馬車の、専属御者に選ばれる恩を受けておきながら……!」


 歯軋りの音が暗闇に響いていく。

 力を込めているのか、手枷からミシミシと軋む音が聞こえてくる。さすがに鍛え上げられた騎士だ。


「それで、この事件の黒幕はルーデン伯と思われますか?」

「ああ。奴め、わざわざここに来て我々を散々愚弄していきおった。どうやらパルフストと密約を交わしたらしい、キドニアを落とす為の布石だと言っておったよ。だが私にはまだ信じられん、あのクロフォード王が……」


「正直、俺もそれには色々と引っかかる所があります。ま、その辺の事は後にしましょう、何とか脱出しないと」

「それはそうだが、どうやって?」

「少し待ってて下さい、屋敷の中をもうちょっと調べてみます」


 竜矢はそう言うと、ひとまず牢を出る事にした。


(ん~、牢から出すのは簡単だけど、それだけじゃ片手落ちになりそうだなー)


 飛びながら、どうすっかな~と悩む。

 とにかく情報が不足している。そう考えた竜矢は、情報が集中するであろう領主の部屋を探す事にした。



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