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7話:疑念

今回、ちょっと短いです。


「……スーニア、ちょっと止まって」

「む? どうかしたか?」


 竜矢が不意に、疾走するスーニアをストップさせた。

 スーニアは細い木の上で、器用にバランスを取って立ち止まる。


「不可視結界を張っていこう」

「……何か気になるのか?」

「ちょっとな、取り越し苦労だと思うけど」

「ふむ……」


 会話が途切れると、スーニアの体が白く輝き始める。

 と、その光はボールのようになって一行を包み込んでしまった。

 表面がフニャフニャ揺れている様は、まるでシャボン玉である。


「よし、じゃあ悟られように行こう」

「分かった」

「あの、リュウヤ様……?」


「不可視結界って、外から見えなくなる結界ですよね? 何で……?」

「ま、念の為にさ。あと、できれば『様』なんて付けなくていいよ、背中とか尻とか痒くなっちまう」


 ミルファルナとシェリカの訝しげな声に、わざと軽く答える竜矢。

 頭の上にハテナマークを浮かばせて顔を見合わせる二人だった。






 ネクロイアの町は街道沿いにある宿場町だ。王都には負けるものの、交通の要衝に相応しい大きな繁栄ぶりを見せている。

 もっとも、今は完全に夜中である為、街中の明かりは殆ど落とされていた。


 ポツリポツリと遅くまで営業している酒場の明かりもあったが、それもそろそろ終わりのようだ。


 店じまいをする酒場や宿屋の屋根の上を、スーニアは音も立てずに走っていく。

 ルーデン伯の屋敷は街の東端近くにあった。

 さすがに領主の屋敷というだけあって、かなり大きい。並の宿屋の五倍はありそうだ。


「スーニア、何か感じるか?」

「……侵入者感知用の結界が張ってあるようじゃが、攻撃性は無いようじゃ」

「そうか。……にしても」

「随分と静かですね……」


 少し離れた場所で声を潜めて話す一行の声は、疑問に彩られていた。

 静か過ぎる。

 王家の姫が行方不明になったというのに、何の騒ぎにもなっていない様なのだ。


 行方不明の報がもたらされたのならば、捜索隊が組織されるのが普通だろう。

 しかし、領主の屋敷は何事もなかったように静寂に包まれていた。

 動いているのは、所々に松明を焚いて見張りに付いている数人の兵士だけである。


「何の連絡も届いていないのでしょうか……?」


 ミルファルナの不安気な声に、竜矢が答える。


「今日、此処に姫様が来るのは当然連絡済みだったんでしょ? それなら到着していない時点で騒ぎになってるはずだよ」

「そうですよね……。これは一体どういう事なのでしょう?」

「裏口に回ってみようかの」


 スーニアがそっと場を離れた。

 不可視の結界は姿は消せるが、音までは消せないため静かに歩いている。スーニアは近くの木の上に飛び乗ると、全員で屋敷の裏庭を観察する。


 屋敷の裏手にも見張りはいたが、あくびを噛み殺しているという実に平和な光景であった。ただ、裏庭の倉庫のような場所に気になる物が置いてあった。


「あの布をかけられてるデカイの、何だと思う?」


 竜矢の言葉に、シェリカ達が僅かに開いている倉庫の扉から中を見る。松明の光で見えるそれは、布の下の方から車輪がはみ出して見えている事から、大型の馬車のようだった。

 その車輪には、黒地に金色の複雑な模様が描かれている。

 只の荷馬車などには思えない。


「あれは……私の乗ってきた馬車です!」

「シッ、声が大きい」

「す、すみません……」


 思わず声を上げたミルファルナを竜矢が注意する。幸い見張りには気付かれなかったようだ。


「乗ってきた馬車に間違いはない?」

「間違いありません、あの馬車は私専用に作られた物ですから」

「そっか……。こりゃあ、悪い予感が当たっちまったかな?」

「わ、悪い予感って……、何なんですか、リュウヤさん」


 二人の不安な顔を見て、竜矢は言うのを少し躊躇ったが決意したように口を開いた。


「今回の『姫様誘拐・生け贄未遂事件』、ここのルーデン伯が絡んでる可能性があるって事さ」


 二人が息を飲み、同時に生唾を飲み込んだ。


「姫様の話を聞いて何か引っ掛かったんだよ、犯人達の襲撃時の手際が良すぎるって。鍛え上げた護衛達があっさり無力化されているし、お忍びで来たはずの姫様一行を迷い無く襲ってる。一行の行動予定を把握していたとしか思えない。都合良く出くわして突発的に襲ったなんて、まず有り得ないだろ?」

「た、確かに……」


 竜矢の考えに二人とも納得して頷いた。

 竜矢はミルファルナの話を聞いた時、地球でプレイしたあるRPGの中で似たような展開があったのを思い出したのだ。

 ちなみに、そのゲームでは主人公パーティを狙う敵勢力の罠だった。


(まさかゲーム上の経験が、異世界で役に立つことになるとはなあ)


 何が何処で役立つのか分からんもんだ、と思う竜矢だった。


「つっても、まだ確実とは言えないから、俺がこれから忍び込んでちょいと調べてくるよ。もしかしたら護衛の兵士達も捕まってるかも知れないし」

「リュウヤ様……!」


 ミルファルナが感動に潤んだ瞳を竜矢に向ける。

 彼はミルファルナを助けはしたが、何も此処までする理由は無いのだ。その事は彼女自身よく分かっている。


 善意で身の危険を顧みず自分の為に動こうとしてくれている竜矢を、ミルファルナは心から信頼しつつあった。


「ま、まぁ乗りかかった船だ、姫様の安全が確保できるまでは付き合うよ。どれだけ時間が掛かるか分からんから、三人ともシェリカさんの泊まってる宿で待っててくれるかな」


 ミルファルナのそんな瞳に見つめられ、気恥ずかしさから星空を見上げて竜矢は言う。

 シェリカの泊まっている宿はここに来る時に確認済みである。幸いにも、まだ営業中であった。


「で、でも、一人でなんて危険ですよ。いくらリュウヤさんが小さいからって……」

「二人とも案ずるな、リュウヤの強さは既に知っておろう」

「それは、そうですけど……。第一、結界をどうやって通過するんですか?」


「大丈夫だよ、俺の大きささなら小さな動物が迷い込んだ程度にしか思われないか、感知すらされないよ。それに便利な道具がある」


 竜矢はそう言うとフワッと浮かび上がり、スーニアが下げているバッグへと飛ぶと、中からハンカチの様な白い布を取りだした。


 ハンカチとはいえ、竜矢にとっては特大のマントといっていい。

 それで体を包み込むと、何と竜矢の体が宙に溶け込むように消えていくではないか。


「不可視の魔術が掛かったハンカチだ。何の為にこんなもん作ったのかは知らんけどね」


 確かにこれなら見つかる事はないだろう。

 しかし、ハンカチとはいえ魔術が掛かっているこれは、かなりの高級品だ。


 掛ける魔法にもよるが、どんな物でもちょっと魔術効果を付与するだけで値段は数十倍に跳ね上がる。

 武器や防具に掛けるとなると、百倍以上になる事だってあるのだ。


 亜空間バッグといい、このハンカチといい、何処でこんな高価な貴重品を手に入れたのだろうかと、シェリカは竜矢のいた空間をじっと見つめるのだった。


「じゃ、行ってくる。大人しく宿屋で待っててくれよ」


 竜矢の声が聞こえると、何かがスーニアの結界から出て行くのが感じられた。

 直後に屋敷を覆った結界の一部に、ほんの一瞬、小さな穴が開いた。

 コンマ数秒の事で、見張りにも、シェリカ、ミルファルナも気付かなかった。気付いたのはスーニアだけである。


「行ったか。では、わしらは宿に行くぞ」

「ほ、本当にリュウヤさんだけで大丈夫なんですか? 此処で待っていた方が……」


「リュウヤがああ言ったのじゃ、心配はいらぬ。それに、いつまでも姫をこの格好でいさせる訳にもいくまい」

「はい……」


 金色の神獣が軽やかに空に舞った。

 二人は屋敷を振り返り、竜矢の無事を祈るのだった。



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