6話:キドニア王国の姫君
色々と解説風味。
「あ~……その格好じゃマズイよなぁ……。ちょっと待ってて」
元の大きさに戻った竜矢が、スーニアの首に下がっているバッグに潜り込んで何やらゴソゴソしている。
と、出てきた彼の手にはマントらしき布の端が握られていた。
「シェリカさん、これを彼女に掛けてあげて」
「あ、はい!」
竜矢に代わってマントを握ったシェリカがそれを引っ張ると、旅人用のマントがずるずるとバッグから出てくる。だが、バッグの大きさを見ると、とてもマントが収まるような大きさには見えなかった。
その事に気付いたシェリカが驚きの声を上げる。
「リュウヤさん、もしかしてこのバッグ……魔術が掛かってます?」
「ああ。その中は亜空間になってるらしくて、見た目の何十倍も物が入る上に、重さまでカットしちまう。更に新鮮なお野菜までそのまま長期保存できるんだ。見た目はボロッちぃけど便利なバッグさ」
便利などというレベルの代物ではない。
例えばこれを戦争に利用したらどうなるか?
膨大な数の武器・防具は勿論の事、もっとも重要な兵糧の輸送・保存の問題が一挙に解決する事になる。量産に成功すれば、軍事バランスをひっくり返す事も有り得るだろう。
このバッグの価値を分かっているのかいないのか、竜矢はニコニコ笑って解説している。
「我が主はあまり深く考えないタチでな。気にしない方が良いぞ」
「……はい……」
シェリカはまた呆気に取られた顔で頷いた。開いた口が塞がらない。今夜だけで何度呆気に取られたのか、自分でももう分からなくなっている。
あまりにも強烈な体験の連発であった。
とにかく、上質なマントを生け贄の娘に掛けてやると、彼女もホッとした顔で言葉を発した。
「皆さん、危うい所を助けていただき、心より感謝いたします」
少女は深々と頭を下げる。
「まぁ、間一髪ってとこだったな。にしても……」
スーニアの頭の上に移動した竜矢は、自分達が出てきた大穴を見て眉をひそめる。
この下には恐らく百人以上の邪教徒が埋もれているのだ。
生け贄を捧げようなどという外道な行為を行った者たちだが、竜矢は僅かながら悲しみを感じていた。
「ひでぇ事しやがるぜ、あの教主みたいな奴と尼さん二人……! 今度会ったら、絶対逃がさねぇ」
「予め神殿が崩壊する仕掛けをしておいたんじゃろう。ふん、臆病な悪党ほど用意周到なものよ」
竜矢は両手を合わせ、冥福を祈るように黙祷する。
それを見た少女は興味深そうに竜矢に声を掛けた。
「あの・・・・・・」
「ん? なに?」
「あの教徒達の、冥福を祈っておられるのですか?」
「・・・・・・ん、まあね。それ位の情けはいいかなって」
「・・・・・・お優しいのですね」
少女の何か温かいものを見るような目に、何故かドギマギした竜矢は誤魔化すように自己紹介をした。
「あ~、お、俺の名前は竜矢、坂崎竜矢。これでも人間だからね」
「本当に妖精ではないのですか?」
「うん、……シェリカさんには教えたけど、俺は異世界人なんだ。色々あってね」
「い、異世界人!?」
「そ。まぁ、機会があったらその時詳しく話すよ」
少女の驚いた声を軽く笑顔で流す竜矢であった。
続いて、スーニア達が名乗った。
「わしの名はスーニアじゃ。見れば分かるじゃろうが、マナウルフィじゃ」
「私はシェリカ・ウォーレン、傭兵です」
それぞれの名乗りを受け、少女は背筋を伸ばして自分の名を名乗った。
「申し遅れました、私の名はミルファルナ・ヴィルアンス・グレオル・ド・キドニアと申します」
「え!?」
随分長い名前だなぁとリュウヤが思った時、シェリカが声を上げた。
「あ、あの、もしかしてあなたは……このキドニア王国の・・・・・・?」
「はい、国王レグリオスの娘です。身分は第一王女になります」
「えーーーーっ!?」
森の中にシェリカの驚きの声が響く。
森の住人である動物達にとって、今夜は安眠妨害の連続であった。
今、竜矢たちが居る国の名をキドニア王国という。この世界で最大の大陸、バルアーレン大陸の東寄りに位置する国だ。
面積や軍隊の規模などを見ると、小国というほど小さくもないが、大国というほど強大でもない。しかし戦乱の空気が濃くなるにつれ、軍事方面に力を注ぐようになっているのは他国と同様であった。
一行は取りあえず、この辺り一体を治める領主の元に行って保護を求める事にした。
今は全員スーニアの背に乗り、森の上を駆けている。
スーニアは二人が怖がらないように心持ちゆっくり走っているが、金色の神獣の背に乗って森の上を飛ぶように疾走するという幻想的な体験に、二人は夢心地でまるで怖がっていなかった。
「しっかし、何だってお姫様がこんな目に?」
スーニアの頭の上で竜矢が疑問を口にした。
「それが、よく覚えていないのです……。私は先日……」
ミルファルナの話はこうである。
彼女はこのネクロイア地方を治める領主、ルーデン伯の元へ向かっていた。
ネクロイアはキドニア王国の東端に位置し、隣国との国境に面している。大きな街道もあるため、この地方は交通の要衝でもあった。
戦乱の気運が高まるにつれ、戦略上国境の警備は重要なものとなる。
ミルファルナは父であるレグリオス王の命で、その警備状況の視察に向かったのだ。
そこで、トラブルが発生した。
「ネクロイアの街近くで乗っていた馬車が急に止まり、何事かと御者に聞くと折れた木が横たわっているとかで、それを取り除くまで少し待って欲しいと言われました」
「それは時間的に何時頃?」
「夕方、十八時の三の頃でした。ルーデン伯の屋敷で夕食を取る予定でしたから間違いありません」
この世界の一日の時間は、地球とほぼ同じ約二十四時間である。
時間の数え方は二十四時間制で、十二時間制は無い。分は大雑把に一時間を六等分して、一~六で表わす。
ミルファルナが襲撃を受けた時間を例にすると、『十八時の三の頃』は地球でいう『午後六時の二十分~三十分の間』、という事になる。
一年が十二ヶ月に別れているのも地球と同じだが、それぞれの月はぴったり三十日で構成されていて、閏年などは無い。
「ふむふむ、それで?」
「待っていると外が急に騒がしくなり、誰かが馬車の扉を急に開けて……そう、水のような物を私の顔にかけたような気がします。すると急に眠くなって……」
「気が付いたら祭壇の上だった、と」
「はい……。皆、無事だと良いのですが……」
竜矢の言葉に力無く頷くミルファルナ。
共に行動していた護衛の兵達を心配しているのだろう。
そんな彼女に、竜矢は再び質問をした。
「……護衛の数はどれ位で来たの?」
「近衛騎士団、魔術兵団の精鋭をそれぞれ五人と、侍女を三人ほど。後は御者が一人です」
「単純に戦力としてみたら十人の精鋭兵士団って感じか。シェリカさん、これって戦力としてどう? 強い?」
「ムチャクチャ強いですよ。近衛騎士団はこの国最強の精鋭部隊ですし、魔術兵団は騎士団と双璧を成す存在です。リュウヤさんが倒した魔獣、あれはブラックビーストっていうんですけど、あれを十匹ぐらいなら余裕で蹴散らすでしょうね」
「手練れの集団が見事に連携をとれば、その力は何倍も強いものとなるからのう。だが、一国の姫の警護にしては随分少ないように思うが?」
今度はスーニアが駆けながら疑問を口にした。
「そういった声もありましたが、隣国のパルフスト王国を刺激しないようにとの配慮から、ネクロイアの民には私が行く事は明かさず、少数精鋭で行く事になったんです」
「お忍びってやつか」
「ええ、軍事関係の大臣からそうした方が良いという進言がありまして……。パルフストとは友好を結んでいますが、最近傭兵や大量の武器や防具を用意しているとの情報があったのです」
「この国への侵攻準備の可能性があるって事?」
「……はい、私としては信じたくないのですが……。パルフストのクロフォード王は聡明で、卑怯な事を何より嫌い、かつては『騎士の中の騎士』とまで謳われた方です。我が父の親友でもあります。王女であるラディナ姫は本当にお優しい方で、年下の私を妹のように可愛がって下さって……」
顔を曇らせる彼女に、シェリカが慰めるように声をかけた。
「ミルファルナ様、それはあくまで防衛の為では? パルフストもキドニア同様、北のソルガルドと南のジュマルに挟まれていて、いつ争いに巻き込まれるか分からないのですし」
この大陸の二大大国、それが北の大国ソルガルド帝国と、南の大国ジュマル王国だ。
かつて、この大陸のすべてを支配した一つの巨大帝国があったという。
その名をソルガ帝国。
長らく権勢を誇ったが徐々に官僚が腐っていき、民は圧政を敷かれついにはその怒りが爆発し、大陸全土を巻き込んだ大戦が勃発した。
その結果、帝国はいくつかの国に分裂し、現在のような状態になったのだという。
これが約六百年ほど前の事だとされている。
北のソルガルド帝国はその正統な後継を標榜している、強大な軍事国家だ。
武力・兵力に重きを置いた軍編成をしており、“帝国の盾”と呼ばれる重装甲歩兵部隊や、“帝国の剣”と呼ばれる騎士団の強さは他の国々を圧倒している。
反面、魔術においてはあまり重要視されておらず、それらの軍団のサポートに徹した運用をされている。
南のジュマル王国はソルガ帝国に反旗を翻した反乱軍が母体となった国で、その規模はソルガルドと同等だが、軍事力では後れを取っている。
だが、ソルガとは対照的に魔術の運用に力を注いでおり、“ジュマル魔術軍団”という強力な魔術兵団を有している。
ジュマル王家の者は反乱軍を率いた英雄の血を引き、ソルガ帝国の支配から民衆を解放したという自負を持っている。
その為か民衆の支持も高く、国民の中には上位の魔術師がゴロゴロいるという。有事の際には彼らもその力を振るう事になるだろう。
トータルで見て、両国の力は質は違えど拮抗しており、この二百年ほどはいわゆる冷戦状態にあった。
そのパワーバランスが、近年急に乱れ始めているのだった。
「私もそう思いたいのですが……。民の命を預かる王家の者として、あらゆる可能性を想定しなければなりませんから……」
「ふぅ、ん……」
何かを考え込んだリュウヤは、前方に向けて目を凝らした。
領主の屋敷がある街がそろそろ見えてきている。
篝火が焚かれているのか、屋敷はぼんやりと夜の闇に浮かび上がっていた。
めっきり冷え込んで、キーボードを打つ指がかじかみます。
綿入れハンテンが手放せませんw