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49話:故郷への想い

何とか書けました~。



 微睡みの中で、竜矢は懐かしい日本での生活を夢に見ていた。


『母さん、何か食うもんない? 小腹空いちまった』


 キッチンで夕食の支度をしている母親に、声をかける。


『ドーナツならあるわよ』

『ラッキー♪』

『ゲームばっかりしてないで、少しくらい勉強もしなさいよ?』

『へーい』

『まったく、返事だけは良いんだから……』


 母親の小言を適当に聞き流し、竜矢はコーヒーを入れるとドーナツと一緒に持ち、自分の部屋に移動する。

 パソコンの置いてあるデスク前に陣取ると、さっそく起動して最近はまっているオンラインゲームのショートカットをダブルクリック。

 軽快なBGMを鳴らし、ゲームのオープニング画面が液晶ディスプレイに映し出された。

 ドーナツを頬張りながら、準備運動とばかりにポキポキと両手の指を鳴らす。


『さってと、このボスを倒せば必要なアイテムが揃うんだよな。……うげ、魔法耐性がマックスじゃねーか! 物理攻撃でチマチマ削るしかねーのかよ……装備見直すべきだった』


 結局、この日はボスを倒すのに夜中までかかってしまい、翌日の朝は遅刻ギリギリで家を飛び出して学校へと全力疾走する羽目になる。

 そう、これは竜矢が老魔術師に異世界へと召喚される日の出来事。

 途中で工藤と合流し、共に学校へと息を切らせながら走る。


(そうだ、このあと学校の直前であのクソジジイに……ん?)


 校門前に居たのは、眼の覚めるような美少女だった。

 一二、三歳ほどと思われるその可憐な少女は、陽光を放つかのような美しい金髪を肩口辺りのセミロングに揃え、微笑を浮かべて竜矢を見つめている。


(あれ? スーニア?)


 大切な相棒である少女が現れたのに首を捻る。

 スーニアは竜矢に近付くと、そっと右手を差し出した。


『さあ、我が主よ。準備は良いか?』

『お、おう? 準備?』

『うむ、では』


 彼女の眼が妖しく光る。


『脱げ』


『…ふぇい?』


 唐突な意味不明の言葉に、おかしな声を出して竜矢の動きが止まってしまう。


『ふ、ふふ、ふふふふ……』

『あ、あの、スーニアさん? 笑顔がとっても怖いんですが?』

『ハッ!』


 スーニアが右手を軽く振った。

 獣爪刃線。そう竜矢が悟った時には、竜矢の学生服は一瞬で細切れになっていた。

 下着も全て。


『でぁあぁぁああぁああああぁぁっ!?』

『照れなくてもよいぞ。お前の体をわしが全て嘗め回すように鑑賞し、余すところ無く触りまくってやる。思う存分、弄くり回してやるからのう』


『どっかで聞いたような台詞だな!? いや、更に性質が悪くなってるだろう!! つか、その両手の指をわきゃわきゃすんのやめろ! 怖いわ!』


『怖くないぞ! 痛くないようにしてやるから安心せい!』

『何をするつもりだ、お前は!? うぉ!? か、体が……、金縛り!?』


 実に爽やかな、希望と期待に満ち溢れた笑みを浮かべ、スーニアは身体が動かなくなった竜矢にじりじりと迫る。

 笑顔だが、鼻息も荒く、口の端からはよだれが垂れかかっている。

 美少女が台無しである。


『さあ我が主よ……じゅるり……覚悟せい!』

『ちょ、ま、やめろ、そこは男の子の大事な……お婿にいけなくなるから!!』

『ふははははは! 頭の先から足の爪先まで愛でてくれるわー!』

『絶対、愛でるの意味が違う!! ……っちゅーか、いい加減に……』




「やめろと言うとろーが!!」

「ぬぉ!?」


 突然手の中で跳ね起きた竜矢にスーニアは驚いた。


「……あ~……あれ?」


 ぼんやりした頭で周囲を見回せば、そこはパルフスト城の一室。竜矢たちが普段使用している部屋だった。

 机の上には竜矢がいつも入浴に使っている陶器の小さな器があり、そこに湯気を立てるお湯が張られていた。


 ラディナ姫が用意させた物だろう。

 器の側には、轟雷弐式から譲り受けた端末が置かれている。

 竜矢の身体は小さなクッションに乗せられていた。


 今、スーニアの胸に光の絆は無い。

 封印が解けて竜矢とスーニアを主と認めたが、パルフスト王家の宝物である以上、所有権はパルフスト王家にあるので返却したのだった。


「どうしたリュウヤ、悪い夢でも見たか?」

「あー……スーニア……夢か。うん、そーだよなー、はっはっは……は?」


 現実感を取り戻すと同時に、竜矢は身体の違和感に気付いた。

 何故か上半身は裸であり、下半身のズボンのベルトは取り外され、それはスーニアの指先に摘まれていた。


「スーニアさん? 何故に私は半分裸なのでしょうか?」

「風呂の用意が出来てもお前が眼を覚まさなかったからの。わしが入れてやろうとしたまでじゃ」

「……そうか。気持ちは嬉しいんだが、少し声をかけて起こそうとか……」

「疲れきった主を起こすなど、そんな酷い事が出来るわけなかろう」


「………………」

「………………」


「よし、風呂に入るから部屋から出ててくれ」

「遠慮するな、我が主よ。わしが手伝って……」

「いーから出てけー!」


 竜矢は無詠唱で羅漢緋軍拳を発動し、赤い腕を数本創り出した。腕の一本がスーニアの襟首をヒョイとつまんで持ち上げる。

 別の腕が部屋のドアを開け、スーニアをポーンと放り出した。スーニアがソファの上にポスンと着地すると同時に、ドアが勢いよく閉まる。


「……スーニア様? どうかなさいましたか?」


 隣室で待機していたミルファルナやシーナたちが、突然放り出された上、少々むくれ顔で指をわきゃわきゃ動かすスーニアを不思議そうに見つめている。


「うむ、我が主は照れ屋だということじゃな」


 スーニアが眠っている竜矢を入浴させるというので、大丈夫なのか不安に思っていた一同は、ああやっぱり、という顔でスーニアを見つめるのであった。




「まったく、スーニアのやつ……」


 竜矢はブツブツ言いながら服を脱ぎ、丁度いい温度の風呂に入るとため息をついてくつろいだ。

 お湯の良さに脱力しながら、今回の騒動に関して色々と考えを巡らせる。


(あのクソジジイめ、轟雷を召喚して自分の物にするつもりだったのか? あー、いい湯だ。でも、あそこまで力があるとは予測できなかったのか……。丁度いい温度だなー、それとも他に目的が? ……あ~も~、今は良いや。お風呂サイコー、お風呂バンザイ)


 腕組みをしながら考えるが、湯の気持ち良さにどうにもまとまらない。

 結局、考えることを放棄して入浴を楽しむことにした。


「日本人に生まれて良かったー。……日本……。端末見てみるか……『起動』!」


 湯船の中から端末に向かって命令し、起動させる。

 画面に式神の文字が現れ、それが消えると起動が完了した。


「え~っと、西暦二〇××年よりも後の日本の歴史を表示してくれ」


 ピピッ、と電子音がなった後、画面に大量の文字が表示された。


「何かすげえ多いな? 二〇××年○月□日、タレントの●山と△田がコンビ解消? ★☆党の▽△議員、痴漢容疑で逮捕? って範囲広すぎるわ! もっと大雑把に、政治的っていうか、世界情勢の中で日本がどういう歴史を辿ったかとか、概要でいいから!」


 竜矢の呆れたような声に反応し、端末が再度情報を整理して表示した。

 曖昧な命令でも、それに含まれている意図を判別する能力はかなり高いようだ。

 竜矢はあらためて内容を読み進めていく。

 そして、竜矢の視点がある箇所で止まった。

 思わず立ち上がり、器の縁を強く握り締めて呻くように呟いた。


「第、三次……!」


 入浴しているというのに、竜矢は自分の身体に、乾いた砂が纏わり付いたように感じられた。




 隣室でスーニアはリュウヤを待ちつつ、ミルファルナたちと一緒に紅茶を飲んで休んでいた。


「リュウヤ様、随分長くありませんか? 入りながら眠ってしまわれているとか……」

「ふむ……」


 現在この部屋にいるのは、スーニアとミルファルナの他には侍女のリーラとシーナだけだ。

 シェリカとバートは今回の事件について事情を説明するため、ラディナやクロフォード王、イーヴェンらと別室で話し合いの最中である。


「確かに長いの。声をかけてみるか……と、出てきたか」

「ふーーーーーーい。良ーーーーーい風呂だったぁ~~♪」


 陽気な声を出し、髪の毛を小さなタオルで拭きながら部屋から竜矢が出てきた。

 ちなみにドアは羅漢緋軍拳の腕が開け、本人は空中をフワフワと飛んでいる。


「長かったのう、リュウヤ。湯にのぼせたのかと思うたぞ」

「ああ、堪能してたんでな」

「リュウヤ様、冷たい紅茶をどうぞ」

「お、ありがと。ンッングッ……ぷ~美味い!」


 シーナがミルクピッチャーに紅茶を注ぎ、それを受け取った竜矢は一気に飲み干すと満面に笑みを浮かべた。

 スーニアはそんな竜矢にわずかな違和感を感じた。


「リュウヤ……?」

「ん? なんだ?」

「む……いや」


「ああ、約束のことか? 安心しろちゃんと憶えてっから。ヨーグルトクリームたっぷりかけたクレープ作るのと、フルマルティの果物クッキーな」


「……うむ。だが、今は休む方が良かろう。街がまだ混乱しておるじゃろうから、クッキーも後日じゃな」

「そうだな」


 竜矢はクレープの材料を用意しておいてくれるようにリーラたちに頼むと、スーニアに神獣の姿になってもらい、その毛の中に潜り込む。

 すぐに寝息を立てた竜矢を起こさぬよう、ミルファルナたちは静かに退出して行った。

 足音が遠ざかり、スーニアの耳にもそれが聞こえなくなると、彼女は少し躊躇いがちに口を開いた。


「……リュウヤ? 何かあったのか?」

「……スーニアは誤魔化せねーか……」


 静かになった室内で、スーニアの声に竜矢が反応した。寝たふりをしていたようだ。

 毛の中で横になったまま、竜矢は落ち着いた、だが何処か陰りのある声で話し始める。


「なぁスーニア、お前の首に付けられてたロストパーツを外した後、俺が言ったこと憶えてるか? 俺が地球に帰るかどうかって話」


「……確か、チキュウに帰る方法が分かったとしても、帰るかどうかはその時になってみなければ分からないと言っておったの」


「ああ、それだ……。どうも、本格的に帰れなくなっちまったみたいだ……。いや、正確には帰っても居場所が無くなっちまった」


「どういう事じゃ……?」

「轟雷弐式を……ああ、これがあの迷い星の名前な。……あいつが召喚されたのが地球からだってはっきり分かった時から、イヤーな予感がしてたんだけどな……」


 あれほどの超兵器を開発できるとなれば、地球の科学文明は竜矢がいた頃とは比べ物にならないほど進歩していることは容易に想像できた。

 それは、それだけ時間が経過して技術が発展したということ。

 竜矢が地球に戻れても、既に家族も知人ももう居ないことを意味している。


 ”地球とこちらとで時間の流れが違う”


 竜矢が懸念していたことが、的中してしまったのだ。

 羅漢緋軍拳を発動させると、隣室から端末を持ってこさせた。

 また画面を表示させると、先ほど見ていた日本の歴史を読み上げる。


「……20○×年、日本はメタンハイドレートの実用化に成功、日本近海の開発に多数の企業進出……。メタンハイドレートを原料に、超高効率の新エネルギーを開発。中国、軍事衛星の打ち上げ成功。日本、対抗措置として高性能AIを搭載した、自律行動可能な戦闘衛星を開発……。石油燃料の枯渇と共に、メタンハイドレートによって一躍エネルギー大国へと変貌を遂げた日本に対し、中国、韓国、北朝鮮が……」


 どうやら竜矢がこちらに召喚された後、日本は大きく発展を遂げたが、その為に周辺諸国との軋轢もまた大きくなってしまったようだ。

 内容に簡単な説明を加え、スーニアに教えていく。

 およそ十年ほどの歴史を説明し終えると、竜矢は一息ついた。


「ま、キリが無いんでこの辺にしとくか。あの轟雷は俺が向こうに居た頃から何百年も後の時代に造られた代物だ。俺の知り合いも、家族も、もう誰も居ない。俺の知っている場所もどれだけ残っているんだかな」


「……リュウヤ、詳しい事はわしには分からぬが……。お前は時空間操作の魔術を会得しておる。時と空間を操るという事は、好きな時代の好きな場所に行くことが出来る、という事ではないのか?」


「確かに異界の千刃桜に使った時空間操作の魔術を利用すれば、好きな時代に戻れるかもしれないけど……」


 時戻しの指輪を調べて手に入れた、時間操作の魔術を行使するには莫大な魔力を必要とする。

 現在の竜矢の全魔力を持ってしても、最大三分ほどの時空間を操作するのが限界なのだ。

 数百年もの時間を遡り、自分の居た時代の地球に戻るなど夢物語のレベルであろう。


「お前が全魔力を使っても、そこまでなのか……」

「ああ。唯一可能性があるとすれば、あのクソジジイが轟雷の召喚に使ったロストパーツを使うことだな。俺の召喚にもアレを使ったんだろう、鍵水晶とか言ってたな……」


 竜矢は脳内の情報検索をして鍵水晶について調べた。

 名称と形状などは分かったが、機能などについては消去されていた為に詳しい事は分からなかった。

 異世界召喚に関しての事は空白になっていた事を思い出し、竜矢はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「名前は次元の鍵水晶。ご丁寧に情報は消去されてて詳細は不明、と。異世界召喚に関係有るから消したってのがモロ分かりだな」


「ならば、それを使えば……」

「使い捨てのロストパーツみたいだから、そう簡単には手に入らんだろうなぁ。まあ、今度ギルドに行った時に調べてみるか」


 ギルドには様々な物品や情報が集まってくる。

 倒した魔獣からは牙や毛皮、ダンジョンや古代遺跡では宝石や貴金属などが手に入る。最大の収穫物は貴重な魔道具やロストパーツだ。


 主に買い取りを希望して傭兵たちが持ち込むのだが、中には危険な物も存在する。持ち主に呪いをかけたり、突然爆発したりと様々だ。


 ギルドではそういった危険な代物の情報を共有し、ギルドに登録した者には無料で公開しているのだ。

 ただし、ギルドの調査でも詳細が分からない物や、悪用される危険性がある物は除外されている。以前、ダルゼットがラディナ姫の拘束に使った強制のリングなどがそうである。


「……何か、分かると良いの」


 スーニアの口調には、竜矢でも気付かないほどの僅かなためらいがあった。

 竜矢が地球に帰る。

 その時、自分はどうなるのか、どうするべきなのか。

 心の奥底に、小さな棘が刺さっているように思えて胸の中が苦しくなる。

 竜矢を応援する言葉は、己を誤魔化す為のものでもあった。


「ん……そうだな」


 竜矢の言葉には、わずかに苦味が混じっていた。

 その原因は端末の情報を読み進めた先にあった、ある事件の記録。

 スーニアにも教えるつもりになれなかったその事件とは――。


 ”第三次世界大戦の勃発と終結”


 世界を戦乱の渦に巻き込んだ大戦争によって、日本も大きな戦災を被ったとあったのだ。

 ただ、新エネルギーの開発によって近未来的な防衛装置を開発していた日本は被害を最小限に留める事に成功したらしい。


 その結果、戦争で疲弊した国々の中で唯一国力を維持することに成功し、世界で一、二を争う強力な国家になった。

 戦争の爪痕から立ち直り、再び世界が平和へと歩み始め、宇宙開発時代への再突入。

 だが、ここでもまた戦争が起こってしまった。


 ”第一次宇宙開発戦争”


 火星や木星で得られる宇宙資源の利権問題が発端で、主に宇宙空間を舞台とした新たな戦争が始まったのだ。

 轟雷弐式のような超兵器を作る事になったのも、この戦争がそもそもの原因だったようだ。


 第三次大戦において国力を維持していた日本は、この戦争でも科学技術で他国を圧倒しており、無人兵器を開発して対抗、ついには勝利した。

 端末に表示された情報では、日本が勝利したことにより、日本とその友好国を中心とした世界政府が樹立され、世界平和が一応の形になったところで終わっていた。


(戦争、か……)


 竜矢は何とも言えない気持ちになっていた。

 地球に帰りたかったのは事実である。

 自分が地球に居た頃、戦争になるなど夢にも思わなかった。


 日本は平和な国であり、少なくとも自分の周囲では戦争の事など考える必要は無かった。

 時折流れる外国でのテロ事件なども、現実に起こっている事件だとは理解していても対岸の火事という感覚がどうしても抜けなかった。


 その日本が戦争の当事者になり、勝利した。

 何百年も経過しており、自分の知り合いは誰も居ない。

 故郷の日本が無くなった訳ではないが、戻っても浦島太郎のような状態でどうすれば良いというのか。

 色々な事が浮かんでは消え、竜矢の心に渦を巻いて落ち込んでいく。


(……なんか、帰りたいって気持ちが弱くなっちまったなー)


 竜矢は地球に帰りたいのか、気持ちが揺らぎ始めていた。



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