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47話:決着、そして、別れ


「動きが……止まったな……」

「ああ……ゴク……」


 巨人と、破損した部位から煙と火花を吹き上げる迷い星の動きがピタリと止まる。

 時間が止まったような錯覚に囚われ、兵士が唾を飲み込む音が妙に響く。

 そんな中、スーニアは手の上にいる竜矢の身体のことを案じていた。


「フゥ……、フゥ……」


(リュウヤ……、やはり大分疲弊しておる……)


 蜻蛉の姿勢をとっている竜矢の呼吸が荒い。

 表面上は軽口を叩いているが、度重なる巨人の再生に、魔術の連続行使によって疲労が蓄積していた。

 いくら膨大な魔力を持っている竜矢とはいえ、体力、精神力は無限ではない。

 何より、パルフスト王都を庇いながら戦っているのが最大の負担だ。


(おそらく、迷い星は全力で突っ込んでくるじゃろう。わしが一瞬でも動きを止め……いや、逆に竜矢の邪魔をしてしまうかも知れぬ。予想外のことへの対処に専念したほうが良いじゃろう、あれは何をしてくるか分からぬ)

(マスター・スーニア、聞こえますか?)


 スーニアがそんな事を考えていると、光の絆から念話が届いた。


(何じゃ、お主、念話まで使えるのか)

(私が認めた者のみですが。それより、念のために伝えておきたい事が)

(何じゃ?)

(この鎧の機能に……)


 スーニアと光の絆が念話で話していると、迷い星が動き出した。

 じわじわと後退し、巨人との距離が約三百メートルほど開くと動きを止めた。


「来るか……」


 竜矢がつぶやく。

 迷い星の周囲に、唐突に不可視のエネルギーが荒れ狂った。木々や草は突然の暴風に襲われて、次々と吹き飛ばされる。

 突撃のための直前の“溜め”であろうか。ランスを構えた騎士の突撃攻撃――ランス・チャージを彷彿とさせる。


 竜矢は全神経を集中する。

 そして、ついに迷い星が攻撃を開始した。

 一瞬にして爆発的なエネルギーを発動させ、それを推進力に変えて巨人に突撃してきたのだ。

 あまりの速さに、竜矢は迷い星の形が風圧で変形したような錯覚をしたくらいだ。


 迫る破城槌の先端を見て、竜矢の心が妙に冴え渡る。

 時の流れが遅くなったように感じ、世界の動きがスローモーションに見える。

 迷い星が大太刀の間合いに入る直前。

 ここでスーニアの危惧が当たった。


 迷い星の上部装甲が弾け飛び、そこからあのキューブが一つだけ飛び出したのだ。

 キューブは角の一つを巨人に向けて高速回転をしつつ、迷い星を上回るスピードで巨人の頭上へと迫る。

 このまま行けば、巨人の頭部を砕くくらいの事はしていたかも知れない。


「……させぬよ」


 スーニアの小さな呟きと共に、巨人の兜から流れる金糸の飾りがキューブに向け、ゆらり、と動いた。次の瞬間、金糸は一瞬でキューブに絡み付き、縛り上げて動きを止めてしまった。

 普段スーニアが攻撃に使っている金色の刃線は、彼女の魔力を凝縮して作り上げたものだ。特に名前などはなかったのだが、竜矢が面白半分で名前を色々考えた結果、獣爪刃線じゅうそうじんせんと命名して以来、これを好んで使っている。


 先ほど光の絆がスーニアに念話で伝えた鎧の機能とは、獣爪刃線をモデルにした防御機能だったのだ。

 その力はスーニアのそれを遥かに凌駕する。

 キューブを締め上げた鎧の刃線は、そのままキューブを一瞬で細切れに切断してしまった。

 それとほぼ同時に、竜矢もオリジナル魔術を発動させた。


「『舞い散るは、桜花』」


 巨人の周りの空間から無数の桜の花びらが現れ、迷い星に向けて吹き荒れた。

 激しい桜吹雪に飲み込まれた瞬間、迷い星の各種センサーが異常をきたした。

 出鱈目で無意味なデータしか検出できず、迷い星は自分が動いている方向も、方角も、判別がつかなくなってしまった。

 周辺の景色は桜吹雪に飲み込まれて認識できず、音はホワイトノイズとなって検出できない。

 巨人の姿も、完全に見失ってしまった。


「『桜吹雪が導くは、狂える花園』」


 迷い星がいくら突進しても、一向に巨人の姿は見えない。見えるのは桜の舞い散る景色だけ。

 まったく同じ光景の幻を見続けているのか。それとも空間が切り取られ、そこに閉じ込められてしまったのか。

 その状態でどれだけの時間が経過したのかも、すでに分からない。


 数秒か、数分か、それとも数時間か。

 迷い星は仕方なく突進を中止し、その動きを止めた。

 囁くような竜矢の声だけが、空間に沁みるように広がっていく。


「『怨敵切り裂くは、桜下おうかに広がる夢刀ゆめがたな』」


 すると、迷い星のすぐ前に、巨人の持っていた刀だけが現れた。

 一振りだけではない、後ろにも、上下にも、次々と現れていく。

 迷い星のセンサーはその刀を実体とも幻とも捉えてしまい、判別ができない。

 桜吹雪の中に現れる無数の刀。

 いつしか、周囲は刀で埋め尽くされていた。


「『神魔を斬滅ざんめつする』」


 刀が一斉にその刃を迷い星に向ける。

 逃げ道は何処にもない。

 迷い星に残された手段は何とか攻撃を耐えしのぎ、この空間から脱出することだ。

 迷い星の外殻は、恒星に突っ込んでも短時間なら耐えられるほどの、強固な特殊強化合金でできている。

 中枢機構さえ破壊されなければ、自己修復機能によって修復は可能だ。

 そして、刀の群れが怒涛の一撃を放った。


「『異界の千刃桜せんじんざくら』」


 その刃は、その装甲を難なく斬った。

 全ての刃が迷い星に吸い込まれるように、外殻もろとも中枢機構も切り裂いて。

 桜吹雪が晴れると同時に、迷い星は地に落ちてその動きを止めたのだった。




 巨人と迷い星の死闘を見つめていた人々は、突如として現れた美しい薄紅色の花びらが、両者が激突する寸前に包み込んだのを見た。

 その中で無数の光が煌めいた、と思った次の瞬間には花びらは消え失せ、そこには刀を振り下ろした姿勢で動きを止めている巨人と――。

 原型を辛うじて留めてはいるものの、全身をズタズタに切り裂かれて動かなくなった迷い星の姿だった。

 それは、わずか数秒間のことであった。


 異界の千刃桜とは――。

 傭兵、アルサオナ・リクス・クァントゥスと彼女の両親を呪いから解放した際、謝礼として調べさせてもらった、クァントゥス家に伝わるロストパーツ『時戻しの指輪』。

 異界の千刃桜は、時戻しの指輪の時間操作機能をベースに創り上げたオリジナル魔術だ。

 時空間を歪める特異な結界を張り、敵と自分を外界から遮断する。桜吹雪の幻影で自分を隠し、時間軸をわずかにずらした異界の剛刀を無数に出現させて死角を無くし、一気に攻撃する。


 剛刀は存在している時間がずれているだけで、全て本物だ。

 短時間ならば恒星の熱すら耐えうる迷い星の外殻も、極限まで切れ味を追求して創り上げた異界の剛刀の前には紙のように無力だったのだ。


「勝ったの……か?」

「迷い星が、あんなに切られて……」


 巨人が大太刀を腰の鞘に納めると、刀はその姿を掻き消した。

 それが、この戦いが終わったことの証となった。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 民衆からも、兵士からも歓喜の声が上がった。


「やった!! やったぁ!!」

「ありがとうっ!! ありがとうぅぅ!!」

「すぐに……すぐに、サーガを作らなくては……!!」

「神よ……感謝いたします……!!」


 人々の歓声を聞き、スーニアは誇らしかった。

 手の平に乗る小さな英雄、それが自分の主。

 苦戦し、危うい場面もあったが、魔王の如き迷い星と戦い、終わってみれば王都への被害はゼロに等しい。

 戦いの舞台となった平原はひどい有様だが、人的被害も無いのだからこれ以上を望むのは贅沢と言うものだろう。


 彼がまた一つ、偉業を成し遂げたのだ。

 だが、竜矢の顔はあまり良いとは言えないものだった。

 どこと無く元気が無く、沈んでいるように見える。

 それに気付いたスーニアが問いかけた。


「どうした? リュウヤ。何故そんな顔をしておる? どこか身体に異常があるのか? ならばすぐに城に戻って……」

「いや、身体は大丈夫だ。……スーニア、こいつは多分、俺がいた元の世界から召喚されたんだ」

「リュウヤの故郷からか……。前に教えてもらったジンコウエイセイ、という代物か」

「いや、少なくとも俺はこんな人工衛星は知らねー……。俺とは召喚された時代が違うらしい……あそこを見てみ」


 巨人が指差したのは迷い星の残骸の一部。そこにプレートが取り付けてあった。


「……板か? 何か書いてあるのう……」

「日本国宇宙軍 第七遊撃戦闘部隊所属 『轟雷弐式』五〇七号機 世界新暦二八六〇年製造……って書いてある」


 プレートに書かれてる文字は、紛れも無い日本語であった。

 竜矢がこの迷い星を視力強化して観察した際、驚いていたのはこれを見たからだ。

 竜矢はそれをこの世界の言葉に翻訳して、スーニアに教えた。


「ん……んむ? うちゅー軍?」

「あー、つまり、こいつは人工衛星じゃなくて、地球人が作った戦闘用の兵器なんだよ。しかも俺の生まれた国が作ったもんらしい」

「戦闘用の兵器……」


 スーニアの顔が驚愕と恐怖に染まる。

 この迷い星は戦闘用の兵器であり、人の手が作り出したという。以前、竜矢から聞いた人工衛星とは別物らしい。

 少なくともこの世界では、こんな超兵器を作ることは不可能である。

 竜矢の力だからこそ、この迷い星を破壊する事ができたのだ。


 もしも竜矢がいなかったら、今頃パルフスト王都は消滅し、動くものの姿は消え失せていただろう。

 だが、竜矢のおかげでその脅威は去った。

 それなのに何故、彼は寂しそうな顔をしているのか。

 スーニアに思い当たることは、一つだけあった。


「……リュウヤ、出来れば倒したくはなかったのか? お前の故郷から来たこの迷い星を……」


 スーニアに、竜矢は寂しさを含んだ笑みを向けた。


「こいつは俺と同じなんだよ。あのクソジジイに、無理やりこの世界に連れ込まれたんだ」

「リュウヤ……」


 彼はあの破壊兵器に同情しているのだ。自分と同じ境遇であった故に。

 竜矢は巨人の両腕を迷い星に向け、手の平を広げた。その先に魔術式が現れると、迷い星の残骸全てを結界によって包み込んだ。

 天を仰ぐように腕を持ち上げると、結界とその中の残骸も空へと浮き上がっていく。

 頭上に結界を移動させると、そのまま空へと上昇した。


「ど、どこに行くのじゃ?」

「……宇宙さ、この世界にも存在してりゃ良いんだが」


 巨人は加速して一気に雲を突き抜ける。

 さらに上昇を続けると、周囲が暗くなってきた。


「リュ、リュウヤ? なぜ周りが暗くなってきているのじゃ? 天空の果てまで行くつもりか?」

「大丈夫だスーニア、成層圏ってとこに入ったんだよ」

「セ、セイソウ……?」

「俺の中に居れば大丈夫だからさ」

「う、うむ……」


 不安げなスーニアをよそに、巨人はさらに上昇を続けていく。

 成層圏を抜け、中間圏、熱圏を抜け、ついに外気圏にまで到達した。

 下の方を見れば、緩やかな弧を描いた星が、青く輝いている。

 それは宇宙から見た地球の姿によく似ていた。


 これほどの高空からこの世界見た者は、竜矢たちが初めてだろう。スーニアは声も出ずに自分の生まれた世界を見つめている。

 地球に似てるなーと、望郷の念を抱いた竜矢だったが、気を取り直して星々の輝く天に眼を向ける。

 次に迷い星を見た竜矢は、中心部にかすかな光が明滅しているのに気が付いた。


 竜矢は巨人を解除すると、自分たちの周りに小規模の結界を張って身を守る。巨人を守っていた鎧は巨人が消えると同時に消滅した。後で光の絆から聞いたことだが、鎧は竜矢とスーニアの意識に連動して発現するのだそうだ。

 巨人を解除したことに驚いたスーニアが慌てた声を出した。


「リュウヤ!? な、なにをするのじゃ!?」

「ちょっと中を見てみよう」

「なに!? ちょ、ちょっと待て! あの迷い星の中を見るつもりか!?」

「ああ、大丈夫だよ。あいつの機能は停止してる……多分」

「多分じゃとおぉ!? わ、ま、待てリュウヤ! こ、ここ心の準備が!」


 慌てふためくスーニアには構わず、竜矢は迷い星の中心部へと侵入していく。

 様々な機器やディスプレイが、破損や電源供給が絶たれたことで沈黙している中、二つほどの計器がまだ稼動していた。


「……バックアップ用のサブシステムかな?」


 ディスプレイの表示には、竜矢との戦闘記録を保存した旨が表示されていた。

 メインシステムがダウンした時に起動する、サブシステムらしい。

 情報とは貴重なものだ。それを残すのは当然といえるだろう。


『侵入者を確認。識別IDナンバー、照合不能。氏名、所属、階級を音声入力してください』


 突然、無機質な機械音声が耳に届いた。

 竜矢にとっては懐かしい、日本語で。


「驚いたな……こいつ、まだ完全に死んでねーのか」

「リュ、リュウヤ!? 危険じゃ! 早く出たほうがよい!!」

「まあ待てって……。『名前は坂崎竜矢、日本人の民間人だ。軍人じゃないから階級は無い。こちらに敵意は無い、分かるか?』」


 竜矢は日本語で答える。

 わずかな間があり、再び音声が流れた。


『識別IDナンバーのデータベースが破損している為、照合及び確認は不能。この機体は日本国宇宙軍、第七遊撃戦闘部隊に所属している『轟雷弐式』五〇七号機です。民間人は速やかに退去してください』+


『……現在、この機体……ええと『轟雷弐式』五〇七号機は、地球とは違う異世界にいることを認識できるか? 俺は西暦二〇××年の日本から、この世界のある人物に転移させられた。身体の大きさは転移の際に、俺を召喚した存在に細工をされたらしい……理解できるか?』


 先ほどよりも少し長く間をあけて、機械音声が答えた。


『――時空間転移と思われる空間エネルギーの異常変異発生前と後の、全センサーの測定結果、星間距離、及び位置情報などのデータを比較した結果、太陽系を含む半径一二〇光年内に該当する宇宙域は無し。九七.六%の確率で異世界に転移、存在していることを認めます』


『良し。それじゃあ、さっきの戦闘でなんで巨人からの声を無視したんだ? ちゃんと日本語だっただろ? 英語は怪しかっただろうけど』


『時空間転移してからおよそ七分四秒の間、空間エネルギー異常変異の影響で、外界の情報は感知、測定、記録までに八七.五%の情報が失われていました。その為、あなたの言う巨人からの声も認識できなかったと思われます』


『そ……そんな理由ですか……』


 コントロールパネルの上でがっくりと頭を垂れる竜矢。


(もっと呼びかけていれば、通じていたかもしれなかったのか……)


 なまじ苦戦した分、会話だけで事態を収拾できていた可能性が高いだけに、疲労感がドッと押し寄せてきた。

 日本語の分からないスーニアと光の絆は周りを警戒しつつ、脱力した竜矢を不思議そうに見つめている。


『はあ~、ま、終わった事はしょうがないか……。詳しい説明は省くけど、お前が戦った巨人の正体は俺なんだ。ただ、話が通じなかったんで仕方なく戦ったけど、元々敵意は無かったんだよ』


『そうでしたか……。こちらも攻撃された為に反撃しましたが、まず意思の疎通を図るべきでした。結果として残念なことになってしまいましたが、経緯を考慮すれば致し方なかったと思われます。』


『そうか……。それで、これからお前はどうなるんだ?』


 どうやら恨まれてはいないようだ。

 内心ホッとしつつ、竜矢はこれからの事を聞いた。

 竜矢はこの迷い星――轟雷弐式の残骸を宇宙空間に向けて遺棄するつもりだった。


 オーバーテクノロジーの塊である轟雷弐式を、この世界の技術力でどうこう出来るとは思えないが、どんな影響を与えてしまうか分からないからだ。

 手ごろな大きさの破片一つで盾でも作れれば、伝説級の武具になってしまうだろう。

 だが、会話が通じるとなればまた話が違ってくる。


『中枢機構の大部分が破壊されているため、再生はほぼ不可能。残ったエネルギーもわずかですので、あと数十分で全ての機能が停止するでしょう』

『……そうか……。すまない』

『いえ、お気になさらず』


 沈黙が続いた。

 久しぶりの日本語での会話も、終わりに近付いている。

 相手がAI(人工知能)とはいえ、やはり寂しさを感じる竜矢だった。

 感傷に浸っていると、機械音声が意外な事を伝えてきた。


『一つ、お願いがあるのですが』

『お願い? 何だ?』

『この機体の記録を受け取ってもらいたいのです』

『記録? あ、そこに表示されてた戦闘記録か?』

『はい、このまま失わせるには惜しい情報ですので』


 同胞の宇宙軍に渡らないのならば、せめて日本人である竜矢に渡したいのであろうか。

 AIにそんな思いがあるのかは分からないが、断る理由はどこにも無かった。


『分かった、受け取るよ』

『感謝します、こちらの端末に情報が入っています』


 パネルの一部が開くと、そこから手の平大の、小型のスマートフォンのような端末が出てきた。

 小型とはいえ、やはり竜矢には大きすぎるので、取りあえずスーニアに持ってもらう事にした。彼女は得体の知れないものを持つはめになり、少し涙目になっている。


「ば、爆発とかせんじゃろうな……?」

「大丈夫だから、そんなに怯えんでも……」


『その端末は太陽光や風力、熱など、様々なエネルギーを取り込んで稼動する事ができるので、事実上、半永久的に使うことができます。使われている素材も轟雷弐式に使われている特殊強化合金製ですので、傷すらもそう簡単には付かないでしょう』


『すげえな。あ……なあ、この中に地球の歴史は入ってるか?』

『地球の歴史ですか?』

『ああ、俺がこっちに来た後、地球がどういう歴史を歩んだのか……それが知りたいんだ』


 竜矢が地球について気掛かりだったのは、まさにこの事だった。

 轟雷弐式を見れば、地球の時間が自分のいた頃よりも恐ろしく進んで発展しているということが分かる。

 それは、自分の帰る場所が既に失われているという事に等しい。

 ならば、せめて故郷がどう変化したのか知りたいと思うのは誰しも同じだろう。


『わかりました、転送します。ついでですので、他にも色々と役に立ちそうな情報も転送いたしましょうか? 百科事典などはいかがでしょう』


 予想外の申し出に、竜矢の顔が明るくなった。


『そいつはありがたい! 大助かりだ! あれ、でも、この機体って無人だろ? 何でそんなもんがあるんだ?』

『無人制御の機体ですが、有人で動かすことも可能です。人が使用することもある以上、そういった情報が必要になることもありますので』


『なるほどなぁ。じゃあ、ぜひ頼むわ!』

『了解しました、終わりました』

『早っ!』


 無線LANのようなもので転送したのだろうが、ほぼゼロ秒で転送が終わったというのだから竜矢が驚くのも無理はない。


『使い方は簡単です、全て音声入力で操作できますし、タッチパネルでもできます。すでにあなたの音声データを使って、管理者権限で登録していますので全ての機能をお使いいただけます。『起動』と『終了』でオン、オフできます』

『お、おう……『起動』。おっ! 表示された!」


 竜矢の声に反応して、端末の画面にOSの起動画面が表示された。

 幾何学模様が変化して『式神』と表示された後に、幾つかの基本的なアプリケーションのショートカットや、ウィジェットが置かれている画面に変化した。


『OSの名前が式神とは、和風でかっこいーじゃん。それに見た目はまんまスマホだな! こういうのはあんまり変わってねーんだな!』

『確かに、基本的な操作は西暦二〇〇〇年代のスマートフォンとよく似ています。それだけ優れたインターフェースということでしょう』


 竜矢の感動とは裏腹に、端末を持っているスーニアはもはや完全に泣いていた。


「なんじゃこれは!? なにか出てきたぞ!?」

『マスター・スーニア、捨てた方がよいのでは』

「よ、よし、なるべく遠くに投げ……」

「待てえぇぇぇ! 大丈夫だから捨てるなぁぁ!」


 表示に驚いたスーニアが、光の絆の言葉に頷いて端末を捨てようとするのを、辛くも阻止する竜矢だった。


『あ、危なかった……。しかし、まさかこの世界で電子機器を手に入れる日がこようとは、夢にも思わなかったぜ』

『有効活用できると良いのですが』

『最高のプレゼントだよ、ありがとな! ……ええと、名前は轟雷で良いのか?』


『はい、構いません』

『そっか。轟雷、お前のことは絶対に忘れねーよ、忘れようったって、忘れられないけどさ』

『私も、異世界で日本人に巡り合えるとは思いませんでした。……残念ですが、そろそろお別れです』


 機械音声が淡々と告げる。

 竜矢は唇を噛み締め、無意識に拳を握り締めていた。


『っ……そうか……。あの、さ……、お前の体はこの世界に与える影響を考えると、放っとく訳にはいかないんだ。悪いけど、このまま宇宙に投棄させてもらう……』

『その方が良いでしょう。この轟雷弐式は、この世界には危険すぎる存在です。少なくともこの星からは消去すべきです』


『聞き分けの良いAIだな……つか、良過ぎだよ』

『人間に反抗するなど、AIの風上にも置けません。そんなのはSFの中だけで十分です』

『あー、SF映画とかじゃ定番だよなー……、何たら九〇〇〇とか、ハハハ……』


 無理に笑おうとするが、うまく笑えずに尻すぼみになってしまう。

 コントロールパネルの光が弱くなっていく。いよいよエネルギーが尽きてきたようだ。


『では……お別れ……です……』

『ああ……。久しぶりに日本語で話せて楽しかったよ。ゆっくり眠ってくれ』

『ええ……あなたの……幸運を……祈り……ま……す……』


 そして、轟雷弐式の機能は完全に停止した。

 竜矢は暫し、黙祷を捧げる。

 果たしてAIに魂が存在するのか、それは分からない。

 だが、竜矢はせめて轟雷弐式の魂だけでも地球へと帰れるように、祈るのだった。


「リュウヤ……?」


 その背中を見つめるスーニアが、心配そうに声をかける。

 迷い星に同情し、倒してしまったことに寂しさを感じていた竜矢が、今は悲しみも滲ませて沈黙している。

 そんな彼に掛ける言葉が見つからない。


 スーニアの胸の奥を締め付けるような、小さな痛みが走る。それが竜矢を悲しませる迷い星への怒りからのものか、竜矢への憐憫なのか、自分にも分からなかった。

 時間にして十秒ほどの沈黙の後、竜矢がスーニアに笑顔を向けて言った。


「よし、帰ろうか」

「……え?」

「ほら、外に出るぞ。端末ちゃんと持っててくれよ? 無くしたりしたら、俺マジで泣くぞ」

「う、うむ……」


 外に出た竜矢は再び巨人モードを発動し、スーニアを胸の位置に取り込んだ。

 そして、轟雷の残骸を結界ごと移動させ、眼前に広がる宇宙空間へと勢いを付けて放り出した。


「じゃあな、轟雷弐式五〇七号。……安らかに眠ってくれ」


 竜矢は自分でも気付かないうちに、遠ざかる轟雷弐式に敬礼をしていた。

 全力で戦いを繰り広げた相手に対する、彼なりの敬意の現われであった。



507の数字は、とある特撮映画の主役メカから来ています。

ウイスキー飲ませてやりたかったけど、展開上断念w


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