46話:異形の剣(つるぎ)
後に、吟遊詩人は歌う。
その姿を見た者は様々なことを思った。
ある者は太陽の如き荘厳な輝きを。
ある者は大地の如き揺るぎなき力強さを。
またある者は星空の如き、果て無き安らぎを。
ただ、そんな者たち全てが等しく感じ、心を打たれた事とは。
そんな雄々しき存在が我らの為に降臨し、その力と一振りの異形の剣を以て、恐ろしき迷い星に立ち向かっていくその姿に感じたことは。
“感動”――ただ、この一言のみであったと。
「おおお……!!」
「何と……!」
光り輝く鎧を纏った巨人の姿に、人々から感嘆の声が上がる。
中には感極まって涙を流し、跪いて巨人に祈りを捧げる者もいる。
「神が……神が、我らをお救いに現れた……!」
「綺麗……」
紅と黄金が融合した鎧の輝きは見る者を圧倒する。
その頭部には、腰の辺りまで伸びた金色の糸が束ねられて房となり、飾りとなっている。それは風の影響を受けずに常に巨人の後方へと軽く流れて揺らめいている。
その糸から、金色の小さな粒子が空中へ舞い散っては消えていく。
鎧の全体的なフォルムが白甲冑に似ているのは、スーニアの『リュウヤを守る鎧になりたい』という想いと、以前に竜也が着た時の姿が強く印象に残っていたからだろう。
その鎧はレーザーを完全に防ぎ、巨人の中の二人には熱などは一切伝わっていない。
そして、ついにレーザーは力尽きたように消滅した。
相変わらず迷い星のアームは巨人の四肢に巻き付いているが、先端のかぎ爪は鎧に阻まれてその表面を掴んでいるだけだ。
「こりゃすげえ鎧だな、俺の異界の大盾よりも防御力が上じゃねーか」
「わしとリュウヤの力がこのロストパーツの力になっておるのじゃろう。二人分の力で作られた鎧じゃ、生半ものではなかろう」
「しかし、よく考えたら俺はそのレリーフを使ってないぞ? 触ってすらいねーし」
竜矢が疑問を口にすると、それに答えるようにレリーフ――光の絆が声を発した。
『何を言っているのですか。今、私の周りにはアナタの力で満ちているではありませんか』
「はい? ……ああ、そういうことか」
光の絆が言っているのは、巨人を構成しているエネルギーのこと。すなわち竜矢の魔力だ。
スーニアと一緒に取り込まれている状態なので、常に巨人の体と接触しているのだ。
発動状態の異界の大盾と障壁の融合による擬似的な光の絆の使用や、巨人を通じて竜矢の想いが伝わったことなど、幾つかの幸運が重なって光の絆の封印が解けることになったのだろう。
「……まあ、細かいことはいいや。今は……」
「あの腹の立つ、戯けた鉄屑の迷い星に引導を渡してやろうではないか……。お前とわしの痛みを十倍、いや百倍にして返してのぅ!」
スーニアの瞳が獣のそれに変わり、怒りから魔力が溢れ出しては光の絆へ吸い込まれていく。
優位に立って余裕が生まれたせいか、スーニアは今までの事を思い出して腸が煮えくり返っているようだ。
竜矢には彼女の額とか手の甲とかに、怒りマークが浮かんでるように見える。
『強き魔力ですね……。少しドス黒い感じですけど』
「そこは突っ込まないでやってくれ、俺もムカついてるのは同じなんでな」
竜矢も迷い星を睨みつつ、魔獣人と化したスーニアを思い出してポキポキと指を鳴らして臨戦態勢に入っていく。
「いつまで絡み付いてんだ、さっさと離しやがれ!!」
両腕のアームを掴み、力を込める。
そこからアームが力に負けてひしゃげ、火花を散らす。
力任せに自分の方に引っ張り、迷い星を少しずつ手繰り寄せる。
手の届きそうな距離まで来たとき、巨人は片足を上げると渾身の力を込めて黒目に蹴りを叩き込んだ。
そのままアームを引っ張り、体勢を固定させる。
「ぐ、ぬ、ぬ……!」
さらに力を込めると、アームの付け根部分から火花が散り始め、金属が砕けていく音が周囲に響く。
「がああっ!!」
バギィン!! という甲高い悲鳴のような音を上げ、両腕に絡み付いていたアームは引き千切られる。
次いで両足に絡んでいるアームを二本まとめて掴み、これも力任せに引き千切った。
「す、凄い……」
周りの人間たちからそんな声が漏れる。
巨人が千切ったアームを無造作に投げ捨てると、迷い星は後退して距離を開ける。
それを見て、巨人は両手を前に突き出した。
竜矢は日本語で呪文を紡ぎはじめる。
「『我は掴む、ただ“斬る”ものを。神も魔も、火も水も風も地も、混沌も秩序も真実も偽りをも』」
巨人の手の平サイズのオリジナル魔術式が、両手の平の間に輪切りにされた丸太のように、幾つも連続して現れる。
魔術式たちが赤く輝くと、その中心部を貫くように一本の棒状の光が現れた。
それは緩く湾曲していて、片側には巨人の拳三つ分ほどのスペースの場所に、円盤状の小さな板が嵌っている。
竜矢と同じ日本人ならば大半の人間が知っているであろう、千年以上の歴史を持つ“斬る”ことに特化した“刃”。
朱塗りのような紅い鞘は淡く光り、柄の部分も同様だが両側面は並んだ小さな菱形に白く光っている。
「『全てを、あまねく、ことごとく、斬り裂き滅ぼす一刀を』……!」
魔術式が全て消えるのと入れ替わるように、それは姿を現した。
日本刀だ。
長さはおよそ十四メートル。分類上は大太刀・野太刀と呼ばれるタイプに相当する大振りの太刀だ。
巨人は鞘を左手で持ち、柄を右手で掴んでゆっくりと引き出していく。
「『神魔を切り裂く異界の剛刀』!!」
頭上に高々と刀を掲げ、竜矢はオリジナル魔術を完成させた。
その刀身は白みを帯びた紅に輝いている。
鞘や柄が夕日の輝きなら、刀身は朝日のような輝きを持っていた。
「なんだあれは!?」
「剣か? 片刃の長剣なんて初めて見た……!」
城壁上の騎士たちが驚愕に眼を剥く。
この世界では魔術で武器の攻撃力をアップしたり、能力を付与させる事が出来るため、単純に武器だけで切れ味を追求するという考えがあまり発達しなかった。
その為、反りを持たせて切れ味を増すという工夫をした刀という武器は、彼らには異端の物にさえ見えたのだ。
片刃の武器が無い訳ではないが、せいぜい短剣やナイフ、あるいは包丁レベルの物ばかりである。
そして巨人の持つそれは、輝きと美しい曲線によって不思議な魅力を――妖しげとすらいっていい、見る者を惹きつける何かを持っていた。
「何というか……不思議な剣だ……」
「おい、また迷い星が破壊の光を放つぞ!!」
迷い星の黒目に青白い光が宿り始める。
兵士たちは、迷い星のレーザーが一度は巨人の胸を貫いて倒したのを目撃している。
その為か、誰が言うともなく破壊の光と呼んでいたのだ。
レーザーが放たれる前に、巨人は刀の切っ先を地に向け、体の前面に縦に構えた。鞘は巨人の腰、左側に固定されている。
その直後にレーザーが撃たれ、刀に直撃した。
閃光が辺りを照らし、人々の目を眩ませる。
視力が回復した時、彼らはまたも驚愕に眼を剥く事になった。
「あ、あの破壊の光を!!」
「き、きき、斬っている!?」
巨人は刀を右手で持ち、その切っ先を左手で押さえている。
その姿勢で刀で受けたレーザーは刃で二つに分断され、刀の角度によって上空へと逸れていったのだ。
数秒間レーザーは発射され続け、それを巨人は斬り続け、見事に耐え切った。
パルフスト王都はまたも巨人に守られたのだ。
レーザーと刀がぶつかった際に放射されたエネルギーの残滓が、粒子となって巨人の周りを舞っている。
その幻想的な煌きの中で、巨人はゆっくりと身を起こして立ち上がる。
巨人と、光そのものを切り裂いた刀に、人々は眼を釘付けにされた。
「聖剣……いや、きっと神剣の類だ……!」
「まるで、太陽の力を宿しているようではないか……」
巨人は腰を低く落として、刀を持った手を天に突き上げるように持ち上げる。
幕末の頃、主に薩摩藩の剣士たちが使ったという薬丸自顕流・蜻蛉の姿勢だ。
しかし、竜矢には薬丸自顕流を学んだ経験などはない。
コミックで扱った作品や、たまたまネットで使い手の記録映像を見たことがあっただけの、自顕流モドキである。
だが、この世界にやって来て幾つもの修羅場をくぐり抜け、実戦経験を積んできた竜矢は、体術や剣術においても相当の強さを身につけている。
モドキとはいえ、今の竜矢が使うのならば、その力は決してバカに出来るものではないのだ。
その姿勢を前にして迷い星にも変化があった。
黒目の部分が、機械音と共に内側に吸い込まれるようにして消えた。そして、開いた部分に大きな鬼の角のような物がせり出した。
それは突進と刺突による破壊を目的とした、“兵器”……破城槌だと竜矢は見当をつけた。
攻城兵器として最も古い歴史を持ち、古代アッシリアで初めて用いられたという。中国では『衝車』、日本では『亀甲』などと呼ばれる物が使われていた。
二十世紀以前の海戦においても、軍船の船首の下部に取り付けられた、体当たりによる攻撃用の武装に衝角という角状の物が付けられていた。
どちらも原始的だが強力な兵器だ。
この世界にも当然だが船があり、大きな河川に面した国はほぼ海軍・水軍を保有している。
やはり衝角を備えている軍船が多く、竜矢はその知識から迷い星が出した角も、破城槌や衝角と同様の物だろうと考えたのだ。
その角はゆっくりと青白い光を放ち始める。レーザーのエネルギーを角に込めているようだ。
『気を付けて下さい。あの角は恐らく、私の作った鎧を貫く可能性があります』
「だろーな。しかも、ぴったりとこっちの胸に照準を合わせてるぜ」
もはやボロボロになった迷い星にとって、これが最後の攻撃なのだろう。
避ければ王都に迷い星が突っ込みかねない。
異界の剛刀が迷い星を切り裂くのが先か。
迷い星の破城槌が、巨人を貫くのが先か。
次の一撃で、この戦いは決する。
次回、決着。