43話:巨人対迷い星
執筆中BGMは、東方ボーカルを色々と……。
燃えるよね、ウン。
「まさか、ここまでの力を持っているとはなぁ……」
竜也は失われた巨人の両腕を見て呟いた。
精神を集中し、両腕を瞬時に再生させる。
巨人の体は竜也のオーラを展開して固定したエネルギー体であり、一部が失われても竜也の肉体的なダメージには繋がらない。
それでも極度に失われれば竜也の命に関わる。元は彼の生命力から生まれたモノだからだ。
さらに問題なのは、強力な防御結界を突き破り、さらに両腕を消滅させられた、という事実だ。
巨人の体は鋼をも上回る硬度と強靭さを誇っていた。地球で使われている『モースの硬度計』のような、基準となる指標がこの世界ではまだ作られていない(鉄よりも鋼、鋼よりもオリハルコンなどと大雑把に扱われている)ため、竜矢には巨人の身体がどれほどの強さを持っているのか完全には把握していない。
十段階のモースの硬度計でいうと、巨人の身体は九番目の鋼玉と同等以上でダイヤモンドに次ぐ硬さ。
十五段階に細分化した『修正モースの硬度計』でいうと、鋼玉を上回る十三番目の『炭化ケイ素』という物質に匹敵する硬度がある。
その身体を一部とはいえ破壊されたのだ。
もしも防御結界で威力が弱まっていなかったらと想像し、背筋に冷たいものが走る。
怖気を飲み込み、竜也は球体と同じ高さまで浮かび上がると声を張り上げた。
「おいっ! 俺の言葉が分かるか!? 誰か乗ってないか!? ええっと、アイアムジャパニーズ! マイネームイズ、リュウヤサカザキ! あ~……ええい、英語は苦手だったっつぅの!」
地球の言葉で球体に呼びかけた。
有人で動いているなら、話さえ通じれば何とかなると思ったのだが……。
返答は電撃で返ってきた。
スレスレでそれをかわす。青白い電撃は雲の彼方へと消えていった。
「くっ……! 誰も乗ってないのか? 無人制御か……。 先に攻撃されたせいで敵と認識したのか? やり合うしかねえのかよ……!」
竜也が両拳を腰溜めに構えると、拳の前に魔術式が出現する。
両拳を組み合わせて突き出す。重なった二つの魔術式が融合し、複雑な一つの大きな魔術式となってが巨人の前に展開される。
銀に輝く炎が嵐となって球体に襲いかかる。
無詠唱で放たれた、火と風の複合魔術にして最高奥義、銀炎の剛嵐だ。
それは球体に直撃して幾つかの棘を溶かし、破壊した。
だが、本体にはさほどダメージを与えていないようだ。
「硬えなぁ、オイ!」
収束せずにそれぞれの棘から放たれた無数の電撃を空中でかわしつつ、多少の被弾は無視して球体へと高速で接近する。
右の拳の前に、魔術式が現れる。
その魔術式ごと、球体に拳を叩き付ける!
「黒斗閃掌覇!!」
ディルワナ国の武僧が使う、魔術と武術を融合させた近接破壊技だ。
ゼロ距離から放たれた赤い光の奔流が球体に襲い掛かる。
だが……。
「ぐぅっ!?」
突然、背後からの衝撃が竜也を襲う。
即座に距離を取った竜也の周囲に、四つの物体が浮かんでいた。
それは一辺が四メートルほどの立方体……キューブ状の物だ。球体と同じ金属で出来ているようで、不規則に回転して竜也を囲むように動いている。
このキューブは竜也が黒斗閃掌覇を放った際、球体の後ろから射出されていた。
それらが輝くと、それぞれから一条の光線が放たれる。計四本の光の槍が巨人の身体に突き刺さった。
竜也は咄嗟に防御結界を張ってこれを防ぐ。
どうやら、それぞれが自律的に動く補助的な武装のようだ。
補助的とはいえどその攻撃は侮れない。結界を張らなかったら巨人の体を多少なりとも穿っていただろう。
「アニメの世界だけの物にして欲しかったぜ! ……って、ちょ……!」
動きの止まった竜也の眼に映ったのは、電撃を収束している球体の姿。
先ほどの黒斗閃掌覇によってまた幾つかの棘が破壊されていたが、全体から見れば微々たる物だ。
竜也は周囲の結界をそのままに、新たに前面に結界を展開させる。
だが、それはキューブの一つが放った光線によって力を発動する前に破壊されてしまった。
「クソッ!!」
その隙を突くように、電撃が放たれた。
竜也は咄嗟に両腕を交差させ、そこで電撃を受けた。
強烈な衝撃が襲い掛かり、それを歯を食いしばって耐える。
耐えきったと思った瞬間に電撃が爆発。その余波で後方へと押された為、キューブからの攻撃は抜けることが出来た。
だが、巨人の両腕は再び失われてしまっていた。
(こ、こりゃあ、ヤベエ……! 多分こいつは、戦闘用に作られた奴だ……!)
両腕を再生し、内心で球体の戦闘能力に焦り始める。
キューブが現れたタイミングを見ても、竜也が接近していた事と、黒斗閃掌覇の光で周囲の状況が分かりにくかった時に狙ったように現れた。
もし巨人を脅威と認識したなら、最初の銀炎の剛嵐で多少なりとも棘を破壊された時にキューブを使って攻撃・牽制をしてもおかしくない。
竜也には、確実に反撃を当てるためにわざと攻撃を受けたように思えるのだ。
まさに、『肉を切らせて骨を絶つ』戦法だ。
四つのキューブが白っぽい光の軌跡を引きながら、高速で竜也に迫ってくる。
竜也もまた、赤い光の軌跡を引いて空を高速で飛び回る。
赤と白の光が、パルフストの空に光跡を縦横無尽に描いていく。
「うっとぉしい!! これならどうだよ!? 『羅漢緋軍拳』!」
振りかざした手の先に出現した魔術式から、四十本の赤い腕が飛び出した。
地下室でも使っていたオリジナル魔術、『羅漢緋軍拳』だ。
腕は高速で飛翔し、キューブ一つに対し十本の腕が向かっていく。腕たちはキューブを掴んだり、連続で殴りかかったりと縦横無尽に攻撃を仕掛けていく。
「よし、これで少しは余裕がで、き……?」
キューブの一つに掴みかかっていた腕たちに、亀裂が走る。
奇妙に思った次の瞬間、十本の腕は粉々に砕け散ってしまった。
「んなぁ!?」
驚く竜矢を尻目に、他の三十本の腕たちも次々と砕かれていく。
何事かとキューブを見れば、攻撃を仕掛けた腕が接触した箇所から砕けるのが見えた。
それに何か甲高い、高周波のような音が聞こえてくる。眼を凝らすと、キューブの全体が微妙に揺らいでいるように見える。
(これは、振動音……? あのサイコロもどき、表面なのか全体なのか分からんが高速で振動してるのか?)
恐らくは防御機構の一つだろう。装甲、あるいはボディ全体を高速で振動させ、接触してきたものを粉砕してしまうのだ。
羅漢緋軍拳で生み出された腕たちは、半実体化した魔力の塊といえる。
故に物理攻撃が可能だが、逆に物理的ダメージも受けてしまう。
しかし、巨人の身体には及ばないものの、緋軍拳の腕は修正モースの硬度計で十一番目のガーネットと同じ硬度を持つ。
それが、いとも容易く破壊された。
「マジかよ……!」
(どうする……? 地上で戦う訳には行かねーし、被害が広まっちまう。近付こうにも、攻撃も防御もこいつらに邪魔される! おまけに……!)
キューブの追撃が再開され、同時に球体からの攻撃も激しさを増していく。
邪魔なキューブに攻撃を仕掛けるものの、スピードがある上に不規則な動きで竜也を翻弄して攻撃が当たらない。
その上、球体からも電撃が飛んでくる。
竜也が動いている範囲は、球体と同じ高度かそれよりも上空だ。避けた攻撃が街に直撃してしまうのを恐れているのだ。
といって、巨人を解除して黒帝か本来の妖精サイズで戦ったら、球体やキューブが自分を見失ったりする可能性がある。そうなれば何処を攻撃するか分からないという懸念がある。
竜也は巨人の姿で目立つ事によって、攻撃を自分へと集めている。言うなれば自ら囮となっていたのだ。
しかし、その事は竜也を徐々に追い詰めていく。
(何とかあそこまで誘き寄せられれば、もう少し自由に戦えるんだけど……!)
竜也がチラリと視線を送った先には、王都から少し離れたところにある平原だ。
パルフスト軍が演習を行ったりするのに使われている場所で、ダルゼットの謀反討伐に向かう際、竜也が討伐軍を転移させた場所だ。
避難している民衆は王都を挟んでちょうど反対側に集中している。これは隣国のキドニアへ向かう方角で、そのままキドニアへ向かうつもりの者が多いようだ。平原に人の姿は見られない。
戦うには格好の場所といえた。
(問題は、どうやってあそこまで連れて行くか……!)
球体は最初に出現した場所からほとんど動いていない。
移動速度が遅いのか、ワザとなのか……?
球体は肉を切らせて骨を絶つような戦い方をした事から、街の上空で戦えば自分が有利だと理解しているのかも知れない。
(どの道、このままじゃジリ貧か……! 強引にでも行くしかねえか!)
竜也は覚悟を決め、実行するタイミングを窺う……!
一方、スーニアは地上でお人好しの主が苦戦するのを、ただ見ているしかない自分に悔し涙を流していた。
人を殺したことの無い小さな主は、優しいが故に人が傷つくのを嫌う。
『自分が多少傷ついて身近な誰かが笑顔になるんなら、ちっと位なら傷ついても良いんじゃね? まぁ程度にもよるけどな。それに、今の俺ならそう簡単に傷もつかねーし』
なんでも無い事のように、そんな台詞を笑いながら言っていた主。
その時スーニアは誓った。ならば、自分はその傷から主を守ろう、と。
彼以外の者たちが傷ついても構わない、必要とあれば即座に切り捨てよう。
友と呼べるくらいに親しくなったシェリカや姫君たちでさえ、スーニアにとっては竜也を守る為ならば、その他の有象無象と等しい存在に成り下がる。
その誓いが守れないどころか、行動を起こすことさえ出来ない。
マナウルフィの力でも、空を飛ぶことまでは出来ない。ジャンプをしても、あの高さまでは到底届かない。
まして巨人と化した竜也の身体すら破壊する怪物を相手に、いくらスーニアでも出来ることは何も無かった。
彼女にとって、今この時は、身体を引き裂かれるよりも辛い、拷問にも等しい状態であった。それは発狂しそうなほどに彼女を苦しめる。
握り締めた手のひらと、噛み締めた唇から鮮やかな血が涙と共に滴り落ちていく。
「ぐ、ぐう……、ぐうぅぅ……っ!! 何も! 何も出来ぬのかっ!? わしはリュウヤの従者ぞ!! 主が苦戦しておるのを黙って見ておることしか出来ぬのかっ!? なにが……なにが神獣じゃ!! なにがマナウルフィじゃ!! これではそこらのペット以下ではないか!! こんなロストパーツなぞ、幾らあっても意味が無いわっ!!」
ラディナから受け取った障壁のレリーフを、破壊してしまいかねない力で握り締める。
だが、これは曲がりなりにもロストパーツ。マナウルフィの力にも微塵も歪まず、ヒビすら入らない。
スーニアは自身へのイラつきから、無意識に魔力を全身から噴出し始めた。強烈な魔力は周囲に吹き荒れ、グランディ邸の敷地内にある木々をへし折り、家の壁にも亀裂を入れていく。
魔力の一部はレリーフにも注ぎ込まれるが、障壁の発動方向や大きさなどの指示をしていないせいか発動はしていない。
いつしかスーニアは両膝を地に着け、胸にレリーフを抱いて天を仰ぎ見る姿勢になっていた。
神に祈りを捧げる聖女のように。
「リュウヤを守る力が欲しい!! マナウルフィを統べる王の娘、『金銀獣瞳の姫』スーニアが今、生まれて初めて神に祈る!! リュウヤを守る盾となる力を!! リュウヤを守る鎧となる力を!! 我に与えたまえ!!」
……だが、天から返ってくるのは巨人と迷い星の激戦の音のみ。
すでに巨人の手足や頭は何度破壊され、吹き飛ばされたのか分からない。
そのたびに再生して見た目はすぐに回復しているが、明らかにその動きが鈍ってきていた。
この瞬間にも、巨人の右足が破壊されて再生をしている。
「うぅ……リュウヤぁ……」
その時、巨人の動きに変化があった。
一気に間合いを詰めるかのように、球体へと突っ込んでいく。
「リュウヤ!? 何をするつもりじゃっ!?」
巨人はほぼ無防備状態だ。
球体からの攻撃も、キューブからの攻撃も、被弾しようがお構いなし。必要最小限の回避と防御結界に頼っての特攻としか思えない。
結界は貫かれながらも攻撃の威力を弱めているが、巨人の身体は攻撃を受けたところから虫食いのように破壊されていく。
身体を砕かれていくが、今度は再生させずにやられるがままだ。
竜也の体がある胸の部分だけは結界の強度を上げているらしく、損傷は軽い。だが、見ているスーニアの方は気が気ではない。
身体をボロボロにされながらも、ついに巨人が球体に辿り着いた。
特攻した勢いを殺さず、巨人はそのままの勢いで球体へ正面から激突した!
『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!』
両者がぶつかりあった時の激突音を掻き消すかのように、巨人から竜也の叫びが王都の空に轟いていく。
自分の倍以上の大きさを持つ球体を、巨人は風を裂くような勢いでパルフスト王都の空から地上目指して押し込んでいく。
「移動しようというのか!?」
スーニアも即座に立ち上がると跳躍し、家々の屋根や壁を全力で走り、追いかける。
巨人の身体は球体にガッチリとしがみ付くように密着している。その状態でも攻撃は続いており、球体の棘からの電撃、キューブからの光線が巨人を襲ってその身体を破壊し続ける。
それに耐えながら、巨人は全力で球体を押し続ける。
王都を囲んでいる外壁の上に辿り着いたスーニアは、街の外に広がる平原を見て竜也がやろうとしている事を悟った。
「そうか……! あそこで戦うつもりか! 地上でならば、わしも盾くらいにはなれるぞ!」
スーニアは外壁を飛び降りて、地上を走って追いかける。
竜也たちが落ちてくるであろう場所の少し前で立ち止まり、衝撃に備えた。
『うおおぉりゃああああぁっ!!』
そして、巨人はついに球体を天空から引きずり落とすことに成功した。
球体を地上へ叩きつけるように、轟音と共に大地へと落下する巨人。
激震と爆風のような衝撃波にわずかな間、スーニアは耳や体が痺れたように動けなくなる。
感覚が回復して見たものは、満身創痍でなお立ち上がる赤き光の巨人、その巨体。
手足も頭も腹も穴だらけ。無事なのは胸の周辺だけで、それも大きく穿たれている所が何ヶ所もある。
だが、迷い星を地に落とした異形の巨人は、まさに威風堂々。
陽光に照らされたその姿は、見る者に畏怖と希望を抱かせる力に満ちていた。
その足元には三分の一以上が地にめり込んだ、異界の迷い星。
全体に生えていた棘のほとんどが巨人と大地との激突で破壊され、活動を停止したかのように静かになっている。
四つのキューブも追ってきているが、まだ少し距離がある。
「……ハ、ハハハ……!」
知らず、スーニアから声が漏れる。
感動、尊敬、愛情、崇拝、讃美。
そんな様々な感情が混ざり合って胸の内を満たし、はち切れそうになる。
(これが……! これが、我が主だ……!!)
大きな声で叫びたくなる衝動を抑え、スーニアは眩しそうに巨人を見つめた。
気を入れ直すと、向かって来るキューブに向けてロストパーツを使うべく魔力を注ぎ込んでいく。
「ここでならわしも少しは役に立てる! 今度は従者同士の勝負といこうではないか、怪物の従者どもよ!」
キューブから光線が放たれる!
四本の光の槍が巨人を貫くべく迫りくるが、その前に高くジャンプしたスーニアが立ちはだかる。
「障壁のレリーフよ! 力を見せてみよ!!」
レリーフが発動し、スーニアの前に金色に光る、半透明の障壁が生み出された。
障壁の大きさは縦約二十メートル近く、横幅は約十メートルで形は縦長の半円形。厚みはそれほど無く、五センチ程度か。丁度、巨人と化した竜也がほぼ収まるくらいの大きさだ。
人間が使っても、ここまで巨大な障壁を生み出すことは出来ない。マナウルフィの強力な魔力があればこそだ。
光線が黄金の盾に直撃し、硬質の衝撃音が平原に響く。
「ぐ……ぬぅっ!」
盾と光線は一瞬の拮抗状態を生んだ後、光線を見事に防ぎきった盾の勝利で終わった。
新たな敵の出現と認識したか、キューブの攻撃と動きが止まった。スーニアを観察するように空中で佇んでいる。
一旦盾を消して地上へと降り立つスーニア。
「ふむ、これは中々良いではないか。あの光を防ぎおった」
「スーニア!? 無茶すんなよ! 冷や冷やしたぞ!」
スーニアに気付いた竜也が声をかける。
「ふん、無茶はどっちじゃ! お前に言われとうないわ!」
油断無くキューブを睨みつつ、返す憎まれ口は何処となく嬉しそうである。
「まったく……。……まぁ、ありがとな、スーニア」
その言葉に、スーニアの胸に温かいものが広がっていった。
従者として主を守ることが出来る、こんな嬉しいことは無い。
「さっさと終わらせようぞ、我が主よ!」
「そうだなっ……!」
その時、ほんの一瞬の出来事だった。
傷だらけの巨人の腕を振り上げ、地に埋もれたままの球体に一撃を加えようとした竜也が見た光。
それは球体の黒い部分の奥。瞳の黒目にあたる部分の奥底から湧き上がるように現れ、膨れ、外に向けて弾き出された。
とっさに展開した四重の防御結界と、交差して胸をガードした両腕。
球体が放ったレーザーと思しき青白い光が、それらをあっさりと。
音も無く、衝撃も無く、貫いて。
巨人の胸に、風穴を開けていた。
「……え?」
強い光に振り向いたスーニアが、虚ろになった巨人の胸を見て悲鳴を上げた。
活動報告に更新停止中のことをちょいと書かせてもらいました。
待っていてくれた方々に、心からの感謝をここで簡単ですが言わせてください。
ありがとうございます!