42話:異界の迷い星
お久しぶりです、何とか投稿できました……。
「スーニア! 二人を連れてこの家から離れろ!」
地下室で暴走する鍵水晶を睨んでいた竜矢が、突然そう叫んだ。
驚いたスーニアが竜矢に問う。
「何!? お前はどうするのじゃ!?」
「何が起こるか分からねーんだ、ここに残って周りに被害が出ないよう、結界を張る! 急げ!」
「嫌じゃ! わしはお前の従者じゃ! わしも残るぞ!!」
知らず、スーニアの目から涙が溢れ出す。
スーニアに、竜矢の心が痛いほどに伝わってくる。
彼は自分を本当に大切に想ってくれている。だからこそ、危険から遠ざけ、守りたいのだと。
だが、それはスーニアも同じなのだ。
あの老魔術師に捕らえられ、魔力を搾り取られるためだけに生かされ、苦しめられた生き地獄。
この小さな異世界の若者は、そこから救い出してくれた。
それだけではなく、その後の面倒まで見て助けてくれた。
内心では嫌だったかもしれない。辛く、苦しかったかもしれない。
だが、彼はそんな素振りは一切見せなかった。
見せる顔は自分を心配する顔や慌てる顔。
なにより、一番多かったのは笑顔だった。
知能を低下させられていても、彼女はその笑顔を向けられる事に大きな幸せを感じていた。
その笑顔をいつまでも見ていたい。
彼の隣で見続けたい。
その笑顔を曇らせる者は許さない。
それが、今のスーニアという存在を構成する最大の要素。
その自分に主となった彼を守らずに逃げろなど、とうてい受け入れられる事ではない。
スーニアの涙は、いつしか大粒となって流れていた。
竜矢はそんなスーニアに近づくと、その頭を優しく撫でる。
「スーニア、あのクソジジイが言ってたんだ、俺だけなら生き残れるだろうってな。召喚されるモノに対処できるのは俺だけだろう。ここはマジで危険だ、二人を守ってやってくれ。それに、時間的に姫さん達がこっちに向かって来てる頃合いだろ? 事情を説明して街の人たちを一旦避難させた方が良いと思う。俺がそう言ってたって伝えてくれ」
しばらく静かにしていたスーニアだったが、頭を撫でていた竜矢の手をそっと掴む。
そのまま手を自分の顔まで移動させると、愛おしげに竜矢の手のひらをそっと頬に当て、静かに口を開いた。
「……フルマルティの果物クッキーじゃ」
「ん? クッキー?」
「全部終わったら、二人でフルマルティのクッキーを食べに行くぞ。約束じゃ」
フルマルティとは、シェリカが差し入れてきた菓子の一つを販売する店の名前だ。
色々なドライフルーツを生地に練り込んだこの店の名物クッキーは、スーニアが特に気に入っている菓子だ。
「ああ、分かった。約束だ」
「絶対じゃぞ」
竜矢の手を離し、涙を手の甲でぬぐうと、スーニアは部屋を出て行く。
「二人ともここを出るぞ! わしから離れるなよ!」
「ハッ、ハイ! リュウヤさん、気をつけて下さいね!」
「サカザインさん、申し訳ありません……どうかご無事で!」
その後を、シェリカとバートが追いかけて行った。
「……さて、と」
一人になった竜矢は軽く息をつくと、鍵水晶を睨みつけ、その周囲に円筒形の結界を五重に張り巡らせた。
この結界は戦車砲の直撃すら難なく防ぐ強力なものだ。それを五つ、重ね掛けした。そう簡単に破れる事はないだろう。
結界を円筒形にして上下に穴を開けたのは、地下から魔力を吸い上げているのと、召喚の魔力力場が上に向かって放射されていたからだ。魔力の流れを阻害するのは悪影響が出かねない。
その魔力力場は遥か天空に向けて放たれている、どうやら召喚される迷い星はかなり上空に現れるようだ。
竜矢は鍵水晶を睨みつけ、万一結界が破れないように警戒をする。
十分ほどたった頃、唐突に鍵水晶が一際強く輝いた。嫌悪感を催すような、鮮やかな七色の光に煌いている。
同時に強烈な振動が地下室を襲い、衝撃が結界を震わせる。
だが、異変は一瞬のことで、唐突に終わりを告げた。
光と振動が消えた後には、鍵水晶は細かく砕けて砂のようになっていた。
「……結界は必要なかったかな。けど、本番はこれからか……!」
迷い星の召喚が、完了した。
「何ですの? あれは・・・!?」
黒帝と魔神姫のことを立ち寄ったギルドで聞いたアルサオナ・リクス・クァントゥスは、パーティメンバーと共にギルド支部長、バートの自宅へと向かっていた。
家が見え始めた頃、その真上の空に異変が起きている事に気付く。
今日の王都の空は暗雲が立ち込める奇妙な天候だったが、その暗雲が一カ所に集まりつつあるのだ。
その場所は、向かっている支部長の自宅の真上ではないか。
暗雲は放つ紫電の数と量を増やしつつ、ゆっくりと渦を巻いている。
古の邪神でも這い出てきそうな光景に、彼女の背筋に悪寒が走る。
アルサオナと同様、黒帝と魔神姫の情報を手に入れてギルド支部長の自宅へと向かっていた商人、バンバス・バンバーや他の傭兵たち、城下に向かうラディナ姫一行もその異変を目の当たりにしていた。
そして、暗雲が突然弾けるように消滅すると、それは突如としてソコに現れた。
それは、金属の鈍い輝きを放ち、陽光の輝きを反射していた。
誰が想像できただろう、天空から城のように巨大な金属の塊が現れるなど。
それは、巨大であり、例えるなら眼球だった。
鋼の巨体は球体であり、その中央には大きな黒い円が描かれていたからだ。その黒い部分はクリスタルのような透明感がある。
そんな常軌を逸した存在が頭上に現れたパルフストの国民たちは、暫し呆然とした後……。
悲鳴とともに、我先にと逃げ出した。
「な……何だ、あれは……?」
ラディナから掠れた声で絞り出された疑問に答える者はいなかった。
いる訳が無い。
共にやってきた騎士たちも、ただ呆然と天空の鋼の眼を見ることしか出来なかったのだから。パニックを起こして逃げ出さなかっただけマシだろう。
その硬直を破ったのは、逃げ惑い始めた民衆の悲鳴だった。
人の波がラディナたちの乗る馬たちにぶつかりつつ後方へと流れていく。
と、その波の中から聞き覚えのある声で名を呼ばれた。
「ラディナよ! 民を先導して逃げよ!!」
「スーニア殿!?」
声の主は、人の波を掻き分けてやって来たスーニアだ。シェリカとバートがその後に続いている。
「ちょうど良い所で会った。あれは例の魔術師が召喚した迷い星じゃ! 彼奴め、異界から迷い星を召喚しおった!」
「ま、迷い星をっ……!? そんな事ができ……」
「問答は後じゃ! 今は我が主にすべてを任せよ!! 逃げるのじゃ!!」
スーニアはラディナの声を封じるように言い放つ。
気持ちは分かるが、今は住民を避難させることが先決だ。
「わ、分かりました! 全員手分けして民衆を街の外へ誘導しろっ! 詰め所に居る兵たちにもそう伝えて手伝わせろっ! 急げっ!! ボアズ殿たちも誘導を頼む!!」
「は、ははっ! みんな行くぞ!!」
「承知しました! 我々も行くぞ!」
ラディナの声に従い、近衛騎士たちが街の中へと散って行った。
それを横目に、スーニアはシェリカとバートに向き直った。
「よし、お主等とはここで別れるぞ。ラディナよ、この二人を頼む。この騒ぎのことで色々と知っておるからの、保護してやれ」
「承知した、任せてください。だが、スーニア殿はどうするつもりなのだ?」
ラディナはスーニアに一応聞いてみた。
本音を言えば彼女には自分たちと行動を共にしてほしかったが、返事は分かりきっていた。
「わしはリュウヤの元へ向かう、従者じゃからな」
「やはりそうですか……。では、これをお持ちください」
「む?」
ラディナが懐から取り出してスーニアに差し出した物は、金属製のプレートにチェーンを付け、首から下げられるようにした物だった。
いぶし銀のような色をしており、菱形をしていて一辺は約十センチ、厚みは五ミリほど。
表面と裏面には細かい紋様がレリーフのように刻まれている。
紋様こそ凝っているが、装飾品としては一国の姫が持つような美しいとは言えない代物だ。
「何じゃ? これは」
「これは我がパルフスト王家に伝わるロストパーツの一つ……。魔力を注ぎ込むと、強力な防御障壁を発生させる物です。『障壁のレリーフ』と呼んでいます。何かの助けになるかも知れません、持って行ってください」
このロストパーツはルーデンとダルゼットの謀反征伐に向かった際に、父のクロフォード王から渡された物だ。
敵の老魔術師はマナウルフィであるスーニアをも捕らえた、ということを竜也から聞いていた彼女は、対峙した時のことを考えて奥の手として持ち出してきていたのだ。
「……良いのか? 王家に伝わる、ということは宝物ではないか」
「構いません、本来なら私が同行して使うべきでしょうが……。もはや、人の力でどうこう出来る事態ではありますまい。スーニア殿の力でこれを使えば、より強力な障壁を生み出すことが出来るでしょう。これをもって、お二人の力になれれば、多少でも恩返しになりましょう」
「……分かった、使わせてもらうぞ!」
ロストパーツを首に掛け、そう言い残したスーニアは高くジャンプする。
建物の壁や屋根の上を重力を無視した角度で疾走し、あっという間にその姿は見えなくなった。
それを見送ったラディナも行動を開始する。
「御武運を……! ……よし、私たちは一旦城に戻る! 二人とも私から離れるなよ!」
ラディナたちも移動を開始し、人ごみの中を掻き分けていった。
スーニアは走りつつ球体を見上げ、考える。
彼女は思い出していた。竜也と二人で旅をしていた頃、竜也の世界について色々な話を聞いた。
その中にあった、人の手によって作られ、天空に座して様々な役割を果たし、人の生活を豊かにするという星のことを。
(あれがリュウヤの言っていたモノなのか……? それにしては、色々と食い違う所があるようじゃが……。何にせよ、今は一刻も早くリュウヤの下へ!)
スーニアは加速してひた走る。
愛しき小さな主の下へ。
一方、地下室から外に出て空を見上げた竜也は驚愕していた。
「何だよ、ありゃあ……!!」
違う。
自分が予想していたモノとはあまりにも違いすぎる。
「どこをどう見ても……人工衛星とは思えねえ……! あのジジイ、いったい何をしやがったんだ……!」
そう。竜也が想像していた迷い星とは、地球の人工衛星のことだった。
老魔術師の話から、竜也はレーザー兵器でも備えた衛星を召喚するつもりなのかと考えていたのだが、それは大きな間違いだったようだ。
何よりも、異常なのは大きさだ。
竜也は自分の体を基準として、召喚される衛星の大体の大きさを予想していたがそれも完全に外れていた。
さらに、形状も予想外。
ほぼ球体の、眼球のように見える人工衛星など聞いたことも無い。
「地球以外の世界から召喚しやがったのか? じっくり見てみるか……」
竜也は視力強化や、熱源や人間の眼には見えない波長の光を視覚化するオリジナル魔術で球体を観察してみた。
直径は約四十メートル強。
瞳にあたる部分はガラスのような素材が使われていて、その中には大きなレンズらしき物が垣間見える
表面は一見鋼鉄のように見えるが、竜也にはセラミックのような特殊な素材に思えた。
視線を動かしていくと、竜也は信じられない物を見た。
「……嘘……だろ……!」
あまりの驚きに身動きが出来ずにいると、小さな爆発が球体の下部で起こった。
「はっ!?」
気がつけば、街の各所から何本もの炎や魔法の力を纏った矢が放たれていた。
恐怖に怯えた魔術師や兵士たちが攻撃を仕掛けたのだ。
球体にダメージを受けた様子は無い。だが、これが機会になったように変化が生じた。
ゆっくりと、球体の各部が扉のようにスライドし、何ヶ所も開いていく。
その中から現れたのは、鋭く尖った棘のような物で、長さは五メートル程か。まるでサボテンである。
それらは青白い電流を放ち、だんだんと強くなっていく。
竜也は嫌な予感がすると同時に、行動を開始した。
「チィッ! うぉおおああああぁーーーっ!!」
地を蹴り、空へと飛び出した竜也は全身からオーラを開放する!
赤い光が彼の体から放たれ、光はその体を覆って膨れ上がる。
一瞬の後、身長二十メートルの、赤き光の巨人が街と球体の間に出現していた。
竜也の姿は巨人の胸の中だ。
間髪入れず、竜也は両腕を球体に向けて突き出し、防御結界を展開する。
円形の魔術式が現れると同時に、球体は全身の棘に纏った電撃を一本に収束し、竜也へと放った!
轟音と閃光がパルフストの空を震わせ、灼熱の光が天を焼く。
地上でその光景を見ていた人々は、耳と眼を一時的に麻痺させられた。
麻痺から回復した者たちは、球体を見、次いで巨人を見て驚愕した。
その両腕が、肘の先から消滅していた。
「ヒッ……! リュウヤーーーーッ!!」
グランディ邸に辿り着いたスーニアの、悲鳴に近い声が空の巨人へと放たれていた。