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40話:家族の想い

 私が家族のことを知ったのは、十四歳の頃。傭兵として一人立ちする少し前のこと。

 私を引き取り育ててくれた伯母夫婦から、二通の手紙を渡された。

 一つは両親から、もう一つは姉からの物。

 私はこの時まで、家族のことは詳しく聞かされていなかった。ただ疫病に罹り、命を落としたとだけ聞いていた。


 両親からの手紙には、疫病の詳しい経緯と共に、一度は私を捨てようとした事に対する謝罪が綴られていた。

 正直、ショックではあった。

 疫病はとても恐ろしいものであったらしいし、仕方がなかったのだろうと納得しつつも、心のどこかにしこりの様に引っかかる物があったのだ。


 それは、助けようとした姉がとても病弱で、成人までは生きられないと思われていた事。

 姉は生まれてからずっとベッドの上で生活し、自分一人では歩くことすらままならなかったほど弱かったそうだ。

 そんな娘が哀れで、そんな身体に生んでしまった事への申し訳なさから彼女を選んだと書いてあった。


 そして、姉からの手紙。

 これには、こんな自分を今まで育ててくれた両親への感謝が。

 元気に生まれて来てくれた、妹への感謝が。

 自分をこの世界に生まれさせてくれた神への感謝が。

 ただ、感謝する事ばかりが書かれていた。


 そして、最後に綴られていたのは。

 自ら命を絶つと決意した事と、妹に幸せな人生を送って欲しいという願い。

 これを読んだとき、私の心の中のしこりはいつの間にか消え失せてしまっていた。

 涙が止まらなかった。

 私の姉は、自分の不幸を嘆かず受け入れ、両親を恨まず感謝し、妹の成長と幸せを願うことの出来る人だったのだ。

 こんなにも優しく、強い人だったのだ。

 泣き続ける私に、伯母が姉の最後を教えてくれた。


 セルオノの街の近くにあった、小さな古い祠。

 いつから其処にあったのかも、何が祀られていたのかも分からないその祠の中で、姉は毒を飲み、眠るように亡くなっていた。その顔は微笑みすら浮かべていたという。

 この手紙は、その姉の手の中にあったそうだ。

 両親と姉のことを、私はほとんど知らない。

 けれど、手紙を読んで分かった。

 私はこんな暖かな家族に生まれた、幸せな娘だったのだという事が。




「親だって人間なのよ、苦しい事があれば弱音を吐くし、辛い事があれば泣くこともあるわよ。身を裂かれるような決断をしなくちゃならない時だってあるでしょうよ。あなたの両親がどんなに苦しんでその選択をしたのか、少しでも考えた事があるの!? 両親があなたにしてくれた事すべてが、偽りの愛情から来たものだったと思ってるの!? 思い出してみなさいよ、その頃のことを! 楽しい事も嬉しい事も何も無かったの!? 辛かったのは、悲しかったのは、あなたの両親もきっと同じだった筈よ!!」


 涙を流し、叫ぶように言うシェリカ。

 その言葉を、ヴィーラは感情の感じられない顔でただ黙って聞いていた。


「ウォーレンさん……」


 バートもシェリカを見つめている。

 彼は嬉しかった。

 シェリカの言葉は、家族という存在は互いが互いを想いあい、愛するものだという事を改めて認識させてくれたのだ。

 父と母は確かにヴィーラを捨てようとしたのだろう。

 だが、それは苦渋の選択だったのだと、他ならぬ自分自身がよく分かっている筈ではないか。


「ヴィーラ、彼女の言うとおりだ。父さんも母さんもお前を愛していた。嘘だと思うなら、私の書斎に行って机の一番下の引き出しを調べてみるんだ、そこにネックレスがある。それは二人がお前が成人した時に渡そうと、特別に作った物だよ。証拠に、お前のイニシャルが彫ってある」

「……ネックレス……」

「……何よ、ちゃんと愛されてたんじゃない。大体、こんな事になったのは疫病のせいじゃない。その原因はあなたの大事なそのお爺さんでしょ!」


 ヴィーラは無言で老魔術師を見る。

 その氷のような瞳に映るのは、後悔か罪の意識か。

 そして、わずかな沈黙の後――


 彼女は薄く笑った。


「……そうだとしても、私が捨てられたことは事実よ」

「ヴィーラ!」

「すべては過去よ、取り返せない終わったこと。何より私は生きたかった、だからこの力も受け入れた。私は後悔していないわ」


 そう言ったヴィーラの両手の平と額に、一筋の亀裂が入った。

 それが開くと、血走った大きな眼球が現れる。狂気を孕むかのようなその視線に、シェリカもバートも背筋に冷たいものが走って総毛立つ。


「そ、それは……、まさか寄生型の……?」

「そう、寄生型魔獣パラシック・メア。大教祖様が魔術で改良したこれのお陰で、私は生き長らえることが出来たのよ」

「それがパラシック・メアですって……? 一体、どんな改良したってのよ……!」


 パラシック・メアは他の魔獣の体内に寄生する寄生型の魔獣だ。魔獣と呼ばれているが、本体は五センチにも満たない小さな虫である。

 宿主の身体能力を上昇させて強化し、宿主と共に過酷な自然を生き抜く確率を上げる力を持っている。

 だがその反面、寄生された宿主は無理に能力を引き上げられる為、寿命が半分以上削られてしまうのだ。


 シェリカたちが驚いたのは、この魔獣は人間には寄生しないことで知られているからだ。互いの体質的に合わないらしい。

 それに、寄生された宿主の額にはパラシック・メアの眼が露出するのだが、直径一センチ程の小さな物が一つだけだ。

 ヴィーラに現れた眼は直径五センチはある上、額と両手の平で合わせて三つ。こんな例は聞いた事がない。


「ふぉっふぉ、驚いたかの? こいつは人間にも寄生できる様にした特別製じゃ。宿主の寿命も削るどころか伸ばすし、他にも色々な力を持たせておる」


 シェリカはあの地下神殿で見た、ヴィーラが放った青い閃光を思い出す。あのような力を他にも隠し持っているのだろう。


「さて、鍵水晶の発動に魔力もあと少しで溜まる事じゃし……。そろそろ“星落とし”の準備を始めるぞい」

「“星落とし”だと……? 貴様、何をするつもりだ」

「ふぉふぉふぉ、わしにもよく分からん」

「な、なに?」


 肩透かしのような答えに、バートの眉間に皺が寄る。

 どこか此処ではない遠い場所を見ているような眼で、老魔術師が言う。


「……わしは見た……巨大な塔を。それの底から猛烈な炎が噴き出し、塔を天空高く飛ばした。それは幾つかに分かれてはまた炎を噴き出して、遥か星の彼方まで昇った。その先端から不思議な“星”が吐き出され、形を変えて天の星の一員となった」


 彼が何を言っているのか、分かる者は居なかった。

 ただ一人を除いて。


「そーか、あれ(・・)を落とすつもりかよ」


 ドアに幾筋もの赤い線が走る。

 その線にそってドアがバラバラに切り刻まれて地に落ちた。

 そこに立っていたのは、破撃の黒帝こと竜矢と、金色の魔神姫ことスーニアであった。


「させるかよ! このクソジジイが!」






 竜矢は喫茶店を出た後、スーニアの先導でシェリカと思しき人物を連れ去ったと思われる者を追った。

 仮にシェリカではなかったとしても、王都のど真ん中で邪神魔術を使うような人物を放っておく訳にもいかない。

 既に途中で会った巡回の兵士に事の詳細を伝達済みなので、いずれ城へも連絡が行くだろう。あの双剣姫の事だ、直々に出張って来るかも知れない。

 そうして二人が辿り着いた所は、元々向かっていたバートの自宅であった。


「ここって……支部長さんの自宅じゃねーか?」

「そのようじゃのう」


 様子を伺うも、家の中からは物音一つせず、人の気配も感じられない。一般人なら誰もが留守だと思うだろう。

 だが、この静けさは家の周囲に結界が張られているからだと、二人は即座に見破っていた。


「並みの魔術師じゃ察知できないほど完成度の高い結界だな……。支部長さんは魔術師でもあるらしいから、自分で張ったのかな」

「そうかも知れんが、この結界……かなり特殊な構成をしておる。攻撃性は無いようじゃが……」


 竜矢は結界の魔術式を解析してみた。

 奇妙な事に、この結界には弱い防音能力の他は警報を出すような力も無く、攻撃性も防御性も皆無という何の役に立つのか分からない代物であった。

 が、竜矢はこれが特定の人物が触れた時にのみ発動する結界である事を見破った。


「こいつは……例えるなら伝言結界ってところか」

「伝言結界? なんじゃそれは」


 聞き慣れない言葉にスーニアが小首を傾げる。


「設定してある人物が接触した時にだけ発動し、記録してあるメッセージをそいつに届ける機能があるみたいだ。人物の特定には、委任状に使われてる魔力の波動を記録する魔術を応用してるな。んで、こいつに設定してあるのは……俺たちだ」

「わしらじゃと? わしらに伝えたい事が有るという事か」

「そういう事だな。とにかくこうしててもしょーがねえ、行くぞ」


 頷いたスーニアと門を開いて敷地内に入り、同時に結界に手を触れる。

 その瞬間、二人の耳に声が届いた。


『来て頂けましたね、リュウ・サカザインさん、スーニア・マナウルさん。私はギルドのパルフスト支部長、バート・グランディです。このような回りくどい方法を取ってお二人に接触を図った理由を説明いたします……』


 耳の側で囁かれるような声に、二人はちょっと鳥肌が立ってしまう。バートのやたらに渋い中年ボイスは中々の攻撃力であった。

 その説明に耳を傾け、バートが関わった三人の邪教徒と老魔術師との事、彼が自分たちの正体を見破っている事を知った。


『……出来ることなら妹を助けたかったのですが……。可能性は低いと言わざるを得ません。私は妹が改心するのを試みます。無理だと判断したら、私の手で妹を両親の所に送るつもりです。そして、これは私から貴方たちへの依頼です、もしも私が失敗したなら、妹を、ヴィーラを……死なせてやって下さい。報酬はギルドの、私の机の……』


 感情を押し殺したその声が、竜矢の胸に深く沈み込んでいく。

 生き別れた妹を助けんと孤軍奮闘した兄のその言葉には、血を吐くような思いが込められていた。

 竜矢も助けてやりたいとは思うが、以前見た彼女の冷たい瞳を思い出して気分が暗くなった。

 スーニアが竜矢の胸の内を悟り、優しい声で言う。


「あの女の眼は、普通の生活をしていたら絶対に出来るものではない。沢山の命が失われるところを自分の意思で見続けたであろう、壊れた眼じゃ。……救うことは無理じゃろう。リュウヤ、お前がその手を血で染める必要は無い、わしがやる」

「……ありがとよ、スーニア。だけど、もしかしたら支部長さんが上手くやってるかも知れない。とにかく、中に入ってみよう」


 竜矢の返事は、何処となく弱々しかった。人の命を奪った事は、彼はまだ無いのだ。

 そんな竜矢を見て、スーニアは彼を守る決意を新たにする。

 強大な力を持つが、心は優し過ぎるといってもいい異界の小さな主を、苦しめるような事は決してさせまいと。

 結界を張りつつ屋敷に潜入した二人は地下室の入り口前で、バートたちのやり取りを聞きつつ、機を伺っていたのだった。



生を諦め妹の幸せを望んだシェリカの姉。

生に執着し自らの幸せを望んだヴィーラ。

あなたが同じ立場なら、どうするでしょう?

私ですか? 正直、書いた自分でも分かりません……。



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