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35話:切れ者の悩みと決意


 明るく輝く月が、雲一つ無い夜空と地上を照らす夜。

 パルフスト王都から遠く離れた森の中を、誰かが一人で歩いている。

 その姿は灰色のローブに包まれていて、顔もフードを目深に被っているのでよく分からない。


 この森は中位から上位の魔獣が出ることで知られており、間違っても人間が一人でうろついて良いところではない。

 が、獣道を進むその姿からは、周りを警戒する様子は伺えても怯えているような気配は感じられなかった。


 体型的に男と思われるその人物が、不意に足を止めた。

 その前に、木々の暗がりからゆっくりと大きな何かが現れる。


「……ザイファングか」


 低いが良く通る声で男が呟く。

 それは体長五メートル以上はあろう、茶色の体毛に覆われた魔獣だ。

 かつて地球に生息していたという、サーベルタイガーを連想させる大きな剣歯が月光に照らされて白く浮き上がる。


 肉食の魔獣で、そのテリトリーに入り込んだものが自分よりも巨大な魔獣であっても容赦なく攻撃を加える凶暴さを持つ。

 その剣歯は魔獣の中でもトップクラスの貫通力を誇り、城壁に使われる頑丈な石材にも容易く突き刺さるという。


 時折ギルドにも討伐依頼が出され、最低でも中~上位の実力を持った冒険者達が複数で相手をする必要がある、かなり手強い魔獣として知られている。

 が、そんな魔獣を前にしても男はまるで動ぜずに平然としている。


「確か、中級の魔獣だったな。今日はこいつにしておくか」


 男はローブの下から、直径十センチほどの水晶玉のような物を取り出した。

 それが赤や黄色、紫や白の光を放ち、明滅し始める。

 今にも襲い掛からんとしていた魔獣の動きが止まった。

 ザイファングの目がその光に釘付けになり、明滅の速度が早まっていく。

 と、高速で移り変わる光が唐突に消えた。


「伏せろ」

「グルル……」


 凶暴なはずのザイファングが、よく躾けられた飼い犬のように男の言うことを聞いて地に伏せた。

 どんなに優秀な魔獣使いでも、ここまで簡単に魔獣を手懐けるなど不可能なことだ。


「……大した物だな、このロストパーツは。マナウルフィすら逆らえなかったそうだが、頷ける力だ」


 男は魔獣に近づく。

 水晶玉を懐にしまうと、今度は複雑な魔術式が刻まれた、直径五センチほどの小さな五枚の円盤を取り出した。

 魔獣と自分を囲むように地面に置くと、口の中で何かの呪文を呟く。


 と、円盤が輝いてそれぞれを繋ぐ魔力の光線が大きな魔術式を構成した。

 見る者が見れば、それは転移の魔術式である事が分かっただろう。

 その魔術式が強く輝くと、その場には男と魔獣の姿は見えなくなっていた。




 魔獣とローブの男が転移した先には、四人の人物が待ち構えていた。


「ほう、今日はザイファングか。中々じゃの」

「本当なら人間……、魔力の強い魔術師なら申し分無いのですがね」

「しょ~がないですよ~、今は目立つ訳にはいきませんし~」

「そうね、地道に魔力を溜めるしかないわ」


 あの老魔術師と、三人の邪教徒たちだ。

 ここはこの四人が潜伏している、地下室のような場所だ。

 彼らの背後には床一面に描かれた魔術式と、その中心でぼんやりと光るロストパーツが見える。


「……今日はこいつで終わりだ」

「良かろう、焦っても仕方ないしの」


 ローブの男は魔獣に命令し、ロストパーツの方へと歩ませる。

 ザイファングの目の前にロストパーツが来たとき、それは唐突に起きた。

 ロストパーツから霧状の何かが噴出したのだ。それが何本もの触手のようになり、蠢き始める。


 その触手はロストパーツ本体と同じ光を放ちながら、ザイファングへと伸びていく。

 と、触手の動きが急に速まり、一気にザイファングを絡め取ってロストパーツの真上へと持ち上げた。

 ロストパーツの光が強まり、触手が広がってザイファングを完全に包み込んでしまう。


 繭状になってしまった魔獣が、中でもがいているのが分かる。

 繭の大きさが、急速に小さくなっていく。

 魔獣の動きが止まり、更に繭が小さくなる。ついに繭が無くなって触手がロストパーツの中に吸い込まれるように戻っていくと、ザイファングの巨体は完全に消滅してしまっていた。

 心なしか、ロストパーツの光がわずかに強くなったように感じる。


「……分かってはおったが、溜りが遅いのう」

「地脈からの魔力の吸い上げが、思ったより少なかったのが残念でしたね」

「この分だと~、溜まりきるまでにかなり時間がかかっちゃいそうですね~」


 彼らがこの屋敷を選んだ理由の一つがこれである。

 大地を流れる魔力の流れ、『地脈』の上に建っており、ロストパーツが魔力を吸い上げるのに都合が良かったからだ。


 しかし、地脈の流れが予想よりも細いのか、魔力の吸い上げに時間が掛かっていた。

 そこでローブの男に命じて魔獣を狩らせ、ロストパーツに“食わせる”事で足りない魔力を吸収させているのだ。


「では、今日はこれで失礼させてもらう」

「うむ。ああ、例の妖精と神獣の噂はどうなっとる?」

「さほど変わらないが、沈静化しつつはあるな」

「ふむ、表立っては動いとらんか……分かった。また頼むぞい」


 一瞬、ローブの男がフードの下から老魔術師を睨んだ。

 が、すぐに視線を逸らして背を向け、出入り口のドアへと歩を進める。

 ヴィーラがその背中に声を掛けた。


「頑張ってくださいね、バート兄さん(・・・・・・)


 ドアの閉まる音を背後に聞きながら、男はフードを取る。

 そこにはパルフストのギルド支部長、バート・グランディの顔があった。

 その表情は、仮面を被ったように感情が読み取れない。

 だが……。


「ヴィーラ……」


 拳を握り締め、ヴィーラの名を呼ぶその声は苦渋に満ちていた。




 十五年近くも前の事になる。

 パルフスト領内に在る小さな街、セルオノ。そこがバートの故郷だ。

 バートと妹のヴィーラは両親と共に平穏に暮らしていた。

 両親は役場に勤める職員で、一般人に比べれば給金もそこそこ良く、家族は幸せに暮らしていた。


 ただ、ヴィーラは生まれた時から体が弱く、一日の大半をベッドの上で過ごしているような娘だった。

 バートはそんな妹のために、旅の吟遊詩人から聞いた冒険譚や、おとぎ話をその枕元でよく聞かせてやっていた。

 ヴィーラもそんな優しい兄が大好きであり、ずっとこんな穏やかな時間が続くものと思っていた。


 だが、彼女が七歳になった時に不幸は訪れた。

 セルオノの街に、謎の疫病が蔓延したのだ。

 どんな医術も治癒魔術も効かないその病の前に、住人達が次々と倒れていく。そして、バートの両親も帰らぬ人となってしまう。


 ヴィーラも疫病に罹ってしまい、高熱で苦しむ姿を見る事しかできないバートに出来ることは、ひたすらに神に救いを求める事だけだった。

 その祈りが届いたかのように、セルオノの街に一人の老人が現れた。

 老人はあるロストパーツを使い、病人を治療していったのだ。

 しかし、その老人は治療する代償として、高額な治療費を要求していた。


 そんな物を持っていない貧しい者たちは、冷たく見捨てられた。

 バートも両親が残してくれた全財産を差し出して、老人にヴィーラを助けてくれるようにお願いした。だが、老人は別の物を要求してきた。


『お前の妹は特別に治してやろう。その代わり、お前の一番大切なものを貰おうかの、よいか?』


 バートは即座に頷いた。“大切なもの”、その言葉の意味を考えずに。


 老人の力で、ヴィーラはあっという間に全快した。それどころか、病弱だった筈の体まで完全な健康体になってしまった。

 喜んだのも束の間、老人は言った。


『では、お前の一番大切な貰っていくぞい。行くぞヴィーラ』


 疑問に思う間もなく、街を出て行く老人の後をヴィーラが付き従っていく。

 バートは追い縋り、その腕を掴んだ。

 だが、彼女は兄の手を振り払い、冷たい眼差しを向けた。


『バイバイ、お兄ちゃん』


 呆然と立ちすくむバートを振り返りもせず、ヴィーラは老人と共に街を出て行ってしまった。すぐに追いかけたが、二人の姿は霞のように消え去ってしまっていた。

 バートは老人の言葉の意味を、ようやく悟ったのだった。


 その後、バートはパルフスト王都に住んでいた叔父夫婦に引き取られた。

 家族を失った事で酷い虚無感に囚われていたが、子供のいなかった夫妻は実の子供同様に育ててくれた。そのお陰で少しずつ生きる気力を取り戻していった。

 元々頭の良かったバートは王立の魔術学院に入学し、優秀な成績を収めて卒業した。


 魔術師として将来有望だった彼は、魔術学院の教師や魔術兵団への勧誘を受けるもそれらをすべて断り、ギルドに就職して職員となった。

 様々な情報が集まるギルドならば、妹とあの老人の行方について、なにか掴めるかも知れないと思ったからだ。

 しかし、それらしい情報が得られないまま気が付けば、支部長にまで上り詰めてしまっていた。


 最近ではもう諦めかけていた。

 しかし、二国を騒がせたあの謀反事件の後、突然あの老人とヴィーラが二人の仲間を連れて自分の家へやって来たのだ。

 老人はバートへ、自分たちに協力することを要求した。その見返りにヴィーラを返してやろう、と取引を持ちかけたのだ。


 当然、悩みはした。

 彼らは何をしようとしているのか教える気は無いようで、無理に聞こうとすれば剣呑な雰囲気になるので分からない。何故言わないのか、何か後ろ暗いことをしているからではないのか。

 だが、あの疫病の際、老人は法外な要求はするものの、報酬を支払った者にはちゃんと治療を施していた。


 多くの人間の命を救った事に変わりは無く、ヴィーラを救ったのもまた事実。

 胡散臭くもあり、妹を連れ去られた恨みもあるものの、この時には老人たちが悪人とは思えなかったのだ。

 それに、両親が病の床で最後まで気にしていたのは、病弱なヴィーラの事だった。


 亡き両親の願いを思い、失った妹を取り戻すため、取引を承諾した。そのまま彼らを自宅の地下室へと匿ったのだ。

 少しして、老人たちが地下室で地脈の魔力を利用して何かをする事を聞いた。

 詳しくはやはり教えてくれなかったが、不足分の魔力を補うために魔獣を狩り集めることを要求してきた。


 神獣・マナウルフィすらも捕らえたというロストパーツと、転移魔術が付与された魔道具を借り受け、その力で夜ごとに魔獣を狩ることになった。

 最初にロストパーツが魔獣を“食う”のを見た時、それを見ていた老人たちの笑顔に背筋が凍ったのを覚えている。

 ヴィーラも薄く笑っていたのを見て、何としても彼らから引き離さなければと、バートは強く思った。


 既にこの頃、黒帝と魔神姫が探しているのはこの老人ではないかと考えていた。

 妖精と神獣の噂、その事を気にしている老人、『神獣をも捕らえた』というロストパーツの存在、同時期に消息の掴めなくなった謎の冒険者、黒帝と魔神姫。


 様々な要素から推測し、黒帝と魔神姫は、妖精と神獣の事ではないかと思うようになった。

 ギルド側の情報と、老人側の情報を同時に手に入れる事ができたからこその推測といえるだろう。


 この二人にコンタクトを取れれば、老人たちについて何か分かるのではないか。そう考えている所に近衛騎士が持ってきた、三人の邪教徒の情報。

 その中にヴィーラの事と思しき記述がある事に驚愕した。彼女は邪教徒に身を落としてしまっているらしい。


 邪教徒は発見しだい街の警備隊や国の軍に連絡し、捕まえてもらうのが法律で定められている。これはこのバルアーレン大陸にある、あらゆる国々に共通したことだ。


 何とか妹を救う手段は無いものか。


 そう悩んでいる中、シェリカ・ウォーレンと名乗る傭兵が黒帝の使いでギルドにやって来た。

 カマをかけて質問した結果、確信を持った。

 黒帝と魔神姫は、妖精と神獣の仮の姿であり、今は王城にいるのだという事を。


 何とか二人と連絡を取り、助力を頼めないものか。

 その為には、もう一度シェリカと会わなくてはならないだろう。

 そしてその機会は、思ったよりも早く訪れようとしていた。



ギルド支部長の事情でした。

彼は竜矢たちの敵となるか味方となるか?


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