34話:迷い星
何だかお気に入り登録してくれる人が多いな~とか思ってたら、まさか日間ランキングに食い込んでいようとは。
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思わずモニターの前で手を合わせて拝んでしまいました(ぉ
翌日。
ギルドから聞いた情報を伝える為に王城へとやって来たシェリカは、例によってお茶を飲んでいる竜矢たちの前で荒い息をついた。
「はぁ……はぁ……はぁ……こ、こんにちわ……」
「……どしたの? シェリカさん」
「妙にボロボロになっとるのう」
髪はボサボサな上、あちこち擦り傷だらけのシェリカは、リーラから渡された水を飲んでようやく落ち着くと、恨めしい目で二人を見る。
「どしたの? じゃないですよぅ……黒帝さんと、魔神姫さんのせいですぅ」
「……誰じゃそれは」
「なんか嫌な予感がするな」
シェリカが二つ名の事を説明すると、竜矢もスーニアもげんなりした様な顔で溜め息をついた。
「なんという厨二ネーム……」
「魔神姫、のう……。どうせなら、もう少し愛らしい方がいいのう。センスとしてはイマイチじゃな」
「なに他人事みたいに言ってるんですか、お陰で私がどんな目にあったと! あなた達を探してる色んな人に追い掛け回されて……。うう、下手な魔獣に追いかけられるより怖かった……」
昨日は無事に逃げる事に成功し、宿に辿り着く事ができた。
しかし、安心できたのはその夜で終わりだった。
“黒帝と魔神姫の居場所を知っている奴がいる”
先日のギルドの騒ぎから、そんな噂が街中に流れていたのだ。
宿を出た途端、礼を言おうとする者、勝負を挑もうとする者、仲間にしようとする者、黒帝を(何が何でも)婿にしようとする者、魔神姫を(年齢差を完全に無視して)お嫁さんにしようとする者、(性別をすっ飛ばして)恋人になろうとする者、その他諸々の連中がシェリカから情報を得ようと追い掛けて来たのだ。
シェリカは街中を逃げ回りつつ、何とか竜矢たちへのお菓子を購入し、必死の思いで城に飛び込んだのだ。
「わずか一ヶ月で二つ名を得るとは……。リュウヤ殿、何故そんなハイペースで依頼をこなしたのだ? 急いで二つ名を得る必要でもあったのか?」
ラディナが呆れ顔で問う。
竜矢は頭をかきながら苦笑しつつ答える。
「いや、別に二つ名が欲しかった訳じゃないんだよね。まず金を稼ぎたかったんだよ。生活の基盤作りのためと、あのジジイ探しの依頼をするにもまとまった金が必要だったからさ」
老魔術師探しの依頼料は、結構な金額が必要だった。
狭いエリアでの捜索、例えばパルフスト王都内レベルの広さなら、人探し専門に請け負う冒険者などに依頼する方法もあった。これなら必要経費込みでも、下位から中位の魔獣討伐依頼と同等か、少々お高いレベルで収まっただろう。
しかし、竜矢のした依頼はそうはいかない。
標的が何処にいるかまったく分からない為に、捜索範囲の限定も不可能。
範囲が広過ぎて、誰も専属で引き受けられなかったのだ。
そうなると、あちこちで活動している冒険者や傭兵達が、それらしい人物を何処其処で見かけた等、偶然の情報をかき集める方法しか残されていなかった。
故に、定期的に依頼料をギルドに支払い、情報収集を継続し続けるしかない。
その金額は、上位の魔獣討伐の依頼料とさほど変わらぬ物となってしまう。捜索が長引けば、当然掛かる金額も膨れ上がっていく訳だ。
「なるほど、そういう事か……」
「シェリカさんやミルファルナ姫に正体をぶっちゃけたのは、会った時に変装してなかったから。あそこでその黒帝の……自分で言うと何かやだな……、その格好すると俺たちが当人だとばれちゃうからさ。俺たちの本当の姿と結び付けさえしなければ、幾らでもごまかしようがあるからね」
「じゃが、いきなり異世界人だとばらした時は少々焦ったぞ。まあ、魔術で記憶を消すなりして口封じする事も出来たがの」
あっさりと物騒な事を言うスーニアに、少し顔が引き攣るシェリカとミルファルナであった。
「けど、その結び付けをする人が出てくるとはなぁ。そのギルドの支部長さん鋭いねぇ」
「かなりの切れ者らしくて結構有名ですよ。二人の事を聞かれた時は、本当に焦りましたよ」
「しっかし、やっぱり情報は無しか。まだまだ先は見えないな」
「そうじゃの……」
スーニアの声にはわずかに安堵の響きが混じっている。
が、超が付くほど鈍感な竜矢は気付いていない。
竜矢以外の女性陣はすべて感づいていたが、それを口にするほど空気が読めないわけではなかった。
「まぁ、焦ってもしゃーねぇわな。腹も膨れたし、一眠りするか」
あくびをしつつ、竜矢は宙を舞ってスーニアの首の辺りの毛に潜り込んだ。
「リュウヤ殿……また寝るのか?」
竜矢はシェリカが来る少し前まで眠りこけていたのだ。やっぱりスーニアの毛の中で。
外出も出来ないため、やる事が無くて暇でしょうがないのだ。
これが地球ならゲームをするなり、ネットサーフィンをするなり、友人と駄弁るなり出来るのだが。
こういった時、竜矢はまだ自分がこの世界に馴染めていないと思い、一抹の寂しさを感じてしまう。
そんな自分を誤魔化すように、ニヤリと笑いながら言った。
「ぬふふふふ。スーニアの毛の中で寝ると、熟睡どころか超・爆睡できるんだよね。そりゃーもう、モフモフのヌクヌクのフカフカで」
「モフモフ……」
「ヌクヌク……」
「フカフカ……」
ラディナ、ミルファルナ、シェリカがスーニアを見る。
リーラとシーナも無言で見る。
物欲しそうに、ジーッと。
「……何じゃお主ら、その『触りたいな~』とでも言いたげな顔は。言っておくが、わしの体を自由にしていいのはリュウヤだけじゃぞ」
「そーいう誤解を招くような発言はやめんかぁぁぁぁ!」
今日も今日とて、賑々しくも明るい声が王城の一室に響いていた。
竜矢たちがそんな毎日を過ごしている頃。
問題の老魔術師たちは、とある場所で、ある作業に没頭していた。
そこは窓が一切無い、教室並みの大きさがある地下室のような場所だ。
壁には大量の光魔石が備え付けられていて、真昼のように周囲を照らしているので作業には何の支障も無い。
「これでよし、と。そっちはどうじゃ?」
「終わりましたよ大教祖様」
「もう終わりますわ~……っと。はい、出来ましたぁ~」
「こちらも完了です」
教室並みの広さを持つその床に、複雑な魔術式が隙間無く書き込まれている。老人たちが何日もかけて描いた物だ。
謀反事件が終わった後、四人は拠点としている古代遺跡から、この地下室がある屋敷に身を移していた。
そして、ずっとこの作業に没頭していたのだ。
食料などは十分に蓄えてあるので、何もせずとも後二ヶ月はここで潜伏する事ができるだろう。調達手段も別に用意してあり、なんの不安も無い。
作業を終えたゼウル、ネディス、ヴィーラの三人が老人の側へとやって来る。
「準備完了じゃの。後はこのロストパーツに魔力が溜まるのを待つだけじゃ」
老人は右手に持ったロストパーツを魔術式の中央に置いた。
それは歪な形をした、コブシ大の紫水晶のような物だ。
しかし不思議なことに、角度によっては赤や黄色に見え、その形まで変形しているように見える。
じっと見ていると、頭痛がしてきそうだ。
「ゼウルよ、あまり見ん方が良いぞ。飲み込まれるでな」
「っ……! は、はい……。大教祖様、そろそろ教えて下さい。この大きな魔術式と、このロストパーツを使って、これから何をしようというのですか?」
ゼウルの問いに、老人はその皺だらけの顔を歪ませるように微笑んだ。
「のう、ゼウル。お主、人の手で星を作る事ができると思うかの?」
「星を……人の手で? いや、幾らなんでも、そんな事は……」
「では、星を人の手で落とす事ができると思うか?」
「そ、それも無理では……」
太陽、月、星。
この世界でも、天空に位置するそれらは人の手の届かぬ不変の存在だ。
質問の意図を掴めず、ゼウルは困惑した目を老人に向ける。
そんなゼウルの表情を面白そうに見ていた老人は、視線をロストパーツへと向けた。
「わしでも作るのは流石に無理じゃ。じゃが……」
「まさか、星を落とそうというのですか!?」
宇宙空間から飛来する物体、いわゆる隕石はこちらの世界にも存在し、『迷い星』と呼ばれている。
遥か空の彼方から落ちてくる迷い星は、創造神バルアハガンの怒りによって落とされるとされていて、伝説では悪徳の栄えた街が迷い星で滅ぼされた事もあるという。
つまり、星を落とすという行為は神の御業なのだ。
この老人は、人の身でそれを成そうというのか。
ゼウルの顔から血の気が引いていき、心臓に氷のナイフを押し付けられたように体が震える。
「恐ろしいか? ゼウル。正に神をも恐れぬ所業じゃと」
邪神信仰に手を染め以来、様々な悪行を行ってきた。
その自分が、今更神を恐れるというのか。
ゼウルはそう自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻した。
「……いえ、そのような事は」
「ふぉふぉ、それでよい。わしらが歩むは神に仇なす、血塗られた破壊と怨嗟の道よ」
老人はロストパーツを見つめる。
その瞳は新しいオモチャを手に入れた子供のように、無邪気な光に満ちていた。
久しぶりな登場、邪教徒カルテットでした。