30話:竜矢とスーニア その7
長さ的にちょっと半端なのですが、投稿します。
竜矢とスーニアの過去話は今回で終わりです。
さて、連載を再開してから待っていたとの温かい言葉や、評価してくれたり、お気に入りに登録してくれる方が少しずつ増えていくのを見て、本気で目頭が熱くなってしまいました。
この場を借りてそのお礼と、連載を長期ストップしてしまったお詫びをさせて欲しいと思います。
応援、ありがとうございます。
ストップしてしまい、申し訳ありませんでした。
遅筆な所はまったく変わっていない私ですが、少しずつでも書き続けていこうと思っています。
「つまり、ステリさんとスーニアは前から知り合いだった訳?」
「うむ」
「隠すつもりはなかったんだけどね。魔力の波動から間違いないなく姫、じゃなくてスーニアだとは思ったけど、確証を得るまでは言うのを止めておいたのさ」
魂を戻すことに成功した竜矢は、家の中で一服しながら二人の関係を聞いていた。
スーニアは今も少女の姿で、お茶とクッキーを幸せそうに食べている。
その姿からは、本当の姿であるマナウルフィの事などとても連想できない。
「私がスーニアに出会ったのは、この森に来てすぐだったね。当時の私は夫に先立たれて、弟子たちも全員一人立ちしたのを機に、静かに余生を過ごす場所を探していたんだ。それで魔獣の少ないこの森を選んだのだけど、ここから一番近い村で、最近大きな金毛の魔獣が現れるからやめた方が良いと言われたよ。まさかそれがマナウルフィとは予想外だったけどね」
「わしは親離れしてすぐの頃での、自分の縄張りにする場所を探している所じゃった。この森でステリに会ったとき、微かに同族の匂いがしての。しばらく一緒に暮らしたのじゃよ」
「同族の匂い……?」
「私も初めて知ったのだけどね、どうやら私の先祖にマナウルフィがいたらしいのだよ」
「ぶへっ!?」
想定外の返事に、竜矢は飲んでいたお茶を噴出しかけた。
「せ、先祖って。ステリさんの先祖にマナウルフィがいたっての!?」
「どうやらそうらしいね。今となっては確認のしようも無いけれど、民話ではそういう話が幾つかあるんだよ」
「ほええ~~……」
「私の家系は自分で言うのも何だが、優秀な魔術師や武術家、軍人を多く輩出していてね。おそらくマナウルフィの『血』の力が大きく作用していたのだろうね」
人間と人間以外の生物が結ばれる話は異類婚姻譚と呼ばれ、地球でも世界中に存在している。
フランスの民話にある『美女と野獣』や、日本の『雪女』『蛇女房』などが有名だろう。
異類婚姻譚で結ばれた両親の子供が活躍したという話も、やはり地球にも多数存在する。
ギリシャ神話のヘラクレスは、主神ゼウスと人間のアルクメーネーの間の子で彼の活躍はあまりにも有名だ。
日本の昔話にある『金太郎』は、坂田金時という実在の人物がモデルであるとされている。
金太郎の出生には諸説あるが、一説には八重桐という女と、赤龍との間に生まれた子というものがある。
その後の酒呑童子退治もまた有名である。
「地球にもそういう昔話は沢山有るけど、その子孫本人に会っちまうとは」
今更ながらにファンタジーな世界に来てしまったんだなぁと、妙に達観してしまう竜矢だった。
「ほころでひゅうはよ、ほれからひょうするのば?」
スーニアがクッキーを頬張ったまま言った。
「ん? これからどうするって?」
急に変わった話題を振られて、リュウヤが戸惑う。
今の言葉を理解できるのを見て、半ば呆れ、半ば微笑ましく思うステリだった。
「むぐっ、んむ。己を取り戻したとはいえ、わしの体はまだ完全には回復してはおらん。今しばらく療養の時間が必要じゃ。その後のわしらの取る行動を決めておかぬか?」
「んなもん、決まってんだろ」
竜矢は一口お茶を飲んでから、唇の端を上げて言った。
「あのクソジジイを探して、地球に帰る方法を聞きだしてやる」
「……そうか」
一瞬、スーニアの視線が竜矢から逸れる。
が、すぐに竜矢に戻した。
「まぁ、その方法が分かったとしても、帰るかどうかはその時になってみなきゃ分からねーけどな。地球とこっちとで時間の流れる速さが違ったりしたら、帰っても路頭に迷っちまう事になりかねないし。そういう時はこっちに残るかもな」
「ふむ、そうか。……ならば、わしも早く回復せねばな。あの魔術師は得体が知れぬ。わしでさえも奴には手も足も出ずに捕らえられてしもうた」
スーニアは少しだけ嬉しそうな顔をしたが、それをすぐに消すと自分を捕らえた老魔術師との戦いを語った。
気まぐれに森の中を人間の姿で散策していた時、不意に目前に現れた老人はその魔術とロストパーツの物と思われる力を振るい、マナウルフィである自分を難なく捕らえたのだと。
「わしはまだ成獣ではないが、それでも人間に遅れを取るとは思わなんだ。薄れていく自我の中で、己の未熟さが悔しくてしょうがなかったわ」
「……そうか。あのジジイ一体何者なんだろうな……」
竜矢も、自分を苦しめた憎むべき老人を思い出す。
世界の壁を越えて自分を召喚し、地獄の責め苦を与えた人物。
老人は竜矢の体を必ず手に入れる、と言い残して去って行った。
その魔力はこの世界の人間の常識を遥かに超えたものである事を、今の竜矢はその知識から知っている。
(そもそも、何で俺の体を欲しがってるんだ? 『次のわしに打って付け』とか言ってたが……。待てよ、『次のわし』?)
そこで竜矢はある推理をした。
老人とやりあった際、彼はこうも言っていた。
『今のわしには勝てぬよ』と。
『今のわし』があの老人であり、竜矢を召喚し、体を改造し、知識と魔力を与えた。
『次のわし』にする為に。
(俺の体を乗っ取って、次の『新しい自分』にする為、か!?)
そう考えれば、老人の言動にも、行動にも納得がいく。
より強く、若い体を手に入れ、それに今までの自分の記憶と力を植えつける。
そして、体を乗っ取る
いわば、生まれ変わる事になるのだ。
(クローンに記憶を移すことで、何度も復活する映画があったよな、あんな感じか? もしそうなら、俺の体と力があのジジイの物になるって事だ……。あいつ、今までもずっとそうやって、他人の体と力を手に入れてきたのか?)
常人とは比べ物にならない老人の力。
それは一体どれだけの人間の体を乗っ取り、力と知識を上乗せし、蓄積してきた物なのか。
(冗談じゃねぇぞ、あんな奴にこの力を渡したら、どんな事をしでかすか分かったもんじゃねぇ!!)
竜矢はその推理を仮説と前置きして二人に説明した。
二人とも、その顔は蒼白となっている。
「もしや、わしの体も乗っ取るつもりだったのか、あの魔術師は……」
スーニアが自分を抱きしめるように腕を抱く。
自由を奪われていたのだから、その間に乗っ取られていてもおかしくなかったのだ。
「スーニアの体を乗っ取らなかったのは、単純にその魔力を利用する為だったんじゃないかな。もしかしたら、異世界召喚に関係してるかも知れない」
「ふむ……。他人の体を乗っ取る、邪神魔術の禁呪法があったと古文書で読んだことがあるよ。成功率がとても低い上に、失敗すると術者も犠牲者も魂が消滅してしまうそうだ。けれど成功すれば、術者はこれまでの記憶を維持したまま、犠牲者の魔力を、自身の魔力に上乗せして得ることが出来るらしい。既に失われた魔術だから、まさかとは思うけれど……」
竜矢は脳内検索でその魔術を調べる。
判明したその名は、『彷徨いし虚ろなる邪神の祝福』。
ステリが言った内容そのままの禁呪であった。
「……なんと。その魔術師はこの禁呪を行使し、成功したと……」
「多分ね。そして、より強い力と体を求めて異世界の人間を召喚した。……はた迷惑なジジイだよ、まったく」
竜矢はお茶を一口飲み、一息ついてから口を開く。
「放っておく訳にはいかなくなったな……。あのジジイは俺の体を諦めても、また別の異世界人を召喚するかもしれない。俺は運良く逃げられたけど、次に召喚された奴が逃げられるとは思えない。俺の一件で、対策をしておくだろうからな。……つっても、ジジイは俺にご執心みたいだから当面その可能性は低そうだけど」
「……戦う気かい? 確かに、スーニアでさえ敵わなかった相手だ。一国の軍隊を総動員しても、勝てる可能性は無いだろう。あるのはリュウヤくらいなものだろうが……」
「ステリ婆、心配はいらぬよ。おそらくリュウヤの力は奴よりも上じゃ。魔力とは生命力の一部に過ぎぬ。リュウヤの魔力はあの魔術師が植えつけた物じゃが、それは生命力を魔力に変換して取り出す為の“窓”のような物。リュウヤはその生命力で、この世界では不死身の超人……いや、神々の子孫といわれる妖精にも匹敵する存在となっているのじゃから」
心配に顔を曇らせるステリに、スーニアは平然とした顔で言う。
さっきまで変わっていた顔色は元に戻っていた。
「それに、リュウヤだけではない。次はわしも戦うぞ、散々に道具にしてくれた礼をしてやらねばな」
スーニアは目を細め、その瞳孔が獣時のように縦に細くなる。怒りで魔力が無意識に溢れ出した。
床にいたパロツが慌ててステリの足の上に飛び乗り、ガタガタ震えている。
「スーニア、落ち着いとくれ、この子が怯えてしまっているよ」
「……む、すまん」
スーニアは魔力を収め、お茶を啜る。
「今後の方針は決まりだ。スーニアの完全回復を待って、あのジジイを探しに行こう。……多分、殺し合いになると思う。俺は人を殺したことなんて無い。地球じゃ人殺しはどんな理由があろうと、やっちゃいけない事だったからさ……。でも、あいつは絶対に止めなきゃならない奴だから」
話が一段落したと判断し、竜矢がそう締めくくった。
竜矢の中で、老人に対しての恨みや怒りと、地球人としての常識がせめぎ合う。
いざ老人と対峙した時にどうするのかは、その時になってみなければ自分でもよく分からない。
一つだけはっきりしてるのは、あの老人は決して野放しにして良い存在では無いという事だ。
ステリの心配は消えていなかったが、竜矢たちの決意を悟り、それ以上は何も言わなかった。
この日から半月ほど後、竜矢とスーニアはステリの家から旅立つ事になる。
そして老人の情報を得るべく、正体を隠してあちらこちらの村や街を巡っていた。
傭兵シェリカに会ったのは、そんな最中の事であった。
「……とまぁ、こんな所さ」
スーニアとの出会いからシェリカに会うまでの事を話し終えた竜矢は、ミルクピッチャーに入った茶を飲み、長く喋った為に渇いた喉を潤した。
「色々あったんですね~。あ、その魔術師、ギルドで調べてもらえば何か分かるかも知れませんよ?」
シェリカの言うギルドとは、傭兵や冒険者への仕事を仲介を主に行っている組織のことだ。
仕事の内容は犯罪行為を除き、近所のお使いから戦争の兵士募集まで実に幅広い。
シェリカは自分を傭兵と言っているが、戦場で戦った事はほとんど無い。それよりも遺跡の探索や、犯罪に対しての調査などを主に行っていた。
この世界では、傭兵と冒険者は明確に区別されてはいない。シェリカのように自らを傭兵と呼ぶ者もいれば、冒険者だという者もいる。
故に組織も『冒険者ギルド』『傭兵ギルド』等のように分かれてはおらず、単に『ギルド』と呼ばれている。
ギルドは各国の管理の枠外にある独立組織であり、ほぼ人類の生活圏すべてにネットワークを広げている。
人探しの依頼なども勿論できるし、発見率も高いのだが……。
「あ~、俺もスーニアも素性を誤魔化してギルドに登録してるんだよね。んで、依頼は出してるんだけど、今のところ情報ナシ。ここんとこバタバタしてたからギルドに顔出してないけど、多分状況は変わってないんじゃないかな」
「ギルドの情報網でも簡単に見つからない、と……厄介な相手ですね。本当に早く見つかるといいですね」
ミルファルナの言葉に頷く竜矢。
と、その横にいるラディナが呆けたような、奇妙な顔をしていた。
「ラディナ姫、どしたん? なんか顔が面白くなってるよ?」
「あ、い、いや……。リュウヤ殿? その、ステリ・マグノワイヤーという御仁がどんな方なのかご存知なのか……?」
「え? いや、ステリさんの事は引退した腕の良い魔術師としか知らないな。
詳しく聞いたこと無いからなぁ。あれ、もしかして有名人だったの?」
「ゆ、有名などというものではない!」
急に立ち上がったラディナは興奮気味を通り越し、興奮しながら喋りだした。
「魔術大国ジュマルの宮廷魔術師に、是非にと求められたほどの凄腕の術者だ! 魔術だけでなく双剣使いとしても知られた魔術剣士で、若い頃は冒険者として悪竜退治をはじめ、数々の武勇伝を残している! 特に小さな村を襲った二匹の魔獣を、友の赤子を抱きながら一人で打ち倒したという話は、吟遊詩人にとっては必修の話と聞いている! 私の憧れであり、目標ともいえる御方なのだ!」
「そ、そんな凄い人だったんか……。気の良い、優しいお婆ちゃんにしか見えなかったよ」
「そういえば、私も名前だけならチラッと聞いたことあるかも……。何十年も昔に活躍した、すっごく強い双剣の魔術剣士がいたって。付いた二つ名が確か……『風雷双剣の魔剣士』」
「そう! まさにそれだ!」
「ヒィッ!? すいません!」
惚れ惚れするような力強さで、ラディナはビシィッとシェリカを指差した。
あまりの迫力にシェリカは思わず謝ってしまう。
そんな事は気にせずに、ラディナは熱く語り続ける。
「風の魔剣と雷の魔剣を己が手のごとく自在に振るい! その魔術は悪竜の炎の吐息に勝るとも劣らない! 何度この話を吟遊詩人を呼ぶたびに歌ってもらった事か……!」
普段のラディナからはまったく想像できない興奮ぶりに、全員口が半開きである。
そんな事はお構い無しに、ラディナは竜矢に詰め寄った。
「リュウヤ殿! 頼む! マグノワイヤー殿の居られる所を教えてくれ! ぜひ城に招待を……いや、ここはまず書状を送ってから、こちらから出向くのが礼儀というものだろうな! ああ、幼い頃から憧れた方に会える機会が来ようとは……!」
ラディナの周りに無数の花や、美しい蝶やら鳥やらが現れたかのような錯覚に陥る一同。
が、次の竜矢の言葉にその幻覚はポシュン、と擬音を残して消えた。
「あ~その、ゴメン、それ無理」
「な、なに!? 何故だ!?」
「ステリさんとの約束なんだよ、自分の居場所は誰にも教えないでくれって。のんびりと余生を過ごしたいんだってさ」
「そ、そんなっ……?」
二、三歩後ろによろける様に後退ったラディナは、両の手足を地に付いてガックリとうな垂れた。
お姫様のリアル、オー・アール・ゼットな姿に、竜矢の心がチクチク痛む。
あまりのガックリぶりに、ミルファルナが彼女の側に寄ってその背中をさすって慰めつつ、縋るような視線を竜矢に向ける。
チクチクがいっそう強くなった。
「あ、え、ええと、まだ先の話だけど、ステリさんにはそのうち顔見せに行く積もりだからさ、手紙を預かるくらいなら……」
「本当か!?」
体の上に圧し掛かっていた大量の縦線を掻き消して、ラディナが顔を上げた。
希望に満ち溢れた笑顔、とは正に今の彼女の顔だ。
「ぜひ頼む!! よし、そうと決まれば早速書状をしたためよう! リーラ!」
「はい、すでに用意しておりますよ」
リーラの方を見てみれば、いつの間にやら部屋の片隅にある机の上に、新品の紙と羽ペン、封筒、封印用の蝋とシーリングスタンプがすぐ使えるようにきっちり準備されていた。
「だから、まだいつ行くか決めてない……って、い、いつの間に用意を……」
「わしでも気付かなかったぞ……」
竜矢とスーニアが驚きに目を見張る。
そんな二人に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「シーナさんが手伝ってくれたので、すぐに用意できましたわ」
「私が手伝ったのは、少しだけですよ」
笑みを交し合う侍女二人。
本当に有能な侍女たちであった。