23話:謀反未遂の後始末
二国のクーデター編、これにて終わりです。
そして、次への繋ぎ的お話。
「たまげたわい……」
老魔術師は静かに言った。
ゼウルたちが拠点としている古代遺跡に、老魔術師たち四人の姿があった。戦場から転移魔術で移動したのである。
竜矢が使った『オリジナル』魔術に、彼は大きなショックを受けていた。
彼は常人の何倍もの時間を生きてきた。
これまでの長い人生の中で、あのような内容が全く理解出来ない謎の魔術に出会ったことは無かったのだ。
「大教祖様……異世界人が使ったあの魔術は一体……」
ゼウルが掠れた声で問いかける。
彼もまた、『オリジナル』魔術に度肝を抜かれて半ば茫然自失としていた。
「あれは、あ奴の世界の言葉で作られた魔術じゃろうな」
「異世界の言葉……」
「じゃが、その言葉はわしらの使う魔術文字を遥かに凌ぐ力を持っておるようじゃのう。わしは生命力の強い世界の住人を選んで強制召喚したんじゃが、どうやら強いのは生命力だけでは無かったようじゃ。どれだけの歴史を持つ世界なのか分からんが、大したもんじゃわい」
老魔術師は淡淡とした声で語る。
だが、その表情は嬉しくてしょうがないといった風に、皺だらけの顔に笑みを浮かべていた。
それを訝しげに見るゼウル。
「それに、単に言葉を置き換えるのではなく、魔術式その物を改良したようじゃな。その知識、発想力……この世界の住人には無いものじゃ。ロストパーツを生み出した超古代文明に通じるものを感じるわい。ゼウルよ、あの力を手に入れれば、怖いものなど何も無くなるのう?」
「そ、それはそうですが……」
あれだけの力を持つ異世界人を相手に、どうすればそんな事が出来るというのか。
「楽しみじゃよ、その時がのう。ふぉふぉふぉ……」
ゼウルの疑念をよそに、老魔術師は笑みを崩さないままだった。
ルーデンとダルゼットの謀反が未遂に終り、一ヶ月ほどの時間が経った。
二人の屋敷から謀反に荷担していた者たちの名簿や血判状が見つかり、両国では貴族たちを中心に混乱が生じていた。
有力貴族の半数が関与していただけ有り、捕らえられる者や他国に亡命しようとする者、自分から名乗り出て減刑を嘆願する者が続出したのだ。
中にはルーデンたちに弱みを握られて仕方なく仲間になっていた者もおり、それぞれに応じた刑罰を与える為に裁判所は連日フル稼働の状態だ。
しかし、亡命を望んだ者たちは近隣諸国のどの国からも、受け入れを拒否された。
この戦乱の時代、本当ならば他国の情報を持っている貴族の亡命者は、むしろ歓迎されてもおかしくない。
それが受け入れられなかった理由は、竜矢とスーニアだ。
戦場でキドニア、パルフストの両軍に姿を見られた二人は、ひとまずパルフストの城へと行くことになった。
勿論、ボアズも恩人である二人をキドニアに連れ帰る事を主張したのだが、単純に距離が少し近かった事を理由にスーニアがパルフスト行きを許可したのだ。
竜矢が疲労から目を覚まさなかったせいもある。
ラディナとボアズは竜矢たちの事を口外しないよう、兵士たちに厳重に禁じたが人の口に戸口は立てられない。
両軍が帰還してすぐに、キドニアとパルフスト両国の危機を救う為、妖精と神獣が現れた、という噂が国民の間に流れたのだ。
軍に紛れ込んでいた他国の間諜たちもその情報を持ち帰った為に、信憑性が高い噂として国内外に広く知れ渡ることになった。
その結果、キドニア、パルフストと敵対関係になる可能性を持つ国は一時、事態を静観する事に決めたのだ。
神々の子孫と言われる妖精と伝説の神獣マナウルフィ。
この二者を好きこのんで同時に敵にしたがる国は無かったという事だ。亡命者を受け入れなかったのはこれが理由である。
亡命を考えた貴族たちは残らず捕まることになり、財産と領地を没収されてお家お取り潰しとなった。
進んで協力した者たちは、極刑となって処刑台の露と消えていった。
そうでない者たちは財産の一部没収や、貴族としての身分を降格、または剥奪されて平民に落とされた。
これでも処分としては、破格の温情を込めた裁きといえるのだ。
何しろ一国の転覆を謀った大犯罪である。本来ならば、一族郎党同じ処分を受けてもおかしくはない。
一族の責任を問うて処分するのは、他に似たような犯罪を犯さないように見せしめ的な意味も有る。権力の維持としては、よく使われる方法だ。
そうならなかったのは、竜矢のこの一言が原因だった。
『いくら血族だからって、罪の無い者まで処分するのは俺は好きじゃねーなぁ……』
竜矢の地球人としての感覚では、それがどうしても納得できなかったのだ。
しかも、今の竜矢は神獣を従えて二国を救った英雄だ。
レグリオスとクロフォードは伝心カードで極秘会談を行い、竜矢の機嫌を損ねないようにする為、今回の温情判決となったのである。
そうとは知らぬ国民たちの間では、二国の王は情に厚い御方だと評価が高まり、支持率がアップしたのだが王たちにとっては嬉しい誤算だった。
ルーデンたちが使ったロストパーツの出所については調査中だが、あまり芳しくない。
本体が粉々になってしまった為、情報が無いに等しいのだ。
逃がした邪教徒三人と、老魔術師の事は竜矢の召喚の事も含め、全て伝えてある。何か分かればすぐに竜矢たちにも伝えて貰う事になっている。
そして、竜矢とスーニアはどうしているのかというと……。
「そうか、人質になってた御者さんの家族は無事だったんだ」
「ええ、男の子と女の子の幼い兄弟でして、ルーデンの命令で殺すように言われていたのを密かに匿っていたそうです。そうしている内に情が移ったらしく、二人を引き取りたいと申し出てきました。元々その貴族は弱みを握られていて、やむなく命令に従ったのだという事と、二人を助けていた事を考慮して財産のごく一部を没収しただけで終りました」
「弱みとは何だったのじゃ?」
「五年ほど前に、幼い我が子を病で失っているのです。奥様はその子を産む時にお亡くなりに……。子供を救うのに高額な薬が必要だったのですが、流通している量も少なく、ルーデンに借金をして非合法の闇ルートから購入したのだとか……」
「なるほどねぇ……辛かったろうな」
「でも、子供たちを引き取る事が出来てとても喜んでいましたよ。その兄弟もよく懐いていましたし」
「そっか……。良い家族になれそうだな。ウンウン、良かった良かった」
ここはパルフスト城のラディナの部屋である。
竜矢とスーニアは客室を一室与えられ、そこで生活していた。
何しろ二つの国を救った、伝説の神獣を従える異世界人の英雄である。クロフォードからは『良ければ一生ここで暮らしてはいかがか?』とまで言われているのだ。少なくともクロフォードはかなり本気で言っている。
ラディナも是非そうして欲しいと言っているので、先の事はともかく、ひとまずの住処として厄介になる事に決めた二人であった。
しかし、キドニアとしても二人を放っておく手はない。
恐らく、大陸どころか世界規模で最強の力を持つ二人なのだ。
味方に付ける事が出来れば、ソルガルド帝国やジュマル王国のような大国に軍事力で大きく劣る二国にとってこの上もない福音となる。
そこで、二人との関係を強化する為に、ミルファルナと侍女のシーナがパルフスト城に暫く滞在する事になったのだ。
彼女はレグリオスから、『出来る事なら、二人を我が国に連れてきなさい』と言われている。
もっとも、竜矢もスーニアも自分たちの立場を理解しているので、簡単に利用される積もりなどさらさら無いのだが。
この事は王たちよりも、その力を間近で見た二人の姫の方が良く分かっており、竜矢たちに『いつでも好きなように行動してくれて構わない』と伝えている。
この二人を縛る事など、誰にも出来ないと分かっているのだ。
ちなみに、シーナとはミルファルナの護衛団に同行し、ボアズたちと一緒に捕まっていた侍女の一人である。
「皆様、シェリカ様がお見えになりました」
「こんにちわー、お菓子買ってきましたよー」
そして、シェリカはほぼ毎日、町でお菓子や名物料理などを買い込んでは二人へ送り届ける事が日課になっていた。
竜矢たちは一段落したら美味い物の食べ歩きでもしようかと計画していたが、二人の事は今は重要機密扱いになっていて自由に出歩けないのだ。
これは、他国の間諜の目を眩ますのが目的だ。
信憑性が高いとはいえ、二人の事は今は噂のレベルに留まっている。その存在が公に知られる事になれば、熾烈な引き抜き合戦が行われるであろう事は想像に難くない。
他国の勢力が大量に国内に入り込めば、表面上は分からなくても裏側でどれだけの謀略が繰り広げられるか分かったものでは無い。
国内が安定するまで、存在を秘密にしたいという王二人の願いを竜矢が了承したのだった。
「ちょいど良い頃合いだな。リーラ、皆に茶を入れてくれ」
「はい、姫様」
「私も手伝いますわ」
「では、シーナさんは食器をお願いします」
テキパキと茶の準備をする二人を見て、竜矢はいつも感心する。
動きに無駄が無く、流れ作業のように滞る事がないのだ。
普段の仕事ぶりを見ても、ラディナが飲み物を欲しがりそうになる少し前に用意を済ませていたり、ミルファルナが捜し物をすると、あっさりとそれを見つけ出したりする。
実に有能な侍女たちであった。
「うーん、プロだ」
「はい?」「どうかしましたか?」
竜矢の呟きが聞こえたのか、侍女二人が彼を見る。
「いや、手際良いな~と思ってね。うん、二人とも良い嫁さんになれるわ」
一瞬キョトンとした顔をした二人が、音が出そうな勢いで顔を赤くした。
「そ、そんな、私など……」
「い、いやですわ、リュウヤ様ったら、もう、ご冗談を……」
「いや、冗談じゃなくて本心なんだけど……」
「リュウヤ殿、二人をあまりからかわないでくれ。ほら、照れてティーカップに茶葉を直接入れている」
「はれっ!?」「ひゃっ!?」
ラディナの言葉に正気に戻ったのか、慌てて茶葉を元に戻す侍女たちだった。
「うーむ、からかった積もりは無かったんだが……」
「リュウヤ様に言われたから照れたのだと思いますよ?」
「ひ、姫様っ!」「ミルファルナ様、そ、それは……!」
クスクスと笑いながら言うミルファルナに、二人は更に顔を赤くする。
「我が主には、そういう事は中々通じんぞ? とにかく鈍いからの」
「その様ですわね……」
スーニアの半ば諦めたような声に、ちらりと竜矢を見て同意するミルファルナ。
訳が分からない竜矢は首を傾げるばかりである。
「今日はですねー、リンプルの実を生地に混ぜて焼いてあるクッキーですよー」
茶の並んだテーブルの上で、シェリカが持っていた袋から菓子を取り出した。
「リンプルの実を? あれは酸味が強くて食用には適さないと思っていましたが」
リンプルとは地球のカリンに似た果物で、シーナの言うように酸味が強くてあまり食べられる事はなく、果実酒に使われる事が多い。
「何でも、時間を掛けてじっくりと特製スープに漬け込んだんだとか。それを更に天日で十日ほど干すと、熟成してほどよい酸味と甘さが出るんだそうです。どちらかというと、大人向けのお菓子ですねー」
「へー、どれどれ……ング、ムグ……」
竜矢が一抱えもありそうなクッキーを両手で持って齧り付く。
何しろ身体のサイズがサイズなので、どんな食べ物でも抱きかかえる事になるのだ。
最初はラディナやミルファルナが適度なサイズに切ったりしていたのだが、竜矢が『面倒だからそのままで良いよー』と言って、そのまま齧り付くようにして食べるようになった。
その光景を見て女性陣が思ったのは、
(か、可愛い……!)
である。
例えるなら、ハムスターやリスが大きな餌を懸命に齧って食べているようなものか。
実に“ラブリー”な光景なのだ。
「あ、結構美味いわ、これ。スーニアも食ってみ?」
「うむ、シェリカ」
「はいどうぞ」
シェリカがスーニアの口に、半分に割ったクッキーを持っていく。それを口にくわえると、スーニアは味わうようにゆっくりと食べた。
シェリカはすっかりスーニア付きの侍女のようになっている。
本人も悪い気はしていないようなので、竜矢も特に何も言わないようにしていた。
「ふむ、悪くないの。動物の物は使っておらんし、わしにも食べられる」
「良かった~」
スーニアの言葉に、シェリカは満面の笑みをこぼす。
「それにしても、まさかスーニア殿が動物の肉を食べられないとは……。神獣であるが故、といった所ですか」
「まあそうじゃな。わしが食べる事が出来るのは果物や野菜だけでの、動物からとった油や骨を煮込んで作ったスープなども駄目じゃ」
ラディナの言葉に、スーニアは次のクッキーを頬張りながら答える。
マナウルフィは『大地の獣王』や『獣神の使い』等とも呼ばれる事があるが、肉食ではなく草食なのだ。
もっとも、何も食べなくても自然界の魔力を吸収して生きる事が出来るのだが。
他の魔獣でこのような力を持っているのは少なく、完全に魔力の吸収だけで生きる事が出来る魔獣はいない。マナウルフィが神獣と呼ばれる理由の一つである。
「そーいや、それで最初は苦労したっけな……」
カップ代りのミルクピッチャーに入った茶を飲み干して、竜矢が苦笑いしながら言った。
全員が一斉に竜矢を見る。
「リュウヤ様? ご苦労なさったとは?」
「ん、ああ、スーニアにメシを作ってやった事があったんだけど、その度に吐いちまってさー」
「あれはしょうがなかろう、お前も知らなかったのじゃし、わしもあの状態だったしの」
「まあな……。大して時間は経ってねーけど、妙に昔の事のように感じるな」
「フ……そうじゃの」
何やら自分たちの世界に入ってしまった二人を、ラディナたちが見つめる。
それに気付いた竜矢が頭を掻きながら微笑んだ。
「丁度良いから話しちまおうか、俺とスーニアの出会った時の事を。どうだ? スーニア」
「……まあ良かろう、わしとお前の繋がりを教える良い機会じゃ」
スーニアの同意を得て、竜矢は静かに語り始める。
それは約半年ほど前、竜矢と老魔術師の戦いが終った直後の事からだった。
という訳で、次回からは予定通り竜矢とスーニアの過去話編になります。
過去といっても、半年程度なんですけどねw