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21話:“老い”と“腐”の暴走

今回、ちょっとグロイシーンがあります。


 戦いに集中していたルーデンとダルゼットの両陣営が、突然背後に現れた母国の軍に気付くのにさほど時間は掛からなかった。


 魔術によって増幅された降伏勧告の声が戦場に響き渡り、戦っていた兵士たちの動きが止まっていく。

 謀反が失敗したと、はっきり分かった瞬間だった。


「馬鹿な……。いくら何でも早過ぎる……!」


 ルーデンは自分の読みが外れた事に愕然としていた。

 王都からここまで、軍を編制して到着するのに最低四日は掛かると踏んでいた。


 それだけあればダルゼットを倒し、ロストパーツを奪うには十分。後はどうとでもなる筈だった。

 そして、それはダルゼットにとっても全く同じ事だった。


「こんな……! こんな事が……!」


 自分の手から逃れたラディナ姫が、何故王都の軍の先頭に立っているのか。

 これもルーデンの仕業なのか。だが、それなら奴の背後に見えるキドニアの軍は何なのか。


 混乱に陥る頭の中で、分かった事は一つ。

 自分たちの野望が、潰えたという事だけだった。

 それが、二人の狂気に火を付けた。


「これまで、か……。だが……! ダルゼットだけは……!」

「ルーデンだけは生かしておけぬわぁっ!」


 二人は懐から取り出したロストパーツの腕輪を右腕に装着し、自身の魔力を注ぎ込んで発動させた。


 ルーデンの物は、白と黒の剣が互いに蛇のように絡み合っている意匠で、剣先で挟むように灰色の水晶の様な宝石が填め込まれている。

 ダルゼットの物は、無骨な何の飾り気のない銀色の太い腕輪だ。一つだけ、大きな黒い宝石が填め込まれていた。


 二つの宝石が、同時に滑るような輝きを放つ。

 動きを止めた戦場に、禍々しくも強大な力が解放された。

 ルーデンの腕輪から、灰のような細かい何かが煙のように吹き出し、戦場を包み込んでいく。


「なっ、何だ!? こ、れぇはひゃぁ……?」


 灰に包まれた者たちの身体が見る見るうちに萎び、艶を失って皺だらけになっていくではないか。彼らはそのまま全身が皺だらけになり、痩せ衰え、立っている事も出来なくなって次々と倒れて息絶えていく。


 死因は、“老衰”であった。

 ルーデンのロストパーツの力とは、生物を強制的に老いさせ、死に追いやる物だったのだ。


 対するダルゼットの腕輪からは、黒いタールのような液体が流れ出し、それは凄い早さで地に広がって戦場の地面を黒く染めていく。

 ビチャリ、とそれを兵士の一人が踏んだ。


「うわっ、何だこりゃ……!? よ、鎧が……腐って!?」


 液体に触れた鎧が、急速に錆び、腐食していく。

 だが、それで終わりではなかった。

 鎧が腐り、開いた所から液体に触れた肉体までが“腐って”いったのだ。


 しかし、不思議な事に痛みは感じない。

 兵士たちがそれに気付いたのは幸運だったか、不幸であったか。

 足から少しずつ身体が腐り、ゆっくりと身動きが取れなくなっていくのだ。


 彼らは腐り落ちていく自分の身体に悲鳴を上げ、為す術も無く見つめる。もがき、逃れようとするが既に遅かった。

 液体から逃れても、一度付着した少量の液がそのまま身体を腐らせていくのだから。


 ダルゼットのロストパーツの力は、生物だろうが無機物だろうが問答無用で腐らせて滅ぼすものだったのだ。

 どちらも、凄まじくもおぞましい力を持つロストパーツである。


 もはや敵も味方も関係なく、ルーデンとダルゼットは感情に任せて魔力を振り絞り、戦場を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えていった。




「あれが奴らのロストパーツの力か……! 進軍停止! これ以上近付くな!」


 込み上げてくる吐き気を押さえ、ラディナは通達を叫ぶ。見れば、キドニア軍も進軍を止めていた。

 もし何の情報もなく彼らと戦っていたらどれほどの被害が出ていたのかと考え、ラディナは背筋に冷たい物が流れるのを感じていた。


「ひどい……」

「何も考えず、ただ敵を葬る事のみを考えたロストパーツのようじゃ……。惨いものじゃの……」


 彼女の側にいたシェリカ、スーニアも苦い声を上げている。


「あそこまで、えげつねーもんとは……。姫さん、対抗手段はあるか?」

「……我が王家に伝わるロストパーツを借り受けてきたが、あれに対抗できるとは思えん」


 竜矢の問いに、ラディナは頭を横に振った。

 クロフォードは彼女の出発前に、パルフスト王家に伝わるロストパーツを貸し与えていた。


 それは魔力による強固な防御壁を作り出す物で、使用者の前面に幅約百メートル、高さ約十メートルの防御壁を出現させる。防御力に関しては城塞都市の城壁をも上回る力を発揮するが、側面や背後、上空からの攻撃には効力を発揮しないのだ。


 あの灰や液体に回り込まれたりすれば、為す術もなくやられてしまうだろう。

 説明を聞き、竜矢は唸って考え込んでしまう。

 その時、兵士の一人が青色と赤色の二枚のカードを持って近付いてきた。


「ラディナ様! キドニア王国軍、近衛騎士団団長のボアズ殿から連絡が入ってきております!」

「分かった、伝心カードを」


 ラディナはカードを受け取ると、青い方を耳に、赤い方を口の前に持っていった。

 このカードは言わば魔術版の携帯電話であり、離れた者と会話する事を可能とする。五十年ほど前、ジュマル王国でロストパーツを解析して作られた数少ない物だ。


 青いカードは相手の声を伝え、赤いカードは自分の声を相手に伝える役割を果たす。

 ただし、相手も同じ道具を持っている必要がある上、使う為には予めカードに使用者を登録する必要があり、登録した者同士でのみ会話が出来る。


 使われている技術や材料が希少な為、一国の国家予算並みに高価なのが欠点といえるだろう。

 これらの使用条件や価格の面から、使えるのは王家や貴族のごく一部の人間に限られている。しかし、この世界では画期的な発明で、今では世界中の国々で使われていた。


「ボアズ殿? 私はパルフストのラディナだ。……そちらもか、こちらも手が出せない状況だ。ただ、これは私の見解だが……奴らのロストパーツはそう長く使える代物とは思えん、使用者の魔力が尽きれば活動を停止すると思う。それまで手は出さない方が良いだろう」


 ラディナの助言もあり、対抗する手段が無いキドニア軍の方も今は事態を静観する事に決まった。

 戦場で動く者はもうほとんどおらず、持てる魔力をひたすら使い続けて互いを倒そうとするルーデンとダルゼットしか残っていなかった。


 空中を進むルーデンの灰は、ダルゼットの周りをボールのように薄い皮膜で覆った黒い液体に阻まれている。

 地を進むダルゼットの液体は、やはりルーデンの周りをボールのように包んで守っている灰に阻まれていた。


 が、灰も液体も少しずつその動きが弱まり、体積が減りつつある。ラディナの読み通り、二人の魔力が減るのに比例してロストパーツの力が弱まっているようだ。

 もはや、どちらの魔力が先に尽きるかの持久戦の様相を呈し始めていた。




「……ふーむ、あの二人の力では、ここまでのようじゃのう」


 膠着状態に陥ったルーデンたちを眺め、老人が呟いた。

 横に立ったゼウルが同意するように頷く。


「その様ですな……そろそろ戻りますか?」

「ここで終らせては面白くなかろう? あの異世界人の力も見ておらんしのう」


 老人は不気味に笑うと、幾つもの指輪を嵌めている右手を持ち上げる。

 指輪の一つが怪しく光ると、そこから小さな弾丸のような、白い光の玉が放たれた。

 それは緩やかな弧を描き、ルーデンとダルゼットの持つロストパーツへと吸い込まれるように消えていった。


「さて、どう出るかのう? 異世界人の小僧よ……」




「何だ……?」


 竜矢は戦場から離れた山の中腹から飛来した、小さな何かに気が付いた。

 それはルーデンとダルゼットのボール状の結界を難無くすり抜けると、それぞれのロストパーツに吸い込まれていった。


「どうかしたか? リュウヤ殿」

「姫さん、今の気付いたか?」

「いや……、何の事だ?」

「わしにも見えたぞ、何かがあの山からロストパーツに向かって飛んで行ったな」


 ラディナは不思議そうな顔をしたが、側にいたスーニアが竜矢に同意して山の方を睨み付けた。

 そして、唸り声を上げて言った。


「リュウヤ! 奴じゃ! あの魔術師があそこにおるぞ!!」

「なに!?」


 スーニアの目は、自分と竜矢を苦しめた憎むべき敵の姿を捕らえていた。

 竜矢もスーニアの見ている山の方を見たが、距離が離れているので人が居るのかどうか分からない。


 竜矢は魔術で視力を強化してもう一度見ると、老魔術師と取り逃がした邪教徒の三人が居るのを確認した。


「あのジジイ……! 何であんな所に居るんだ? それにあの三人まで……」

「リュウヤ、そんな事はどうでも良かろう。今なら奴らをまとめて捕らえられるぞ!」

「そうだな、行くか! ……ん?」


 飛行魔術で飛び出そうとした竜矢は、戦場に起こった異変に気が付いた。

 弱くなっていた筈のルーデンたちのロストパーツの力が、再び強くなっていたのだ。


 灰と液体の動きが激しくなり、戦場となっている平原を飲み込もうとする勢いでその量を増していく。

 灰色と黒が大きな音を立てながら渦を巻き、もうルーデンたちの姿も見えなくなってしまっていた。


「これは一体……何が起こっているんだ……?」


 この光景を見て、ラディナが呟いた。

 竜矢は脳内を検索し、この現象に該当する情報を調べてみる。

 その結果は……。


「ヤバイぞ……! ロストパーツの力が暴走してやがる!!」


 竜矢の言葉に近くにいた全員が驚愕し、恐怖の表情を浮かべた。

 ソルガ帝国の時代、使われたロストパーツが暴走して多大な犠牲者が出たという昔話は、教訓的な物として軍人ならば殆どの者が知っている。


 近年でも発見されたロストパーツが暴走し、家を丸ごと吹き飛ばした等という事が時々起こる為、ロストパーツは国によって厳重に管理されているのが普通だ。

 それが二つも、目の前で暴走を開始しているのだ。


「クッ……! 全軍後退せよ! 急いでこの場から出来るだけ離れるのだ! 急げ! キドニア軍にも暴走の事を伝えねば……!」


 ラディナの命令に従い、討伐軍が後退を開始する。だが、一万という人数の多さが災いしてゆっくりとしたものだ。


 ラディナの連絡で暴走を把握したものの、キドニア軍も同じ状態のようでその動きは遅い。どちらの軍もその後方では状況を完全に把握しきれていないのが、遅くなっている理由の一つだ。


 だが、暴走の範囲は広がる一方であり、既に平原は八割ほどが渦に飲み込まれている。その早さも勢いも、加速度的に上昇しつつあった。

 このままでは、両軍の後退が間に合わずに飲み込まれてしまいかねない状態だ。


「あのジジイの仕業かっ!? このままじゃマズイな……!」


 竜矢は意を決してラディナたちの方を向いて言った。


「俺が暴走を食い止める! その間に安全圏まで撤退してくれ!」

「リュウヤ殿!? いくら貴公でも……!」

「大丈夫だよ、スーニアも一緒だ……だろ?」

「無論じゃ」


 竜矢の言葉に、スーニアは即座に返事をして頷いた。


「パルフストの姫よ、迷っておる暇は無い筈じゃぞ。急ぐが良い」

「っ……! 分かった、貴公らの力を信じるぞ……! 全軍、全速後退!」

「キドニア軍の方にも俺らの事を伝えといてくれ。行くぞ、スーニア!」

「うむ!」


 飛行魔術で渦に向かって飛びだした竜矢の後を追い、スーニアも地を駆け出して行った。


「……二人が向かった事を、キドニア軍に伝えなくてはな……」


 二人の姿を見送ったラディナは、心配しながらも奇妙な高揚感を感じていた

 彼らがまた、歴史に残る大きな事を成し遂げるのではないか……。そう思えたからだった。



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