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20話:老魔術師の狂笑


「消えた……」


 ミルファルナが呟いた。

 突風によって巻き上げられた砂塵が晴れた時、目の前にいた筈の一万の軍勢は跡形も無く消え失せていた。


「成功、したのか?」

「間違いなく、成功しておりまする」


 レグリオスの疑問に答えるように、その背後から声が掛かる。

 そこにいたのは、キドニア王国宮廷魔術師、ザルフルド・グラウスマンであった。

 彼はレグリオスよりも少し遅れてこの場に来ていた。


「ザルフルド、何故成功したと分かるのだ?」

「風です、それが転移魔術の特徴なのですよ」


 転移魔術は対象が消える際、その開いた空間に周りの空気が流れ込む。

 それが原因で一瞬の風が発生するのだ。

 通常は多くても十数人位の移動が主なので、それほど強い風は発生しない。


 しかし、今回は一万人だ。移動した対象の体積が多い分、流れ込む空気の量も大量になる。

 それが突風を生み出したのだ。

 その説明を聞き、レグリオスは納得して頷いた。


「それにしても、本当に一万の人間を転移させるとは……。長生きはするものです」


 先代国王の時代から王宮魔術師を務めるザルフルドは、蓄えた白い髭を撫でながら嬉しそうに言った。

 ミルファルナはそんな師に微笑みながら、心の中で竜矢たちの無事を祈るのだった。




 そして、その一万の軍勢は国境近くの平原へと出現していた。

 少し離れた所から戦いの音が聞こえてくる。ルーデンたちが戦っている場所のすぐ近くに出たようだ。


「本当に……成功した……!」


 兵士の一人が、呻くように呟いた。

 竜矢が強い力を持つ魔術師と聞いても、半信半疑だった者が大半である。

 その彼が桁外れの偉業を成し遂げた瞬間に立ち会った興奮が、全軍にさざ波のように広がっていった。


「フゥッ……成功、だな」

「リュウヤ!」


 軽く溜め息をついた竜矢の側に、姿を現したスーニアとシェリカがやって来た。

 突然現れた伝説の神獣とその背に乗る女に、兵士たちが驚いて後ずさる。


「成功したのう……身体は大丈夫か?」

「あー、大丈夫だ。あと五回は行けんぜ? 二人とも見張りご苦労さん、何か変わった事は?」

「既に戦闘は始まっていますが、まだロストパーツは使われていません」


 それを聞き、竜矢は肩と首をコキコキ回して気合いを入れ直した。

 実際には鎧が擦れてガリゴリとしか音はしていないが、この辺は気分的なものである。


「そっか、じゃあ急いでパルフストの軍も移動させないとな。ボアズさん、後の事は……」

「承知している。リュウヤ殿、疲れているだろうが……」

「大丈夫ですって。んじゃ、行ってきますわ」


 竜矢は自分だけを転移させる為、『抱擁されし久遠の来訪者』を発動させる。

 再び現れた小さな二つの魔術式が輝くと、竜矢の姿はこの場から消え失せていた。




「報告します! リュウヤと名乗る魔術師が来たそうです!」

「来たか!」


 天幕の中で腕組みをしながらじっと目を閉じていたラディナが、兵士の報告を聞いて弾かれたように立ち上がり外へと飛び出していった。


 眼前にはキドニアと同じく、パルフスト王都の郊外にある平原に整然と集結した、約一万のダルゼット討伐軍の姿がある。

 そして、その前に竜矢の姿があった。


「リュウヤ殿!」

「よっ、姫さん。お待ちど~」


 竜矢の側にいた数人の将軍たちや兵士たちが、ムッとしたように険しい視線を竜矢に向ける。

 ラディナもミルファルナと同じく国民の人気が高い姫であり、双剣姫の名はパルフスト国民の自慢となっている。


 強さと美しさを兼ね備えたこの美姫は、兵士たちにとっては命をかけて仕えるに値する存在だ。

 彼らもクロフォードから竜矢について通達を受けてはいるものの、実際に会ったのがラディナ、リーラ、クロフォードしかいないのでどんな人物か測りかねていた。


 それがいきなり姿を現すなり、ラディナ姫に無礼とも言える態度で馴れ馴れしく返事をしたのだ、剣呑な雰囲気になるのも当たり前であった。

 当の竜矢はそんな視線を受けてもまったく気付いていないので、平然としていたが。

 鈍感というのは、こういう時は便利である。


「リュウヤ殿、待っていたぞ! キドニアの方はどうなった?」

「上手くいったよ。ただ、もう戦闘が始まってる。すぐにこっちの軍も転移させるよ」

「そうか……。こちらの準備は全て整っているが、少しくらい休んだ方が良いのではないか?」


 ラディナが心配するのも当然だろう、歴史に残るであろう大魔術を成功させたのだから。

 そんなラディナに竜矢は冗談交じりで答えた。


「大丈夫だよ。何なら姫さん抱えて空飛んで証明しようか?」

「そ、それは断固として遠慮する!」


 慌てる彼女を見て、竜矢は可笑しそうに笑い声を上げる。

 ラディナも自然と肩の力が抜け、微笑みを浮かべた。


「……フ、そんな冗談を吐けるようなら、確かに大丈夫だな」


 そんな二人を見て、周囲の人間たちは竜矢に対する最悪だった第一印象を修正した。どうやらラディナとかなり懇意な間柄らしいと思ったようだ

 そして、微笑みを消したラディナが全軍の前に立ち声を張り上げた。


「兵士たちよ! 彼がダルゼットに捕らえられていた私を、その凄まじいまでの魔術によって救い出してくれたリュウヤ殿だ!! これより、彼の転移魔術によって我らダルゼット討伐軍は奴の背後へと転移し、奴を討つぞ!!」


 双剣姫の美しくも力強く響く声に、兵士たちからときの声が上がる。

 それに合わせるように、竜矢の全身が赤く光り輝く。

 ダルゼット討伐軍の足下と空の上に、再び巨大な魔術式が出現する。

 兵士たちの上げる驚愕の声を聞き流し、竜矢は声を上げた。


「時間がねーんで、ちゃっちゃと行くぜえっ!! 発動……『抱擁されし久遠の来訪者』っ!」


 赤い光に包まれて、パルフストから一万の軍勢が姿を消していった。




「予想以上の力だな……」


 王宮のテラスからもはっきりと見えた巨大な魔術式を見つめ、クロフォードは呟いた。

 彼はレグリオスと違い、軍の指揮をラディナと信頼できる将軍たちに任せ、自分は反乱勢力に対抗する為、色々と手回しをするべく王宮に残っていた。


「あれだけの力を持つ者は、魔術大国ジュマルにも居ないでしょう。我が師、ザルフルド様もきっと驚いたでしょうな」


 その背後に控えていたパルフスト王国宮廷魔術師、イーヴェン・ロウラスが言葉を繋いだ。彼はザルフルドの弟子の一人であり、かつては彼の後継者とまで言われた天才魔術師である。


 いずれは彼の後を継ぐと思われていたが、パルフストの生まれである彼はキドニアではなく故国でその力を役立てる事を望み、ザルフルドもそれを了承した経緯があった。


 ザルフルドのお墨付きもある事で力を認められ、二十四歳の若さでパルフストの宮廷魔術師になった人物である。


「帰ってくるのが待ち遠しいですよ。ぜひ、色々と魔術について話を聞きたいものです」


 イーヴェンがニッコリと笑いながら言った。

 細目の彼は笑うと目が殆ど線になる。それが人懐っこい印象を与え、人付き合いにおいて大いにプラスになっていた。


「イーヴェン、彼をどう思う?」

「……さて、少なくとも敵では無いようですが……。現状では何とも」


 ラディナは竜矢が異世界人である事をまだ知らない。

 故に彼女から話を聞いたクロフォードは、凄まじい魔力を持った凄腕の魔術師にして、ディルワナの武術をも扱う武人と聞いていた。


 最初はそんな人間がいるのかと思っていたが、あの巨大な魔術式を見て疑念は綺麗に消え去っていた。


「敵に回したくはない、な」

「それについては同感です。ですが姫様の話では少々変わってはいても、善人である事に間違いはなさそうです。対応さえ間違わなければ、我が国の敵になる可能性は低いでしょう」


「そうだな。マナウルフィをも従えるという人物だ、機嫌を損ねるような事だけは避けなければならん」


 だが、今は謀反を企てた王国の裏切り者たちと戦わなければならない。

 そう心で呟いたクロフォードはイーヴェンに向き直った。


「大臣たちは集まっているか?」

「はい、既に玉座の間に集まっています。何人かは見るからに挙動不審になっておりますよ」


 イーヴェンの含み笑いに、クロフォードは不敵な笑みを返す。

 二人の笑みは、謀反に荷担した者たちの慌てる内心を想像してのものだ。


「では行くぞ。ダルゼットを倒すまでの間、奴に与する者たちを牽制しなくてはならん」

「御意」


 クロフォードはイーヴェンと共に、王宮内の戦場へと歩を進めるのだった。




 一瞬の浮遊感の後、ラディナは閉じていた目を開く。

 そこに広がっていたのは、キドニアとの国境で繰り広げられる、ルーデンとダルゼットの私軍がぶつかりあう戦場だった。

 既にキドニア軍は布陣を終えており、その姿が戦場を挟んで見えている。


「成功した……!」


 竜矢の力を疑っていた訳ではないが、ラディナも大規模転移魔術の成功率を気に掛けていた。

 それが杞憂に終り、彼女は竜矢に顔を向ける。


「ね? 平気だったっしょ?」

「フッ……ああ、そうだな」


 竜矢の軽い返事に、良い感じに緊張の解れたラディナが全軍に通達するように声を上げた。


「各隊は人員の確認と報告を急げ! それが済み次第、我々は進軍を開始する!」


 ラディナの声に、兵士たちが行動を開始して慌ただしく動き回り始める。

 と、そこへスーニアとシェリカが再び現れた。

 キドニアの兵たちと同じく、パルフストの兵たちもスーニアの姿に驚きながらも作業を進めていく。


「上手くいったようじゃの」

「おおスーニア殿、シェリカ殿も一緒か。此度のご助力、感謝する。父上もくれぐれもよろしくと言っておられた。王宮内の反乱勢力を押さえる為に残ったのでここには来ていないが、会えないのを残念がっていた」


「礼ならリュウヤに言うがよい、わしはリュウヤに従っているだけじゃからな」


 スーニアが竜矢の方に目を向けると、両手を頭の上に組んで伸びをしながらこちらに歩いて来ていた。


「ふーい、ちっと疲れたかな~。ようスーニア、どうだ?」

「キドニアの方は布陣を終えておる、いつでも行動を起こせるぞ。リュウヤは少し休んでおれ、何かあったらすぐに教えてやる」


「そうですよ、リュウヤさん。休んだ方が良いです」

「え~、本当に大丈夫だって~」


 パルフストの兵士たちはこのやり取りを横目で見ながら、竜矢に対しての認識をまた新たにしていた。


 マナウルフィであるスーニアが従っている、竜矢という謎の存在。

 良く分からないが、凄い力を持っている謎の人物というように、考えが変化していくのだった。






「だ、大教祖様……! これは一体……!?」


 茶を飲みながら戦場を眺めていたゼウルたちは、突然現れたキドニアの軍勢に驚きを隠せなかった。しかも、すぐにパルフストの軍まで現れたのだ。


 転移魔術という事はすぐに分かったが、これほどの大規模な転移を行える魔術師がそうそういる訳がない。


 この老人ならば出来るかも知れないが、と考えてゼウルは総毛立つ。

 それはつまり、この老人と互角かそれ以上の力を持つ魔術師がいるという事に他ならないからだ。


 ゼウルの驚愕をよそに、老人はその皺だらけの顔を歪めて声を上げた。

 笑っている。

 嬉しそうに、楽しそうに、堪らないといったように大声で笑っていた。


「だ、大教祖様……?」


 もはや狂笑といってもいい笑い方に、ゼウルは眉を顰める。まさか驚きのあまりに……? と不穏な事を考えてしまう。

 彼の心の内を悟ってか、老人は相好を崩さずに言った。


「笑わずにいられんよ! これは奴じゃ! 奴の仕業じゃ!」

「奴……?」


「わしが呼び出し、お前の手を砕いた異世界人じゃよ! こんな事が出来るのは、わし以外では奴しかおらん!」

「何ですって!?」


 その言葉に、ゼウルだけでなくネディス、ヴィーラも驚きの表情を浮かべる。

 まだ記憶に新しい赤い光の巨人を思い出し、三人は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 三人の恐怖をよそに、老人の狂笑は続く。


「そうか、そうか! あ奴が関わっておったとはな! 面白い! この上もなく面白くなったわい!」


 両腕を広げ、天を望むように顔を上げた。


「神とやらが仕組んだ事ならば大いに感謝するぞ! わしの力と異世界の力を合わせ持ったあ奴の力、存分に見せて貰うとしようかのお!」


 その瞳が、壮絶な狂気を込めて戦場を睨み付ける。

 視線の先では、現れた合計二万の軍団がゆっくりと進軍を開始していた。


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