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19話:転移魔術『抱擁されし久遠の来訪者』


「……始まったのう」


 老人の呟きにゼウルが頷いた。

 平原では舌戦が終り、両軍が互いに向けて突撃を開始している。

 戦の始まりだ。


「さっさとロストパーツを使ってくれると嬉しいんじゃがのう」

「切り札として温存しているのでしょう」


 ゼウルの返事に、少しガッカリしたように老人は肩を落とす。


「ルーデンにロストパーツを手に入れさせるのは、ちと苦労したんじゃがのう」


 老人は事も無げに言う。

 彼の言いようでは、ルーデンの持っているロストパーツの出所はこの老人という事になる。


「確か、ルーデンには遺跡の地図を渡したのでしたね?」


「そうじゃ、もう十年も前になるかのう……。あの男は妙に自分の力を過信している所があったでな、自力で探すようにちょっと焚き付けたんじゃよ。そうしたら、あっさり自分から遺跡に向かいよった。その遺跡に予めロストパーツを置いておいたのは、わしだというのにの~」


 ふぉっふぉっと、さも可笑しそうに老人は笑う。

 ルーデンは自力で危険な遺跡を探索し、その結果ロストパーツを手に入れたと今でも思っている。だが、それはこの老人の計画に嵌められていただけのようだ。


「後は、それに対抗できるであろう力を持ったロストパーツをダルゼットに売りつけて、お前に二人を引き合わせさせた……。欲の強い二人が揃えば、いずれ何らかの行動を起こすじゃろうと待った甲斐があったのう」


「しかし、十年というのは待ち過ぎでは?」

「なあに、わしには十年だろうが百年だろうが大して違いはないわい」


 ゼウルは溜め息をつきつつ苦笑する。

 一体この老人は何歳なのだろうかと、ゼウルは考える。彼に出会って三年ほどになるが、一向に衰える気配がない。

 魔力の強さも底が知れない。幾度か彼が魔術を使う所を見た事があるが、どれも凄まじいものだった。


 小さな村の住人を邪神魔術で操って殺し合わせ、生け贄として一晩で全員をルディヴァールに捧げた事もあった。

 城並みの大きさの山を、元素魔術を使って一瞬で吹き飛ばした事もあった。

 そうかと思えば、神聖魔術でゼウルのケガを治したりもした。


 膨大な魔力を持ち、あらゆる系統の魔術を自在に操る魔術師にして、様々な知識を蓄えた賢者。

 ゼウルが彼に憧れ目標とするまで、さほど時間を必要としなかった。


「惜しみなく派手にやり合って欲しいんじゃがなぁ」

「まぁまぁ、大教祖様~。のんびりお茶でも飲んで待ちましょう~♪」

「お茶菓子もありますから、こちらへどうぞ」


 ネディスとヴィーラが地面に厚手の毛布を広げ、その上にお茶やら菓子やらを広げている。まるでピクニックでもしているような気軽さだ。

 ヴィーラが示した先には、老人用にクッションが置いてあるという気の使いようである。


「そうじゃの~……よっこいせ、と」

「はい、どうぞ~♪」「この菓子、美味しいですよ。はい、あ~ん」


 老人がクッションに座ると両脇にネディスとヴィーラが陣取り、ネディスが入れたお茶をさっと差し出したり、菓子を食べさせたりと至れり尽くせりである。


「聞くだけ無駄だと思うが……私の分は無いのか?」


 ゼウルが呆れ顔で聞いた。

 二人とも、ゼウルの方を見ずに答えてきた。


「ゼウル様の分はそこにありますから~、自分で入れて下さい~♪」

「カップはそのバッグの中にありますから」


 この二人は老人の側にいる時はいつもこうだ。

 ゼウルよりも前に彼と出会って行動を共にしているらしいが、詳しい事は聞いていない。ただ、その頃からずっとこの調子である。最初はそのベタベタっぷりにかなり引いたが、いい加減慣れた。


 遠く離れた戦場が奏でる剣戟と悲鳴と怒号を聞きながら、ゼウルは自分のお茶を入れるべくバッグの中を漁るのだった。






「キドニアの勇敢なるつわものたちよ! ある程度知っている者もいようが、皆を集結させたのはネクロイア地方の領主であるルーデン伯が、隣国パルフスト王国のダルゼット公と内通し、二国への同時謀反を企てている事が分かったからだ!!」


 ミルファルナを連れて到着したレグリオスは、すぐに集結した軍の前で演説を開始した。

 竜矢はミルファルナが一緒に来た事に少し驚いていた。計画では転移魔術を行う間は城で厳重な護衛付きで待っている事になっていた筈だったからだ。


 これはレグリオスの判断であり、彼女の無事な姿を見せる事で反乱勢力に計画の失敗を暗に告げて駄目押しとする意図があった。同時に、自分と竜矢の側にいた方が返って安全ではないか? と考えたからである。


 その事をレグリオスから直接聞き、竜矢は彼がしっかり自分の力を利用しようとしている所に、為政者としての腹黒い面をちょっぴり見た気がした。

 もっとも、そんな事で気分を悪くするような男ではない。逆に『しっかりしてんぜ、この王様』と感心していた。


 兵士たちの大半は謀反については詳しく聞かされていなかったので、そこかしこでざわめき始めている。それを各部隊の隊長クラスの者たちが静まらせると、レグリオスは再び口を開いた。


「そして、この二人は愚かにも邪神崇拝に手を染めていた事も判明している! しかもだ! 事もあろうにルーデンは我が娘、ミルファルナを邪神への生け贄に捧げようとしたのだ!」


 静まった兵士たちが、さっきよりも大きくざわめき始めた。

 ミルファルナは心優しい可憐な姫君として国民の人気も高く、兵士たちにとっては憧れの存在である。その姫を邪神への生け贄に捧げようとしたなどと聞かされて、兵士たちは怒りの炎を滾らせつつあった。


 そして、この事はルーデンにくみしていた者たちに衝撃を与えていた。

 邪教徒になった者はどの国でも重い罪に問われる。邪教徒としてどんな事をしたかにもよるが、人間を邪神への生け贄に捧げようとしたとなれば死罪は間違いない。


 貴族であるルーデン、ダルゼットは間違いなく全ての財産を没収された上、お家の取り潰しとなってから死罪となるだろう。親類縁者も深く関わっていた事が判明すれば、彼らにも同等の裁きが下される事になる。


 それ以前に、王家の姫君を生け贄にしようとしたのだ。一族郎党全て同罪として裁かれても何ら不思議ではない。


 そして、これが裏切り者たちにとってルーデンを見限る決定打となった。彼らはルーデンが邪教徒に身を墜としていたとは知らなかったのだ。


「愚かなる邪教徒、我が国への謀反者を断じて許す訳にはいかぬ! 兵たちよ、我が国に害悪をもたらそうとするルーデンを討ち滅ぼすのだ!」


 兵士たちの雄叫びが響き渡り、大地と大気を震わせた。

 『ルーデン打つべし!』『キドニア万歳!』等々、兵士たちの意気は最高潮となっていた。


 その響きを聞いて満足そうに頷くと、レグリオスは後ろに控えていた竜矢を自分の横へ来るように合図した。竜矢はレグリオスの隣に歩み寄り、並んで軍勢の前に立つ。


「そして、この度ミルファルナの危うい所を救って下さったのが、こちらに居られるリュウヤ殿だ! 彼は優れた魔術師であり、その力でミルファルナだけでなく、囚われの身となっていたパルフストのラディナ姫をも助け出した猛者もさである!」


 竜矢の着る白甲冑は、陽光を反射して目映く煌めいている。

 元々この白甲冑はかなり古い時代に作られた観賞用の鎧であったらしく、美しい装飾がやや過剰なまでに施されている。ダルゼットが成金趣味丸出して購入した物だ。


 だが、この場において王と並ぶその姿は、見る者に戸惑いと同時に何か不思議な、希望のようなものを抱かせていた。竜矢の方はこんな大人数の前で紹介された事など無い為、甲冑の中で緊張しきりであったが。


 竜矢の緊張をよそに、レグリオスの演説は続く。


「今回、彼は諸君らルーデン討伐軍を、奴の所まで転移魔術で転移させる事を約束してくれた!」


 兵士たちの間にどよめきが走る。

 彼らは軍人である事で、多少なりとも魔術に関しての教育を受けている。転移魔術が本来、難易度の高い魔術である事を知っているのだ。まして一万もの軍を転移させると聞かされれば、戸惑うのも当たり前である。


 その戸惑いを振り払うかのように、今度はミルファルナが歩み出て声を上げた。彼女の凛とした声に、兵士たちのざわめきが一瞬で消え去った。


「兵士の皆さん、心配するのも当然でしょう。けれど、彼の力は私が直接目の当たりにしております。彼の力は通常の魔術師を遙かに上回っており、それは山を穿ち、大海を切り裂く程のものでした。俄に信じるのは無理でしょう、ですが、すぐに分かります。私の言葉が真実である事が」


 いささか誇張気味に語るミルファルナに、竜矢は甲冑の中で引き攣った笑みを浮かべていた。スーニアがこの場にいれば、『まだまだそんなものでは無いぞ?』とでも突っ込みを入れていたかも知れないが。


 ともあれミルファルナの言葉が功を奏し、軍勢は落ち着きを取り戻した。その意気は高揚したままであり、戦の前としては理想の精神状態と言えるだろう。


「では、リュウヤ殿。転移を頼む」

「了解です」


 レグリオスの言葉に軽く頷き、竜矢は精神を統一する。

 ゆっくりと両腕を左右に開いて、転移魔術『抱擁されし久遠の来訪者』を発動させた。

 白甲冑の隙間から、竜矢の赤い魔力の光が漏れて全身を赤く輝かせる。


 その瞬間、一万の軍が整然と並ぶ地の上と空の上に、巨大な魔術式が出現した。

 全軍をすっぽりと飲み込むほどに巨大な二つの魔術式に、全ての人間が声を失った。


(……ミルから異世界人だと聞いてはいたが、これほどの力を持っていようとは……!)


 レグリオスも声を出せず、身を寄せてくるミルファルナの肩を抱き締めた。

 愛娘に興奮気味に聞かされた、二国の存亡の危機に現れた妖精のような異世界人と、神獣マナウルフィの事を考える。


(……世界の転換期ともいえるこの戦乱の時代に現れた、か。神が遣わした平和の使徒か、邪神が送り込んだ破滅の使者か……)


 決して敵にだけは回すまい、そう心に誓うレグリオスだった。




 その頃、王都の住人たちも魔術式を見て、何事かと町中が騒ぎになりつつあった。

 王都に残る兵士たちは騒ぎが大きくならないように動いていたが、その本人たちが魔術式を見て狼狽える始末だ。


 そんな彼らを叱責し、仕事に戻らせている者たちが居た。


「何をしているっ! いつまでも惚けて魔術式を見ているんじゃない! 騒ぎを静めに行かんか!」

「は、はっ! 申し訳ありません!」


 ボアズを除いた元ミルファルナ護衛団の近衛騎士たちだ。ボアズは竜矢の補佐として共に行く事になっている。反乱勢力の詳細をまだ掴みきっていないので、彼らは信頼できる者たちとして、王都の治安を守る為の居残り組となっていた。


 そんな彼らもこの魔術式には度肝を抜かれていたが、夜間の超高速飛行体験が落ち着かせる要因となっていた。


「リュウヤ殿……、あなたがキドニアとパルフストの救世主である事を祈っております……」


 そう呟くと、彼も騒ぎを静める為に駆け出すのだった。




「魔術式、固定完了……! 魔力充填、完了……! 魔力力場、展開完了……っ! よっしゃ行くぜえっ!! 『抱擁されし久遠の来訪者』っ!!」


 竜矢が叫ぶと同時に、天と地の巨大な魔術式が赤く輝やいて強烈な光を放つ。

 突風が周囲を荒れ狂い、木々を激しく揺らしていく

 この場に残るレグリオスやミルファルナは、その風を受けながら確かに見た。

 一万の軍勢が、キドニア王国から姿を消していくその瞬間を。



謎の老人、羨ましすぎw

そしてゼウル、何か可哀相w



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