15話:ルーデン屋敷の大騒動
「……来たようじゃ、窓を開けてやれ」
「はいっ」
竜矢達の気配を感じたスーニアがシェリカに言って、窓を開けさせた。
窓が開くと、それに合わせて竜矢は部屋の中へと入って行く。張っていた結界を解くと、白甲冑を着た竜矢とラディナ、リーラの姿が現れる。
そして、竜矢が脳天気な明るい声で言った。
「よっ、ただいま~」
「リュ、リュウヤさん……ですか?」
その声を聞いて、シェリカが驚きながら聞く。いきなり見た事のない白い甲冑を着た人物がやって来たのだから驚くのも当然だろう。
「うん、んでもって……。ホラ二人とも、もう目を開けても大丈夫だよ」
竜矢が両脇に抱き締めていた……もとい、竜矢の両腕にしがみついていた二人に声をかける。少し青ざめていた二人はゆっくりと目を開け、宿屋の中だというのを確認すると安堵の溜め息をついた。
そして、ラディナがミルファルナの姿を見ると満面の笑みを浮かべて抱き締めた。
「おお、ミル!」
「えっ!? ふぎゅっ」
何故ラディナが竜矢に連れられてやって来たのか分からないミルファルナは、目を白黒させて頬ずりやら頭を撫でられるやら、されるがままだ。
「良かった、ああミル、本当に無事で良かった……」
「ど、どうしてラディナ様が……?」
説明を求めるように見てくるミルファルナに、竜矢は困ったように頭をかく仕草をする。甲冑を着たままなのでゴリゴリと金属音しかしないのが、ちょっと見にはマヌケな光景である。
「お疲れ様と言いたい所じゃが、またややこしい事になったようじゃの」
「まあな……」
スーニアの言葉に、竜矢は苦笑混じりの声で答える。
まさか二国同時のクーデターなど想像もしていなかったのだ。
ちょっとだけ、疲れ気味の竜矢であった。
「……ひ、姫様……っ! あの獣は……!」
「何だ? 獣? ……っ!! マ、マナウルフィ!?」
スーニアの姿を見たリーラは、全身を振るわせながらラディナに縋り付いた。
ラディナも伝説の神獣を見て目を丸くすると、一足飛びに部屋の隅に飛び退いた。両腕にリーラとミルファルナをしっかりと抱いている所は、さすがパルフストの双剣姫である。
「あー、まぁ、色々と聞きたい事があるだろうけど……」
竜矢がそう言うと、部屋の全員の視線が集中する。
それには、疑問に対しての説明を求む! との思いがぎっしり込められていた。
ちょっと引いた竜矢はおもむろにスーニアに向いて、シュタッと右手を上げる。
「スーニア、仕切り任せた」
「……説明が面倒だから、逃げる気かリュウヤよ」
しっかり見破られていた。
半分図星ではあるが、竜矢はしらを切る事にした。
「俺はこれからルーデンの屋敷に戻って、ボアズさん達を助けてくるよ」
「彼らは無事だったのですか!?」
「シーッ、夜も遅いから静かに」
「す、すみません……」
思わず声を上げたミルファルナに注意して、竜矢は再び宙に浮かび上がり、その姿を不可視結界で消した。
「まぁ、その間に情報交換をしといてくれ。スーニアは護衛よろしくな」
「……仕方のない主じゃ。とっとと行ってこい」
小さく溜め息をつきながら、スーニアがやれやれといった感じで答える。竜矢はあっはっはーと、笑って誤魔化しながら夜空へと飛翔していった。
竜矢が去ったことを感覚で悟ると、スーニアは窓の鍵を閉めるようにシェリカに言ってから全員の顔を見回した。
「……さて、まずはミルファルナから事情説明といこうかの。長くなるかも知れん、シェリカよ、眠気覚ましに茶でも入れてやれ」
「はい、分かりました」
すっかりスーニアの小間使いの様になっているシェリカであった。
竜矢はすんなりとルーデンの屋敷に入り込み、地下牢へとやって来た。
もっとも、彼の通ってきた後には破壊された屋敷と、倒れ伏す兵士達が転がっているのだが。
竜矢は姿を屋敷の前で現すと、そのまま堂々と屋敷へと入っていったのである。
力尽くで。
門番を蹴散らし、門を吹き飛ばし、入り口の扉を引きはがし、群がる兵士達を薙ぎ払いつつ、ここまで来たのだ。
既に音と光の遮断結界も壊れ、この騒ぎの音が外に流れ出てしまっていた。
「な、何をしておるか! そ、そいつを早く捕らえろ! いや、もう殺しても構わん!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたルーデンが、階段の上という安全圏から兵士達に命令を飛ばしている。その声で何人かの兵士が飛びかかるのだが、竜矢は魔力を軽く放出してその圧力で兵士達を弾き飛ばしてしまう。
それを見て、もはや誰も竜矢に向かう者は居なくなっていた。
「な、何だ……何なんだ、あの白甲冑は!?」
ルーデンのヒステリックな叫びが屋敷にこだまする。
地下牢に通じる扉を蹴り飛ばし、竜矢はゆっくりとルーデンに振り返った。
「おい、ルーデン」
「なっ、何だ!!」
竜矢はそこで息を深く吸う。
そして、考えていた台詞を大声で言った。
「ク、クハハハハハハハッ!! 何というマヌケ面だ! なるほど、ダルゼット様の仰ったように、気位ばかり高くて実際には能無しの無能貴族だったようだ! ダルゼット様の真意も分からずに手を組んだと思い込んでいたのだからな!!
ダルゼット様は最初から貴様と手を組むつもりなど無かったのだよ! お前が捕らえた連中は、ダルゼット様がルディヴァール様への生け贄と奴隷にするそうだ! よって貰い受けるぞ!
惨めな無能ルーデンよ! お前は所詮グールワームにも劣る****な奴という事だ! ダルゼット様はお前を裸にひん剥いてから***に*****をして、更に全身に恥ずかしい落書きをしてから****の*****をする! そのまま王宮の屋根の上に逆さ吊りにし、晒し者にして酒を飲みながら嘲笑ってやると言っておられたわ!
んん~? どうしたぁ~? そんなに顔を赤くしたら頭の中の血管が切れて倒れるぞ? もっとも、そうして無様に倒れたらさぞかしお似合いだろうがな! ダルゼット様はお前を苦もなく捻り潰してお前の持っているロストパーツを奪い、そのまま大陸の覇者となるべく行動を開始するそうだ!
だが喜べ、ダルゼット様は寛大なお方だ、お前が挑戦してくると言うなら嫌々ながら相手になってやるそうだぞ! その積もりがあるなら二日後、国境で互いの私軍で勝負をしてやるそうだ!
ああ、お前は途轍もなく無能で弱いのだから、ロストパーツを持ってくるのだぞ? でなければ相手にならんだろうからなあ! 私は謎の白甲冑! ダルゼット様の忠実な部下だ!」
一気に言い切った竜矢はルーデンの反応も見ずに、さっさと地下牢へと入っていった。残された兵士達は為す術もなくそれを見送り、そーっと階段上のルーデンを見る。
全員がすぐに目を背けた。
ルーデンはあまりの怒りに、顔があちこち歪んでしまっていたからだ。
顔の右半分は全体的に下に向かって、左半分は上に向かって引き攣ってしまっている。額や握りしめた拳に血管が浮き上がり、今にも切れて血が噴き出しそうだ。
只でさえ部下に対して厳しい彼の、そんな表情を再度見たいと思う兵士は一人もいなかった。
「……そうか……ダルゼットの仕業か……!」
地獄の底から響いてくるような怨念の籠もった声に、兵士達が総毛立つ。
ダルゼットの様に怒鳴り散らさない分、その静かな声には聞いた者の精神を握り潰すような迫力が込められていた。
「……すぐに全軍を集めろ……!」
側にいた兵士に命令するルーデン。それに意見しようと口を開いた兵士をルーデンは手を挙げて遮った。
「……言いたい事は分かっている、確認の使者を送れというのだろう? だがその必要は無い、私はあの白甲冑をダルゼットの屋敷で見た事がある、間違いない……。それにロストパーツの事を知っていた……。あれの事は私と奴しか知らぬ事、それが何よりの証拠だ……」
ルーデンはどちらかと言えば、優秀な部類に入る貴族だ。
能力だけで見れば王都で重要なポストに就いていても不思議ではないのだが、傲慢な性格が災いして王都ではなく国境沿いのこの地を治める事になったのだ。
ぶっちゃけてしまえば、左遷に等しい。
国境沿いという事でここも重要な地に変わりは無いのだが、ルーデンはそれを不服としていた。
それが、彼を邪神崇拝に走らせた原因の一つであったのだ。
「……王都への通達は、ダルゼットが刺客を送り込んで宣戦布告をしてきたと伝えればいい……事実である事に違いはない……。急げ、二日後をダルゼットの命日にしてやるのだ……!」
「は、ははっ! ……そ、それで、あの白甲冑はいかが致しましょう……?」
「……口惜しいが……これ以上手を出すな……。ここで奴を殺すには戦力不足だ……。二日後、奴もダルゼットと共に現れるだろう……その時、まとめて葬ってくれる……。私のロストパーツでな……!」
「しょ、承知いたしました……!」
命令を受けた兵士は屋敷内の全兵士に通達し、竜矢への攻撃は無くなった。
もっとも、それは竜矢にとって大して影響の無い事であったが。
その竜矢の方はというと、既に牢の鍵を片手で握り潰して全員を牢から出していた。
そして簡単に事情を説明した後、自分と口裏を合わせてくれるように頼んで全員の動きを拘束結界で封じ込めていた。
「皆さんは俺にさらわれる立場なので、それっぽく振る舞って下さいね」
「う、うむ……やるだけやってみよう」
ミルファルナ姫の護衛隊隊長、ボアズが戸惑いながら頷いた。
騎士として武術の鍛錬は積んでいても、芝居の経験など有りはしないのだ。当然の反応だろう。
「んじゃ、ちょっと派手にいきますよ~。皆さん、耳を塞いでいて下さい」
竜矢の右拳に赤い光が宿る。ラディナ達を助ける時に使ったのと同じ、破壊魔術を拳に乗せて発動させているのだ。
ただし、あの時よりも光はずっと強く輝いている。
何か凄い事をやりそうな気配を察し、一同は耳を手で塞いだ。
「良いですね? では……おおおっらぁぁ!!」
竜矢が拳を地下牢の天井に向けて突き上げると、拳から爆発的な赤い閃光が放たれた。
それは地下牢のある地下部分の天井をごっそりと吹き飛ばし、その上にある屋敷の一角を完全に破壊した。
破壊よって巻き上げられた砂煙が晴れると、大穴が頭上に開いていて夜空と月がその姿を見せていた。
竜矢は自分も含め、全員を飛行魔術で空に上昇させていく。
眼下にはこちらを憎々しげに睨み付けているルーデンがいた。
「ではな、ルーデン! 二日後を楽しみにしているぞ! 貴様も貴族の端くれ、勝負からは逃げないと少しだけ期待しておいてやる! もっとも、ダルゼット様の勝利は揺るぎないがな!」
竜矢がルーデンに向けて駄目押しとばかりに叫ぶ。
その竜矢の声に合わせて、護衛団の面々も口々に叫んだ。
「お、おのれ~っ、はなせ~っ」
「くそ~っ、我々をど~する気だ~」
「いや~、おか~さ~ん」
が、あまり緊迫感がない。はっきり言って棒読みである。
だが、これも仕方がない事だった。彼らはラディナ達と同じく、空を飛ぶ事に恐怖を感じていたからだ。
雰囲気が壊れそうになったので、竜矢は急いで離れる事にする。
「さ、さらばだ!」
竜矢は不可視結界で一気に全員の姿を消した。下にいるルーデン達には転移魔術でも使ったように見えていた。
「……ダルゼットよ……お前は一つだけ計算違いをしている……。私はルディヴァール様の加護を受けている……貴様には万に一つの勝ち目も無いのだよ……!」
自分の前に永遠の闇の中から現れ、加護を与えると約束してくれた邪神の声を思い浮かべ、ルーデンは壮絶な笑みを浮かべた。
その声の正体を知ったなら、彼はどうなってしまうだろうか。
声の主は、割と本気で怖がっている護衛団を宥めつつ、宿屋へと飛んでいた。
当面の目標だったお気に入り登録100件越えが達成出来ました~。
皆さんありがとうございます。
これからも、登録や評価が少しずつ増えていくように頑張ります。
そして、これが2009年最後の更新になります。
皆さん、良いお年を!