14話:悪巧み開始
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静寂を打ち壊した轟音と振動が屋敷を振るわせ、それによってダルゼットは目を覚ました。
「な、何が……、一体、何が起こっらというのどぁ?」
竜矢によってかけられたプロレス技の影響が少々残っているのか、多少呂律が回っていない。少しずつ覚醒していく意識と共に、自分の身動きが取れなくなっている事に気付く。
「こ、これは……。だ、誰か! 誰かおらんのか!!」
何しろシーツやらカーテンです巻きにされているので芋虫のようにしか動けない。それでも必死で大声を張り上げていると、部屋の外から大勢の人間が駆け上ってくる音が聞こえてきた。
「ダルゼット様!! 大変でござっ……いま?」
やって来たのは兵士たちだった。芋虫状態のダルゼットを見て、思わず目が点になる。
「ええぃ! 何をしておるか! さっさと助けんか!!」
「は、ははっ!」
慌てて駆け寄った兵士たちによって助け出されたダルゼットは、鼻から下を乾いてこびりついた鼻血で赤黒く染めている。更に鼻も腫れ上がり、酷い有り様だ。
しかしラディナが居ない事が分かると、顔色を青くしながら兵士たちに詰め寄った。
「姫は! ラディナ姫は何処に行った!? それにこの騒ぎは何だ!?」
「わ、分かりません! ですが、恐らく脱走したかと……。地下牢に閉じ込めていた侍女も姿が消えており、牢の壁には大穴が開いていてそこから逃げたと思われます」
「何だとぉぉ!?」
ダルゼットの目が限界まで見開かれ、青かった顔が今度は赤く染まっていく。
「捜索隊は出したのか! 何としても見つけるのだ!!」
「す、既に出しております! ……それで、その、置き手紙が牢の中にありまして……」
「置き手紙だと?」
「こ、これです……」
兵士が懐からその手紙を取り出してダルゼットに渡す。竜矢の書いていたあの手紙だ。
それを受け取ったものの、顔が腫れている為に目が圧迫されてかなり読みにくい。
ダルゼットはそれを兵士に突き返して、読めと命じた。
「え……いや、しかし……」
「何だ! 私の命令が聞けんのか!?」
「い、いえ! 分かりました……」
兵士は覚悟を決めると大きく息を吸って、他の兵士達が向ける同情の視線を感じつつ手紙を読み上げた。
「……『はーっはっはっは!! まんまと騙されたな、猿顔ダルゼット!! お前のような醜い男が、本気でルーデン様と手を結べるなどと思っていたのか!?
ラディナ姫はルディヴァール様への生け贄としてルーデン様に献上させて貰う! ルーデン様は最初からお前を利用するおつもりだったのだ! ルーデン様のロストパーツの力の前にはお前如き馬糞に埋もれて潰れる虫けら同然よ!
ルーデン様はまずお前を完膚無きまでに叩きのめしてお前のロストパーツを奪い、大陸統一に向かうのだ! 哀れな肥満体型の****め! ルーデン様はお前の尻を***で****してからロープで縛り上げて****の*******で噴水の像にしてやると言っておられたわ!
どーだ悔しいか? 悔しいだろう! 我慢できないのならルーデン様は仕方なく、お前と戦ってやってもよいと仰せだ! 二日後、国境で互いの私軍で大陸制覇への前哨戦を行ってやる! 有り難く思うがいい!
ロストパーツを持ってくるのを忘れるなよ、多少はマシだろうからな! 以上、ルーデン様の忠実な部下、謎の白甲冑より』……フゥ、い、以上です……」
一気に読み上げた兵士は、そーっと手紙から顔を上げてダルゼットを見た。
彼は見なければ良かったと後悔した。
邪神ルディヴァールの化身かと思えるような、憤怒の形相をしていたからだ。
顔を真っ赤に染め、目は血走り、口からは歯が割れてしまうのではないかと思えるほどの歯軋りの音が聞こえてくる。鼻が潰れている事でちょっとコミカルになっていたのだが、それを完全に消してしまう程の形相だった。
「お、おお、おおおおおのれえぇぇぇぇぇっ!! ルーーーデェェェンっ!!」
こめかみの血管が切れそうな勢いで浮かび上がり、ダルゼットが絶叫した。
「すぐに全兵士を集めろ!! ルーデンを叩き潰してくれるわ!!」
「よ、よろしいのですか!? 本当にルーデン伯の仕業を決まった訳では……まず、確認の使者を送った方が……」
「そんな必要は無い!!」
この場合、この兵士の言う事が正論である。
しかし、怒りで我を忘れかけているダルゼットには通用しなかった。
「ロストパーツの事を知っておった! この事は私とルーデンしか知らぬ事だ! 疑う余地など無いわ!!」
「し、しかし、私軍を動かすには理由が必要です。王都には何と連絡するお積もりですか?」
これも兵士の方が正論である。
通常、貴族たちがそれぞれ保有している私軍を動かす為には、相応の理由を用意して王都にお伺いを立ててからでなければならない。大規模な軍事演習を行う時などがこれに当たる。
何の連絡も無しに勝手に動かせば、それだけで謀反を起こすのではないかと思われて討伐の対象となりかねないのだ。
しかし、やはりダルゼットは聞き入れない。
「そんなもの、ルーデンが攻めてきたとでも言えばよいわ! さっさとせんかぁっ!!」
「わ、分かりました! ただちに!!」
兵士たちはダルゼットの勢いに押され、敬礼して部屋を出て行った。
手紙を読み上げた兵士は、内心で逃げた方が良いんじゃないだろうか、とか思いながら階段を駆け下りて行くのだった。
残されたダルゼットはまだ怒りが収まらずに、部屋の中で頭から湯気を上げている。
「ルーデンめぇぇ……目に物見せてくれるわぁっ!!」
部屋の中での絶叫は、窓から溢れて夜空に吸い込まれていった。
「おーおー、怒ってる怒ってる~♪」
ダルゼットの屋敷の上空で、竜矢が叫び声を聞いて楽しそうに呟いた。
彼は牢の壁に大穴を開けた後、ラディナとリーラを両脇に抱いて、不可視結界を張ったまま夜空に浮かんでいたのだ。
眼下の屋敷は竜矢の破壊魔術の影響で音と光を遮断する結界が破壊され、中での騒ぎが辺りに流れ出していた。
「ま、まぁ、あの手紙を読めばな……」
「はぅぅぅぅ~~……」
一方、ラディナとリーラは高く空を飛ぶという初体験にさすがに恐怖を感じていた。ラディナは何とか表面上は取り繕っていたが、声に震えが混じっている。
リーラに至っては、小刻みに震えながら、全力で目を閉じて下を見ないようにしていた。
「二人とも怖いだろうけど、我慢してくれ。一旦、ミルファルナ姫と合流しよう」
「う、うむ、分かった」
「はぅぅぅぅ~~……」
震える二人に苦笑しつつ、竜矢はミルファルナたちが居る宿屋に向かって夜空を飛翔し始める。風を直接浴びないように防御結界も合わせて張っているので、風圧も寒さもまるで感じない。
リュウヤにしてみれば両手に花の夜間飛行だ。その花たちはリュウヤにしがみつくのに必死で、あまり浪漫を感じる余裕は無かったが。
その状態のまま、竜矢は心の中でスーニアに向けて話しかける。
(スーニア、聞こえるか? スーニア……)
その声がスーニアに届くのに、一秒と掛からなかった。
「リュウヤ様は大丈夫でしょうか……」
「大丈夫じゃと言っておろうに。姫君は心配性じゃのう」
宿の一室で、ミルファルナの心配そうな呟きにスーニアが少々呆れたように答えた。
此処はシェリカの泊まっている宿、『妖精の一服亭』の一室だ。
閉店ギリギリに辿り着いた三人は部屋の中で一息ついていた。宿の主人がイヤな顔一つせず迎え入れてくれた事にシェリカは感謝する。
傭兵を生業とする者は、戦場の他にも危険な仕事を求めて色々な国に移動する為、拠点となる宿屋は言わば“家”である。仕事柄死亡率が高い為、気の合う主人が経営する宿屋は心安らぐ貴重な場所なのだ。
ミルファルナは念の為に顔と素性を隠していたが、主人は深く追求しなかった。その事も含めて、明日シェリカは主人に改めて礼を言おうと思っている。
なお、スーニアは不可視結界を張ったままでこっそりと入り込んでいた。
「でもスーニア様、いくら何でもお一人では……」
シェリカの服を借りたミルファルナが心配そうな声を上げる。
冒険者の服は実用一辺倒で作られている為に洒落っ気がほとんど無いのだが、ミルファルナの王族独特の雰囲気はいささかも薄れていない。
「安心せい、リュウヤの力はわしですら足元にも及ばん。本気を出せば国の一つや二つ、容易く落とすほどの力を持っておるのじゃから」
「そ、そんなに凄いんですか? リュウヤさんって……」
竜矢の力は今日色々と見たが、国を容易く落とすほど等と聞いてシェリカは喉を鳴らす。
「うむ。仮にも神獣などと呼ばれておるわしが主と認めたのじゃぞ? 恐らく、竜矢に勝てる者などこの大陸……いや、この世界を探しても何人居るか」
スーニアの真面目な声に、二人とも声を失う。
それが本当ならば、竜矢とスーニアが揃えばもはや天下無敵である。
「……お二人は、どうやってお知り合いになったのですか? 差し支えなければ、教えていただけませんか?」
ミルファルナが少し自己嫌悪の気持ちを抱きながら、躊躇いがちに問うた。
プライベートに関わる事であり、彼女もその事を良く分かっている。誰であれ、他人の事情をあれこれ詮索するのはあまり誉められたものでは無い。
だが、王族という立場から、強力な力を持つ竜矢たちを味方に付ける為に知っておくに越した事はない。
ミルファルナがそんな気持ちを抱いたのは、命の恩人に対してそんな事を考える、後ろ暗さがあったからだ。
しかし、神獣と呼ばれるスーニアにはお見通しであった。
その金と銀の目を細め、口の端をわずかに釣り上げる。
「ふふ、キドニアの姫よ、わしらを利用しようとしておるのか?」
「そ、そんなつもりは決して! 失礼を致しました、どうかお許しを……!」
ミルファルナが椅子から立って、深々と頭を下げた。よく見れば、その肩が微かに震えている。神獣の機嫌を損ねたりすれば、国が滅んでもおかしくない災厄が降りかかると言われているのだ。
シェリカは王女のそんな様子を見て、わたわたと狼狽えるだけだ。
「まぁ、よかろう。害をなすような事をしなければ咎めはせぬ。……竜矢はわしの命の恩人じゃよ」
「スーニア様の命の恩人……」
それを聞いた二人が目を丸くする。
マナウルフィであるスーニアが命の危機に陥るなど、相当な事だ。
それを救ったというのだから、竜矢がした事は並みの人間では決して出来ない事なのだろう。
「それだけでなく、色々と面倒も見てくれての。正直、わしは竜矢に頭が上がらん程の恩が……む」
「スーニア様?」
急に言葉を止めたスーニアが、身を起こして窓辺へと歩み寄る。
暫くそうしていたが、すぐに振り向いて二人に言った。
「我が主が戻ってくるぞ。今、思念で連絡が入った」
「えっ?」「思念?」
良く分かっていない二人を面白そうに見つめながら、スーニアが説明する。
「わしとリュウヤは心で会話する事が出来るのじゃよ。これはわしがリュウヤを主と認め、契約したから出来る事じゃがな。分かりやすく言えば、魔術師が使い魔と精神で繋がるのに近いかの」
「なるほど……」
ミルファルナも力は弱いが魔術を多少扱える。師の宮廷魔術師から聞いた話を思い出し、納得して頷いた。
優れた魔術師は、動物を魔術によって自分の使い魔とする事が出来る。それは精神的な繋がりを持たせて使役する事だ。
使い魔が見た物を同じ視点で見たり、自分の言葉を使い魔の口から離れた者へ伝えたりする事などが出来る。場合によっては、魔術師の受けたケガのダメージを代わりに受けさせたりする事も出来るのだ。
「客人を二人連れておるそうじゃ。窓の鍵を外しておけ」
「あ、はいっ」
シェリカが窓の鍵を外すと、軋んだ音を立てて窓が少し開いた。少し冷たい夜の風が流れ込んでくる。
それを眺めつつ、ミルファルナが疑問を口にした。
「客人とは……どなたなのでしょう?」
「お主がよく知っておる者だそうじゃぞ?」
「私が……?」
小首を傾げ、誰かしら? と考え込むミルファルナであった。