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10話:パルフストの双剣姫

オランウータンに失礼だったかも知れない・・・。


「ラディナ姫、ご機嫌はいかがですかな?」

「……良いわけがなかろう、ダルゼット」


 パルフスト王国の有力貴族であり、邪神崇拝者でもあるダルゼット公がラディナを閉じ込めている部屋を訪れてベッドに腰掛けていた彼女に声をかけた。

 ここはダルゼットの屋敷にある、最も高い尖塔の頂点部に作られた部屋だ。


 ただし、窓には鉄格子がはめ込まれており、扉には通常の鍵の他、魔術による三重のロックがかけられている独房でもある。

 その身を包んだ黄色を基調とした豪華なドレスや、煌びやかな装飾を施された室内とは裏腹に、ラディナの顔は暗く沈んでいた。


 ラディナは今年十七歳になるパルフスト王国の第一王女で、男勝りの姫として有名だ。 礼儀作法などの勉学よりも軍学や剣術を好み、剣は二刀流を得意としている。その腕前は国内でもトップクラスの腕前を誇る。


 加えて王家に代々受け継がれた強い魔力を持ち、その力はパルフスト王家の歴史でも一、二を争うと言われるほどだ。

 母親譲りの美貌は見る者を例外なく陶酔させ、その金髪は太陽の祝福を受けたとさえ言われるほど美しい。


 もっとも、元は背中まで伸ばしていたその髪は、剣を振るうのに邪魔だとばっさり切り落としてしまい、遠目には男と思われるようなボーイッシュなショートカットにしているが。


 通称、『パルフストの双剣姫そうけんき』。

 そんな強者と呼べる彼女が、どうしてこんな所で囚われの身となっているのか?

 五日ほど前の事である。

 眠る前の湯浴みを済ませ、さあ寝ようとした所で部屋の扉をノックされた。


『誰だ?』

『夜分遅くに申し訳ありません、侍女のリーラでございます……』

『リーラ? どうした、何かあったのか?』

『その……姫様にお話ししたい事がございまして……』


 誰かと問えば、お付きの侍女の声がした。

 一国の王女の部屋を夜中に侍女が訪ねてくるというのは、あまり考えられない事だ。あまり身分の上下を気にしない、さっぱりした性格の彼女でも首をひねった。


 とはいえ、普段から二人だけの時は砕けた会話をする仲であり、ラディナは彼女を気兼ねのない友人とさえ思っている。

 それ故に深く考えずに部屋に入る事を許可し、魔術によるロックを外したのだが、その途端に覆面をした数人の男達が部屋になだれ込んできたのだ。


 だが、ラディナは剣術だけでなく格闘術も学んでおり、徒手での戦いも得意としている。即座に二人ほど倒したが、一人の男の声が響いた。


『動くな! 動くとこの娘を殺す!』

『っ! リーラ……ッ!』


 男の一人が侍女の首筋に短剣を当てていた。既に少し切っていて、細い血の筋が流れている。それを見て動きが一瞬止まった隙を突かれ、ラディナは鳩尾に強烈な一撃を受けてしまった。


『き、貴様……ら……!』


 遠のく意識の中で、リーラが自分に手を伸ばして何かを叫んでいるのが見えたが、彼女はそのまま気を失ってしまった。

 次に目を覚ました時には、この部屋で監禁状態になっていたのだった。


 意識を失っていた間に辱めを受けていなかったようで、それについて安心したのも束の間、首に何かが嵌められているのが分かった。

 鏡台で自分を見ると、首に複雑な紋様が刻まれた古めかしい首輪が付けられている。


 魔術に関しても並みの魔術師以上に詳しい彼女にも見た事のない物だったが、その効果はすぐに分かった。

 魔術が使えなくなっていたのだ。


 どんなに頑張っても、王家随一と呼ばれた魔術が使えず愕然としていた所でダルゼットが現れてこの事件の黒幕とその意図を知った。

 ダルゼットはパルフスト王家を滅ぼし、国の乗っ取り計画を企てているのだと。


 魔術無しでもダルゼットを打ちのめそうとした彼女だったが、どういう訳か身体に触れる事が出来ない。

 ならばと、開け放たれていた扉から脱出しようとすると身体が金縛りにあったように硬直し、倒れてしまうのだ。


 これは全て首に嵌められていた首輪の力によるものであり、ダルゼットが手に入れたロストパーツの一つだった。付けられた人物は自分の意に関わらず、命令された事に逆らえなくなる力を持つ。


 ダルゼットはこれを『強制のリング』と呼び、自分の指に嵌めた指輪が首輪への命令装置になっていると説明した。

 この為にラディナはダルゼットに逆らう事は一切できなくなったうえ、首輪の力で魔術も使えなくなったのだ。


 ラディナは最後の手段として自害する事も考えていたが、それも命令で禁じられた。

 更にリーラも囚われていると聞き、ラディナはやむなくこの部屋で怒りの炎を燃やしながらも暗澹たる気持ちで過ごしていたのだった。


 そんなラディナの気持ちなど全く気にせずに、ダルゼットは笑みを浮かべながら言った。


「姫があまり食事をとっていないと聞きましてな。いけませんぞ、あなたは大事な身体なのですから、身体を壊すような事があってはなりません」

「貴様、よくもヌケヌケと……!」


 ラディナは沈んだ顔を一変させ、怒りに満ちた目をダルゼットに向けて立ち上がった。

 大股でダルゼットに詰め寄り、自分よりも頭一つ分長身の顔を見上げて吠えるように言う。


「一体、いつまで私をここに閉じ込めておくつもりだ!」

「おお、恐ろしい。いけませんなぁ、その様に顔を怒りで歪ませては。せっかくの美貌が台無しですぞ」


 ダルゼットは怯えたように肩を竦め、両の手のひらで女を止めるように胸の前にかざして笑う。


 もっとも、本気で怯えてなどいない。

 彼はこうやってラディナをからかって楽しんでいるのだ。彼女が自分に対して手を出せないのをいい事に。


 ダルゼットはまだ三十代半ばの年齢だが、血筋の良さと先祖代々蓄えてきた財力だけでのし上がった人物だ。

 ルーデンの顔を鷲や鷹のような鋭い印象の顔つきと例えるなら、彼は地球で言うオランウータンに似ている感じだ。


 顔だけでなく、金に物を言わせた贅沢三昧で肥満したその身体もよく似ていた。

 そんなダルゼットの人を小馬鹿にしたような笑みは、ラディナの怒りに油を注ぐだけであった。


「黙れ謀反者!! 今まで王家から受けてきた恩を忘れ仇を成そうとする痴れ者が!! お前の企みなど、すぐに白日の下にさらされる! いずれ王都から討伐軍がやってくるだろう、そうなればお前も終わりだ!!」


「おお、それは恐ろしい……来られれば、ですがな」

「なに?」


 眉をひそめた彼女に、ダルゼットは楽しそうに言う。


「既にパルフストの有力な貴族達のうち、半分は私の同胞ですのでね。貴女をさらった犯人の証拠など一欠片も出てきませぬよ」

「う、嘘だ! 戯言を言うな!!」


「嘘なものですか。貴女をさらって早五日、私の仕業だと知られたならとうに討伐軍がここに押しかけて来ているはずでしょう?」

「う……嘘だ……」


 動揺を隠しきれず、ラディナの言葉から力が抜けていく。


「それに、何故深夜とはいえ王女である貴女を、警戒厳重な王宮から誰にも気付かれずにさらえたと思いますかな? 王宮内に私の味方が多数居るからこそ出来た事です」


 ニヤニヤと笑いながら、ダルゼットはラディナに近付いていく。

 ラディナは嫌悪感を感じ、思わず部屋の奥へ逃げようとした。


「やれやれ、『命ず、逃げるな』」

「っ!! 動、か……」


 だが、ダルゼットが指に嵌めた強制のリングに囁くように言うと、ラディナの身体が強張って動かなくなる。

 ダルゼットは脂肪で太った身体でラディナを後ろから抱きしめると、その耳元を舐めるように近づけた。


「は……放せっ……! やめろっ……!」

「冷たいお言葉ですなぁ、私はずぅっと貴女に恋い焦がれていたというのに」


 ダルゼットの指が、いやらしくラディナの身体をまさぐり始める。

 そのおぞましい感覚に、ラディナは吐き気を催すほどだった。


「私が命令すれば、貴女をどうにでも出来るのですよ? ですが、私はそれをしない……。何故かお分かりか? 私はね、貴女の身体だけでなく、心も欲しいのですよ。パルフストの双剣姫と呼ばれる、強く、誇り高いラディナ・ジュニアール・アイギル・パルフストの全てを屈服させ、私のモノにしたいのです」


「ふざけるな……! 私は、貴様に屈したりはせんぞ……っ!」

「ふふふ、その気位の高さもまた愛おしい。そうそう、一ついい事を教えてあげましょう」

「……いい事だと……?」


「私がキドニアのルーデン伯と手を組んでいるのはお話ししましたな? 先ほど、彼にやった使いの者が戻りましてな……。キドニアのミルファルナ姫をさらう事に成功したとの事です」

「何だとっ!? 貴様らミルまでっ!!」


 妹のように大切に思っている隣国の姫の名を聞いて、ラディナの顔色が一気に青ざめた。

 動かぬ身体で声を張り上げ、怒りをあらわにしている。


「許さんっ!! ミルの身体にかすり傷一つでも付けてみろ! 全員八つ裂きにしてくれる!!」


「そう言われましても、ミルファルナ姫に関しては私のあずかり知らぬ事ですからなぁ……。それに、今頃は……」

「な、何だ……」


 勿体つけたように話をじらすダルゼットに不安を増大させられていく。

 まさか、と最悪の想像を嫌でも脳裏に描いてしまい、その体が小刻みに震えていく。

 その震えを楽しむかのように下卑た笑いを満面に広げ、ダルゼットは言った。


「ミルファルナ姫はさらってからすぐに、我らが帰依している教団に引き渡されたとの事。今頃はもう、ルディヴァール様への生け贄に捧げられている事でしょう」

「そ……んな……」


 ラディナの身体から力が抜けた。ダルゼットの腕をずり落ちて、縫いぐるみのように床に座り込んでしまった。


「……ミル、が……ミルが……そんな……」


 ダルゼットは呆然と呟くラディナの横にしゃがみ込み、再び耳元で囁くように言う。


「私は貴女を生け贄などにはしませんよ? 申したでしょう? 私は貴女を私のモノにしたいのです。どうしてもそれを拒むというなら、貴女の心を私のモノにする為にあの侍女を生け贄に捧げ、ルディヴァール神に祈る事にしましょう」


 リーラの事を持ち出され、ラディナはハッとしたように顔を上げる。


「やっ、やめろ!!」

「……ならば、どうすれば良いのか自分で考えてみては如何ですかな?」

「卑怯な……っ!」


 ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みは崩さず、その目は冷たくラディナを追い詰めていく。

 本来、王家の人間が親しいとはいえ一人の人間の為にその膝を折る事など、あってはならない事だ。


 小の犠牲を取り、大を生かす。そういう政治をしなければならないからだ。それで恨まれても、憎まれても、国と民の平和と安寧を守っていかなければならない。それが王家の人間に課せられた責務だ。


 しかし、信頼していた自国の貴族達の半数が王家を裏切っていた事実や、妹同然に思っていたミルファルナの死を聞かされて、気丈な彼女も限界に近くなっていた。

 きつく握りしめていたその拳から力が抜け、ラディナは床に向けて力無くうなだれる。


「……頼む、リーラは助けてやってくれ……」

「ほう? して、その代償は何で支払うおつもりか?」

「……わ、私、は……」


 ダルゼットには彼女の答えなど既に分かっている。彼女には自分を差し出すしか方法が無いのだから。

 それを承知の上で、敢えて彼女自身に屈服の言葉を吐かせる事で、自分のモノにしたという達成感を味わおうとしているのだ。


 何処までも下衆な男である。

 だから、ここまでの話を我慢して聞いていた人物が、とうとう我慢しきれなくなったのも無理もない事だろう。


「必殺! フルプレートアーマー装着で爆裂キィーック!!」

「ぶぎゃべぁっ!?」


 部屋の片隅に飾ってあった、年代物の白いフルプレートアーマーが突然ダルゼットに襲いかかり、見事な跳び蹴りをその顔面にめり込ませたのだった。



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