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1話:召喚という名の拉致

 初の投稿です、その為少々びびっておりますw ちょっと変わった主人公の異世界召還モノです。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……! あ、後六分か……!」


 坂崎竜矢さかざき りゅうやは走っていた。

 理由は簡単、学校に遅刻しそうだったからである。

 高校二年生になったばかりの竜矢は、特に特筆すべき事のない、平凡な高校生だ。


 学校の成績は中の上、得意な科目は歴史、苦手な科目は数学。女友達はいるものの、彼女いない歴はイコール年齢。


 二枚目という訳でもなく、女子から引かれるほどダサクもない、本当に平凡な高校生だ。

 ともあれ、彼は今月四度目の遅刻になるかどうかの瀬戸際で、ひたすら全力疾走を続けていた。


 と、前方からほぼ同じ速度で走ってくる人影が見えた。


「はっ、はぁっ、はっ、はぁっ、おう、坂崎! お前も遅刻か!?」


 クラスメイトの工藤だった。確かこいつも今月四回目の遅刻だったなーと、竜矢は思い出す。


「工藤もか! 何、まだ遅刻と決まった訳じゃねぇ! あと五分ある!」

「はっ、ギリギリだな。坂崎はゲームでもやってたのか!?」


「オンラインゲームのボス戦で苦戦してな! お前は!?」

「『呪われたグレープフルーツ』他、レンタルのB級ホラー映画五本と睡眠時間を引き替えにした! 徹夜だ!」


「タ、タフな奴……!」


 映研に所属する彼はB級映画をこよなく愛し、将来は映画監督を目指している。尊敬する人物はクエンティン・タランティーノだ。


「確かお前も今日遅刻したら四回目だろ!? 何としても間に合わなきゃならん!」

「おぅよ! あの罰ゲームだけは二度とゴメンだからな!!」


 工藤の悲鳴に近い言葉に竜矢も叫ぶように返事をする。

 罰ゲームというのは、一ヶ月間の遅刻が四回に達すると、その生徒のもっとも苦手な教科で抜き打ちテストをやらされるのだ。


 それも、日曜日に。

 サボろうものなら、成績がそれはもう恐ろしい事になってしまう。

 更にそのテストの分量は通常の三倍はある上、九十点以上を取らないとまた追試をやらされる。


 それは、次の日曜日にやる事になる。

 つまり、九十点以上取るまで延々と日曜日にテストをやる羽目になるのだ。

 生徒達はこれを『ネバーエンディング・テスト』と呼び恐怖の的となっている。


 竜矢も工藤も過去に一度経験しており、その恐怖は骨身に染みている。

 染みているのだが、それでも遅刻をしてしまうような事をやってしまうのは、どうしてもやめられない。


 『喉元過ぎれば熱さを忘れる』とはよく言ったものである。

 そうこうしている内に、学校の校門が見えてきた。


 生徒指導の教師が口に笛をくわえ、鳴らす準備をしている。笛が鳴る前に校門を通らなければ遅刻確定だ。

 残り時間、一分。


「くおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「んがああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 猛ダッシュをかける二人。

 だが、徹夜による消耗は本人の予想以上に体を疲弊させていた。

 工藤がコケたのだ。


「ぐはぁぁぁっ! さ、坂崎ーっ! 俺を見捨てるのかーっ!」

「さらば友よ! お前の事は決して忘れない! ぬおおぉぉぉおおぅっ!?」


 その時、竜矢の眼前で空間が“割れた”。

 割れた先には、魂さえ吸い込んでしまいそうな無明の闇が広がっている。

 竜矢は思わず急ブレーキをかける。


「んなぁっ!?」


 瞬間、闇の中からふしくれだった皺だらけの巨大な手が飛び出した。

 竜矢の身長よりやや小さい程度のその手は、彼を鷲掴みにするとすぐに闇の中へと戻っていく。


「ぐ、は、放っ……! ぐ、ぅぅ……っ!」


 竜矢が闇の中へと連れ去られて行く。

 助けを呼ぼうにも締め付けられて声が出ない上に、工藤は起き上がろうして、教師は時計に目をやっていて気付いていない。


 その姿が見えなくなると、割れた空間がフィルムの逆回転のように戻っていく。何事も無かったかのように空間は元通りになっていた。

 五秒にも満たない間の事だった。


「イッテェ~、くっそ~……あれ、坂崎?」


 工藤が目を向けた頃には、坂崎竜矢という人間は地球上から姿を消してしまっていた。

 彼が持っていた鞄だけが、道路の上にポツンと落ちていた。






 闇の中から引きずり出された竜矢は、大きな空間に出た。学校の体育館よりも遥かに広い空間だ。壁や柱に蛍光灯のような光を放つ、水晶の様な物が台座に乗せられていて、部屋全体を明るく照らしている。


 一方の壁には棚が作られて、薄汚れた壺や巻物、不気味な動物のミイラのような物が所狭しと並んでいた。反対側の壁際には色とりどりの液体が入ったフラスコやビーカー、試験管などが無数に並び、何処かの研究所を思わせる。


 別の壁には出入り口であろうドアがあり、反対側には床と天井に恐ろしく緻密に描かれた魔法円があった。


 その中心に、薄汚れたローブを纏った老人が立っていた。

 その顔には伸び放題の白い髭と無数の皺が刻まれ、年齢は三百歳を越えていると言っても信じてしまいそうな程だ。


 顔と同様に皺だらけの手に、竜矢が握られていた。

 竜矢にとっては、まさに巨人である。

 常識では考えられぬ異常事態に竜矢はパニックに陥っていたが、きつく締め付けられて身動きが出来ない。


 と、竜矢を握った老人の手が持ち上がり、自分の顔の前でしげしげと眺め始めた。


「_G+;@^-¥○★:R」


 老人が何かを喋ったが、それは竜矢には聞いた事がない言語だった。


「な……んだって……っ?」


 言葉が通じない事が分かったのか、老人はそれ以上喋らなかった。その代わりのように、残った手を竜矢に伸ばしていく。巨大な手が迫るという恐怖に、竜矢の体は震え、金縛りにあったように身動きが出来なくなる。


 老人の手は竜矢の着ている制服に指をかけると、一気に引き千切ってしまった。

 丈夫な生地で作られた制服を無理に裂いた為に、竜矢の体にあちこち食い込んで痣や擦り傷を刻み込んだ。


「イッ……テェ……ッ!」


 竜矢のか細い悲鳴を無視して老人は作業を続け、竜矢は全裸にされてしまった。

 老人は次に、机の上にあった黄色いトロリとした液体の入った、円筒形のガラス容器に竜矢を放り込むと、それに蓋をして完全に密閉してしまったのだ。


 ようやく手から解放されたのも束の間、今度は溺死の危険に晒され、竜矢は懸命に容器の壁を叩く。


(出せ!! 出せよ!! 死んじまう!! 出してくれぇっ!!)


 厚いガラスの壁は竜矢の拳を阻み、音はろくに外に届いていない。

 そうこうしている内に、限界が来た。耐えきれずに吐き出した空気の代わりに、肺の中に容器内の液体が流れ込む感触に竜矢は恐怖した。


(ち、ちくしょうっ……! 死ぬ、のかよ……? こんなムチャクチャな事ありかよ……っ! こんな、訳の分からない……あれ?)


 いつの間にか、苦しさが消えていた。

 呼吸が出来ている。

 どうやら、この液体が空気の代わりになっているようだ。


(どうなってんだ……? そーいや、こんなのを映画で見た事があるな。酸素を大量に含んだ特殊な液体で酸素ボンベの代わりにするとかいう……)


 竜矢が容器の中で平静を取り戻すのを見て、老人は満足げに頷くと傍らの机で紙に何か色々と書き始める。液体の粘性が高く声を出す事が出来ない為、竜矢が何度容器の壁を叩いても一瞥すらせずに、老人はひたすら紙に向かっていた。


 そのうち竜矢も睡眠不足から眠くなってしまい、いつしか液体の中で身を丸めて眠ってしまったのだった。


 次に竜矢が目覚めた時、どれだけの時間が経ったのか分からなかった。この巨大な部屋には窓が無く、昼と夜の区別が付かないのだ。もしかしたら地下室なのかも知れない。


 老人は相変わらず机に向かって何かを書き続けていて、使った紙の分量が凄い事になっていた。竜矢はようやく落ち着いた事もあり、今の状況を把握するべく考えを巡らせた。


(どー考えても、俺の今までいた世界じゃねーよなぁ……。あれか? ゲームや漫画で出てくる『異世界』……って奴か?)


 しかし、体のサイズがこうまで違う異世界だという事に、竜矢は途方もない絶望感を感じた。


(『ジャックと豆の木』のジャックになった気分だぜ……。何とかして逃げたいけど……)


 逃げたとしてどうするのか? 言葉は通じない。何とか言葉を覚えたとして、それからどうするのか?

 こんな妖精サイズの体では、働いて稼ぐという事も出来ないだろう。捕まって見せ物にされるか、あるいはペットのような扱いを受けるか。


 飼い主となった人物が優しい者ならそれもいいかも知れないが、そうでなかったら?

 考えれば考えるほどマイナス要素満載の現状に、竜矢の思考はどんどん沈み込んでいった。


(大体、俺をどうしようってんだ、このじーさん。見るからに魔法使い……錬金術師って方が近いか)


 改めて実験器具らしき物で埋め尽くされた部屋を見渡し、竜矢は一つの可能性に行き着いて背筋に悪寒が走った。


(人体、実験……?)


 そしてこの予感は的中し、竜矢は地獄の日々を送る事になる。

 竜矢が再度眠った後。体感的にこの世界に拉致されてから二日後。


 竜矢の入った容器に繋がるチューブの先に、老人が注射器のような物で赤い液体を容器内に注入した。

 不安気にそれを見つめていた竜矢の身に、異変が起こった。


 全身に激痛が走ったのだ。神経を直接いじられているような、壮絶な痛みだ。

 声にならぬ悲鳴を上げ続け、ようやくその痛みが消える頃には竜矢は疲れ果て、そのまま眠りについてしまった。


 翌日、竜矢は目に痛みを感じて目を覚ました。

 眼窩に直接焼け火箸を差し込まれ、乱暴に抉り回されるかのような痛み。

 外を見れば、老人がまた注射器で昨日とは違う液体を注入していた。


 その痛みが消える頃、竜矢はまた疲れ果てて眠ってしまった。

 それから何日もこの繰り返しだった。ある日は耳の奥が、ある日には手足が、またある日には腹の奥が……。


 いつ終るとも知れない痛みと眠りのみの毎日に、竜矢の精神はボロボロになっていった。

 だが、一ヶ月近く続いたであろうその日々は、唐突に終わりを告げる事になる。

 珍しく痛みの無いまま目を覚ました竜矢は、老人の手に握られている自分に気が付いた。いつの間にか、容器から出されていたのだ。


 老人は竜矢を床に描かれた魔法円の中心に寝かせると、円の外に出ると高々と両手をあげ、低く嗄れた声で何かの呪文を唱え始めた。

 竜矢の体を拘束する物はない。脱出するには絶好の機会だが、もはや自我が消えかけている竜矢には体を動かす気力などある筈もなかった。


 老人の呪文に合わせ、魔法円が青い光を放ち始める。

 その時、竜矢の体に異変が起こった。

 脳髄に大量の情報が強制的に流れ込んできたのだ。


「あっ、が、があああぁぁぁあぁああぁっーーーーー!!」


 本来、脳に痛みを感じる神経は無い。

 だが、竜矢の脳は許容量を超えた情報量を強制的に流し込まれ、悲鳴を上げる。

 竜矢が感じているものは正しく脳の激痛だった。


 流し込まれている情報は、この世界に関しての事だ。

 言語、風習、歴史、武術、魔術……。

 様々な知識を無理矢理に押し込められ、竜矢は目の前の空間がスパークするように感じた。

 だが、この脳への刺激が、竜矢の消えかかっていた自我を呼び覚ました。


「やっ……やめろおおぉおぉっ!!」

「っ!?」


 竜矢の叫びに老人は驚愕する。

 実は、竜矢が自我を失いかけていたのは激痛によるものだけではなく、老人が容器に注入した薬にそういう効果をもたらす物が含まれていたのだ。


 自我を取り戻す筈はない、そう思っていた老人は予想外の竜矢の目覚めに呪文の詠唱を中断してしまう。

 魔法円の光が消え、痛みの消えた竜矢がゆっくりと身を起こす。その全身から、揺らめく炎のような赤いオーラが噴出していた。


「クッ……頭がクラクラする……! このクソジジイ!! 散々好き勝手やってくれやがったなあぁ!!」


 約一ヶ月に渡る拷問に等しい激痛の日々を思い出し、竜矢の怒りが爆発した。

 その身を包む赤いオーラが吹き上がり、竜矢の体が宙に浮き始める。そのオーラは次第に人の形を取り始めた。


 老人の前に、竜矢の小さい体を胸の中に取り込んだように見える、赤い光の人型が出現した。だが、それを見て逆に落ち着きを取り戻したのか、老人は口元を歪めて言った。


「……これは驚いたのう……、自我を取り戻すとはな。異世界人は薬物への耐性が高いのかの?」

「ああ!? ジジイ、グチャグチャ言ってねーで俺を元の世界に返しやがれ!! でないとこの部屋をメチャメチャにすんぞ!!」


 何故か言葉が通じる事には気付かず、竜矢は叫ぶ。

 竜矢は怒りに震えてはいたが、我を忘れてはいなかった。元の世界に帰る手段が分からない以上、今この老人だけがその鍵を握るのだ。


 今の竜矢は、怒髪天を衝くといった表現がぴったりの怒りの形相だ。

 体の大きさから迫力は薄れるものの、無意識に放たれる強大な魔力の奔流は部屋全体を揺るがす程だ。


 だが、その魔力を浴びながら老人は怯えも動揺もしていなかった。むしろ、嬉しそうに唇の橋を上げて笑っていた。


「ほほう、予想以上の力じゃ! 苦労して異世界から召喚した甲斐があったわい。『次のわし』に打って付けじゃて」

「何を訳の分かんねー事を・・・!?」


 老人が無造作に右手を上げ、手のひらを竜矢に向けた。何かを掴むようにその指が動くと、竜矢の体が光の人型もろとも締め付けられた。

 噴出する竜矢の魔力を強引にねじ伏せる、更に強力な魔力による拘束だ。


「グッ!?」

「『今のわし』には勝てぬよ。既にお前には、今までわしが蓄積してきたこの世界の知識を流し込んだ。後は体を貰うだけじゃったが……。やむをえん、魂を破壊させて貰うぞい」


 老人の右手が黄色く光った瞬間、雷に打たれたような強烈な衝撃が竜矢の体を襲った。


「ギッ!? ガアアァアァァァァアアァーーーッ!!」


 肉体にではなく、精神の根源とも言える魂への直接攻撃。

 自分という存在が徐々に削られていくような感覚に、竜矢が悲鳴を上げた。


「抵抗するでないわ、しなければ楽になるぞい」


(こんな・・・っ! こんな訳のわかんねー死に方すんのかよっ!? 冗談じゃねぇ、冗談じゃねぇぞっ!!)


 全身に力を込める。

 老人によって強制的に植え付けられた魔力が体内で荒れ狂い、渦を巻く。

 今まで受けた理不尽な苦しみに対する怒りが、その魔力を倍加させ、爆発の起爆剤となった。


「ふ・ざ・け・ん・なぁぁぁ!!」

「何っ・・・じゃと!?」


 老人の拘束する魔力が、更に膨れあがった竜矢の魔力によって引き千切られた。押さえ込まれていた魔力が一気に解放され、強烈な閃光と轟音が轟いた。

 一瞬の後、煙の晴れた後に立っていたのは竜矢と老人だけだった。


 竜矢の魔力の爆発によって、研究室は跡形もなく消滅してしまったのだ。周囲は彼らの回りを残して大きく抉れ、回りには荒涼とした岩山が広がっている。

 だが、その場にいたのは二人だけではなかった。


「何という……! こやつが居なければ、わしとて危うかったわ……!」


 老人の背後に、一人の少女が倒れていた。

 一二、三歳ほどの少女は一糸纏わぬ全裸の上、全身汚れており、髪も伸び放題で酷く痩せていた。


「はぁっ、はぁっ……! ジ、ジジイ……その子は何だ! 俺と同じように異世界からさらったのか!」

「違うわい、この世界の者よ。じゃが、こやつは人の姿をしておるが、人ではない」


 そこまで言うと、老人は視線を竜矢から外さずに左手を少女に向けて開き、右手を竜矢に向けて開いた。


(また拘束か? けど、さっきみたいに魔力を爆発させたらあの子まで巻き込んじまう……!)


「ほれ、魔力を寄越さんか、バケモノめが」

「ーーーーーッ!!」


 少女が声にならぬ悲鳴を上げた。苦しそうにのたうちまわっている。


「て、てめえ! その子に何してやがんだ!」

「何、魔力を提供して貰っておるだけよ」


 よく見ると、少女の首には首輪のような物が嵌められていて それが青白く光って明滅している。それに併せるように老人の左手も青白く明滅する。

 と、その光が不意に消え失せた。


「ン? さっき張った防御結界で力を使い果たしたか……。もう用済みじゃの」


 少女はもはや虫の息で、体を小刻みに痙攣させている。大きく見開かれた瞳は光を写しておらず、命の灯火が消える寸前である事を教えていた。


「この……っ! クソジジイッ!!」

「おっと」


 赤い光の人型のまま、竜矢は老人に殴りかかる。だが、その姿が唐突に消え失せた。


「なっ……!?」

「やれやれ、大失敗じゃ。今は引いておこうかの、流石に分が悪いわい。じゃが、お前の体は必ず手に入れるぞい、必ずじゃ……!」


 虚空から響く老人の声に、竜矢は辺りを見回すが、姿はない。

 次第に気配も消え去り、残されたのは竜矢と瀕死の少女だけだった。




 竜矢は赤い光を消して地に降り立つと、少女の側に行った。


「おい……しっかりしろ」

「ヒュー…………ヒュー…………」


 少女はか細く息をしているが、身動きも出来ないほど衰弱しきっていた。

 竜矢は脳に押し込められた知識の中から、使えそうな物を調べてみた。


「魔力を提供して貰った……とか言ってたな。って事は、あのジジイに魔力を吸い取られたのか? そうなると、使えそうな魔術……ええと、落ち着け、落ち着け……、」


 少女を助ける為、竜矢は脳内の知識に検索をかけた。

 今の竜矢はこの世界のありとあらゆる知識を持つ、言わば賢者のような存在となっている。その中には魔術もあり、当然治癒系の魔術も含まれている。


 手順、魔力の流し方や魔術式の構築、呪文、全て知っているし、分かっている。

 だが、それはあくまで知識だけの事であり、実践経験など勿論無い。


 知識だけで、重病の人間をド素人が手術するようなものだ。

 竜矢はぶっつけ本番で、それをやろうとしているのだ。


「体力を回復すると同時に、魔力も回復する必要がある……、なら『万象の癒し手』……これだな」


 『万象の癒し手』は治癒魔術の中でもかなり上位の魔術だ。厳しい修行と豊富な経験を積んだ術師でも、使える者は数少ない。だが、この弱り切った少女を救うには、それだけ強力な魔術でなければダメだと竜矢は判断したのだ。


 これが地球で、簡単な治療ならテレビや漫画などの知識からやってやれない事は無いかも知れない。しかし、ここは異世界だ。当然ながら竜矢には魔術を行使した経験など無い。


 知識はあるが、使った事はおろか見た事も無い魔術で瀕死の人間を治す。

 非常にアンバランスで、ちぐはぐな状況だ。

 それでも、やらなければ目の前の少女は確実に死ぬ。

 竜矢は覚悟を決めた。


「一か八かだ……! 風よ、この者の内に清浄な風を、乗りて流れて水の癒し、赤き血の流れを取り戻さん、大地の豊穣を肉に与え、命の炎を燃え上がらせよ……!」


 呪文と共に体内で魔力を導き、魔術式を構築する。竜矢を中心とした地面に赤い魔法円が現れた。これが魔術式だ。


 例えるなら、電子部品がびっしりと組み込まれた電子回路の魔術版だ。複雑な模様や文字が描かれている魔術式はゆっくりと回転している。


 竜矢が少女にかざした両手から、柔らかな白い光が放たれる。

 すると、ゆっくりとだが少女の肌に赤みが差していく。止まり掛かっていた呼吸が安定し、その瞳に光が戻ってきた。


「肉体の力をもって、魂よ今再びの輝きを取り戻さん…………『万象の癒し手』!」


 白い光が一瞬強くなり、それはすぐに消滅した。


「ふぅ……。ど、どうだ? 大丈夫か?」

「……ん……」


 骨と筋だけと言ってい良いほど痩せ細った体は、まるで餓鬼のようだ。筋力が落ちているであろう体で、ゆっくりと少女が身を起こした。


「えっと、気分はどうだ? 初めて魔術なんて使ったもんでよ……痛い所とかないか?」

「……お……た……」

「え?」


 かすれた声で少女が何かを言った。

 聞き直そうとして竜矢が近付くと、少女は竜矢を両手でそっと掴み、顔の前まで持ち上げた。そのまま竜矢をジーッと見つめている。


「えーっと……」

「お……すい……」

「な、何だい?」

「お腹……すいた……」

「へ?」


 よく見ると、少女の口の端から一筋のヨダレが垂れている。

 竜矢の全身に言いようのない感覚の汗がドッと溢れた。


「あの……ちょっと? まさか……」


 パクッ


「だあああああああっっ!! 待てっ! 待てってば!! 俺は食いもんじゃないから!! 落ち着いてください、お願い!! たっ……食ーべーなーいーでぇぇぇぇっ!!」


 上下の歯を必死に押さえる竜矢の絶叫が、荒れ果てた大地に響いていった。



誤字脱字等ありましたら、指摘して下さい。


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