判子と彼女と
判子、お願いしますと、
二日に一度くらい
眠気の増す三時頃に、
彼女はやって来る。
分厚い書類のときや、
二、三枚のときや、
色々な量になるけれど、
彼女はやって来る。
大抵、うん、押そかと、
側にある机の角に座る。
説明を受けながら必要な
判子を押してゆく。
数か少ないときは
世間話になり、
彼女は出来事を
あれこれ話し始める。
自転車で転けたこと、
JRがよく遅れること、
二日ごとに惣菜を作ること、
モデルナアームのこと。
どれもこれも、
特に落ちがあるとか、
どうしたらいいかとか、
そういうことでもない。
日常の何気ないことを
愉快そうに話している。
相づちをうちながら、
ふと自分を振り返る。
そうだったなとか、
こうなったなとか、
どうしてるかなとか、
一生は短いよとか。
彼女はその合間に、
判子を押す書類を
手際よく入れ替える。
指先の小さな絆創膏。
紙で切ったらしい。
それも何度もあった。
案外とヒリヒリ痛い。
ペーパーレスは夢の夢。
紙は残るけど、
判子は無くなるね。
役所は押さなくても
よくなってますしね。
判子が無くなったら、
この時間も無くなる。
それはそれで、
寂しいような気もした。
判子が押し終わっても、
彼女はしばらく話していた。
そして、今日は餃子にしよと
にこやかに帰っていった。
確か去年の今頃だった。
彼女はバワハラを受けていた。
ノイローゼにもなっていた。
元気になってよかった。