笑えるおじさん Part3
五歳になるはなさんの一人娘のみつりが幼稚園から帰って来た。
1人で空を飛んで帰って来るのではなさんも助かっている。
「おお、これはかわいいお嬢ちゃんやなぁ!」
そう言って出迎えた猪八戒を、みつりは冷めた目で見ると、聞いた。
「誰?」
「おじちゃんはなぁ、お母さんの募集で集まったオモロいおじさんの1人や。千代田八郎って名前や。ハチローって呼んでな!」
いや、猪八戒でいいだろ、と私は心の中で突っ込んだ。
「誰?」
みつりは猪八戒を無視してはなさんに聞いた。
はなさんはにっこりと答えた。
「はなさんが『笑えるおじさん』を募集したので、来てくださった大切なお客様よ。ご挨拶しなさい」
みつりはぺこりとお辞儀をすると、名乗った。
「かまどねずこです」
名前が変わっている。しかも漢字が難しくて書けないようだ。
もう1人の応募者の馬場さんは緊張した顔をして何も言わずにただねずこを高いところから見下ろしている。
ねずこは怯えたように私の背中に隠れると、馬場さんのことについては何も聞かず、ただ呟いた。
「こわい。あのおじさん」
スーパー戦隊ヒロインのくせに何を言う。
猪八戒が言った。
「さて、ところでワイらは何をしたらいいんでっか?」
はなさんはにっこりと答えた。
「『笑えるおじさん』だというところを、はなさんとねずこに見せてください。期限は一週間です。その間に『このひとは笑えるおじさんだ』と私達に一番思わせた人に、優勝賞金700万円を差し上げます」
「な……!?」
猪八戒が笑顔のまま驚いた。
馬場さんは何も言わずにただ小さな目をかっ開いた。
私は何も驚かなかった。既にデキるおじさんの時に修練費として200万、成功報酬として500万円もらっていた。
その額を最初に聞いた時も大して驚きもしなかった。ただデキるおじさんになることに必死で、ただはなさんのことばかり考えていた。
貰ったお金もほとんど使うことなく、銀行に預けている。はなさんと一緒に暮らしていると、使うことがないのだ。
「あんた、何者ですのん?」
猪八戒がはなさんに興味を持った。持つな、ブタのくせに。
「悠々自適な有閑マダムといった感じでんなぁ。旦那の遺産でもがっぽり入ったんでっか?」
「全部自分で稼いだお金ですよ」
はなさんは少しだけ笑顔を崩し、胸を張るように言った。
「倉庫のアルバイトとか、スーパーのレジのパートとかをして」
「それでそんなに貯まるもんかいな!」
猪八戒が突っ込んだ。
「なんか危ない裏稼業にでも手を染めてまんのちゃいまっか!?」
「貯まりますよ」
はなさんはにっこり笑った。
「使うことがないですから」
「いくらそんなん言うても……! あ、もしかして株かFXか何かで儲けはったんでっか?」
「いいえ。まぁ、他にも社長秘書や作曲家をやっていたこともありますからね……。ところで早速お願いしたいんですが、あなた方の『笑えるおじさん』っぷりを見せてもらえないでしょうか?」
「うーん……」
猪八戒は考え込んだ。どうやら賞金の額が予想よりも大きすぎて、戸惑っているようだ。裏があるのではと怪しんでいるのかもしれない。ただのはなさんの遊びなのに。
「ま、やりまひょ!」
猪八戒が直立不動の体勢に入った。胸を張り、二重アゴを六重アゴぐらいにして緊張している。そこから少しずつ力を抜くと、お肉が上から下へ、ゆっくりと落ちて行くように見えた。
可愛い声を作り、言う。
「砂時計~」
「ぷっ」と、はなさんが、結んでいた唇から笑い声を吐いた。
「きゃはは!」ねずこが大笑いしてお腹を抱える。
「よっしゃー! 笑わせたでぇ~!」
猪八戒がガッツポーズを決める。
「これでワイが優勝やぁ~!」
「まだですよ」
はなさんは笑いながら、たしなめる。
「期限は一週間ですからね。その間の総合評価点で優勝者を決定します」
「そっか、そっか」
猪八戒はがっはっはと笑うと、馬場さんのほうを見た。
「次、あんた何かやってみせてな。あんたに何が出来るんか興味あるわ」
馬場さんは陰鬱な顔をさらに暗くすると、殺し屋のような目をして、言った。
「俺は……、周囲から、まったく笑わない奴だと思われている」
全員の注目が馬場さんに集まる。
馬場さんは続けて言った。
「だが……、笑えるんだぜ? 俺だって」
馬場さんは周囲をぐるりと睨みつけると、口をほとんど閉じたまま、モゴモゴと喋った。
「笑えるおじさんなんだ、俺は、本当は……。見てろ」
そして顔面に力を入れた。笑おうとしているようだ。
しかしその顔はどう見ても笑顔ではない。
ざわざわという効果音とともに悪魔がくわっと口を開けたような表情に変わって行く馬場さんに、その場の誰もが恐怖した。
「も、もういいです」
はなさんが止めた。
「次はデキるおじさん、お願いします」
はなさんがまた私をその呼び方で呼んだ。工藤大介ですよ、私は。
「デキるおじさん頑張れー」
ねずこも私をその呼び方で呼んだ。
私は不覚を恥じた。
何もネタを準備していなかったのだ。
どうしよう。




