牡丹
片瀬さんに初めて会ったのは、彼女の男友達の一人であって私の彼、甲野拓真の親友でもある長谷さんと年明けに訪れた居酒屋だった。
あでやかな大輪の牡丹が花開いたような印象のほっそりした美人で、思わず目を見張った。その場が一気に華やかに色づくようだった。友達の多い長谷さんが街で知り合った年上の女性で、長谷さんと共に彼も二、三度一緒に飲んだのだという。
長谷君、甲野君と年下の男性を君付けで呼ぶ彼女は颯爽として格好良かった。
女性でありながら事務機メーカーの営業課長をしていて、銀行マンのご主人と二人暮らしだそうだ。
「由宇子さん、あなたね、甲野君は百万人に一人の逸材だと思うわよ」
挨拶からようやく打ち解けたばかりだというのに、片瀬さんから唐突に切り出されて私は面食らった。
「百万人って凄いですね」
「あらどうかしら? そんなものよ。あたし、これでも部下十人の管理職よ? 人を見る目はあるんだから」
片瀬さんは美しい笑顔のままサバサバ話しかけてくる。いわゆる姉御肌だ。
「だってそうじゃない? さっきの話だって凄かったわ。なかなか言えるもんじゃないわよ。この前話した時も思ったけど、切なくなるようなことを言うわよねえ、甲野君は」
それは、内戦で傷ついた国にボランティアに行くとしたら自分はどうするという話題だった。
彼は「これは仮定だけれど」と言いながらこう言った。
――親も兄弟も目の前で殺されて脅えきった子どもがいたとする。僕はなんとかして、その子を抱き上げたい。抱き上げたその時、たとえ不信感いっぱいの子どもが無表情で僕の腹をナイフで突いてきたとしても、こらえてその子に微笑む。僕は悔しい程に非力だが、脅えなくていいんだと一瞬でも感じとってくれたならそれでいい――
身振り手振りで話す彼はいつも以上に熱っぽく語っていた。根っからの子ども好きなのである。
だが彼が普段から相手をしているのは、何も子どもに限ったことではない。
相手が子どもだろうと大人だろうと、いつも悲しんでいる人をひとまわり大きな気持ちで包み込もうとする。
冗談でも誇張でもなく、不眠不休で片っ端から悩み相談を請け負ってしまう、そんなひたむきなところが彼にはあった。
「じつはあたしも言われたんだけど、甲野君て、ほら、いつも言うんでしょ。『話を聞いたぶん、悲しい気持ちは半分持っていきます』って。あれって本当に半分持っていってるんだと思うわよ。必ず軽くしてるんだから。心憎いわね」
長谷さんと彼はもう違う話に移って盛り上がっている。無邪気にジッポーのコレクション自慢をしていた。
「片瀬さん……さすがですね。そうなんです、それで必ず相手のためになるように導くっていうか。この前も、踏切の向こうに住んでる高校生と知り合って、いきなり本気でやりあって仲良くなって。他にも入院している知り合いや、地震の被災地に越した同級生にもメールして話を聞いてるんですよ。私はのんびり屋だからついていけないっていうか……毎日それに付き合うだけで精一杯で」
「ふうん。由宇子さんて真面目そうだからお勉強できたタイプでしょう? だからよ、駄目ね」
「えっ」意外な切り返しに焦った。
「長谷君も甲野君も、高校の頃結構ワルかったのよ。長谷君は金髪で尖ってて、ふらふらしてたし。甲野君は硬派だけどバンドやってライブに出たりバイク乗ってたらしいし。だけどねえ」
片瀬さんは私を見つめて言った。
「だけど、人の痛みに二人とも鈍くないのよね。だからあの二人、全然性格違うのに仲いいのよ」
「ええ。成る程それはそうですね」
「そうよ。おかげであたし、このところ楽しいわ。張り合いあるっていうか。由宇子さんも芯があって面白そう。よかったら仲良くしてね」