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メイド、かく語りき


「メアリ。今日は私は孤児院へ慰問に行くことになっているの。その予定は、変えたくないわ」

 グリューデル伯爵家が支援している孤児院の一つに、彼女が今日慰問に行くことは随分前から決まっていた。院の子供達との約束を違えるようなことはしたくない。

「お嬢様のお気持ちは分かります。けれど、この記事によると、汚職の発覚したブロワ侯爵は当局に拘束されたようですが、共犯者と目されている侯爵令嬢…レイチェル様は逃亡中です」

「ええ、私も読んだわ。でも逃亡するならすぐに王都を出るのが普通じゃないの?孤児院は下街だけど王都の中央に近いし、あまり心配することないと思うんだけど……」

「私もそうであればいい、と思いますが、私達の役目はお嬢様の安全かつ快適な生活をお守りすることですので……」

 クローディアの言葉にメアリは浮かない顔のまま曖昧に濁す。

 いつもはっきりとした物言いの彼女には珍しく、クローディアにも不安が伝播した。

「メアリ。何がそんなに気になるの?」

「この…侯爵の一連の悪事が発覚したきっかけ。記事にはまるで侯爵が焦ってミスをしたかのように書かれていますが、実際は何年も横領が発覚していなかったのにこんな簡単にミスをおかすものでしょうか」

 記事の箇所をトン、と叩いてメアリが言う。

「そう言われると、そうかしら……でも王太子妃様のご懐妊でルード殿下の王位継承位が下がってしまうことに焦った、というのは自然なことのように思うわ」

「そこですわ、お嬢様!」

「え?」


 メアリがぽん!と手を叩く。クローディアは自分の言ったことに何がそんなに意味があったのかわからず首を傾げた。

「ひょっとしたら、横領は既に当局からすれば分かっていたことなのではないでしょうか?証拠固めの段階だったのが、王太子妃様へ危険が及ぶことを危ぶんだ誰か…というか、この場合は王太子殿下でしょうけれど、かの方が事態の迅速な収束をお求めになった結果、ということでは」

「なるほど…確かに王太子様の、お妃様へのご寵愛ぶりはとても深いものね」

 クローディアも何度も見たことがあるが、クラークは妃であるナタリーをとても愛していて、その仲睦まじい様子にウェーデル国民は皆微笑ましい思いでいるのだ。

「でもますます私には関係がない気がするわ」

「そこでカルロ様ですわ」

「カルロ?」

 心配している男の名が出て、彼女は顔を曇らせる。カルロが横領などに関わっているとは思わないが、何か利用されでもしていたら罪に問われてしまうのかもしれない。

「お嬢様、そんなにご心配なさらなくてもコルデーの言った通り、カルロ様は殺しても死なないタイプですわ。むしろ、この件に関しては王太子殿下側の者として暗躍なさっていた可能性が高いかと」

「暗躍?」


 外国のスパイ小説のようなワードが出てきて、クローディアは目を白黒させる。

 カルロが暗躍?あの人にそんなことが出来るのかしら?

「ええ、カルロ様は王太子付きの近衛騎士、言わば殿下の子飼い。見目も地位もまあまあですし、そのあたりを加味して間諜に選出されたのかもしれません。侯爵令嬢に言い寄って即袖にされる者では意味がありませんもの」

「い、言い寄るって……」

 クローディアの顔が赤くなる。国家の大事の話だった筈がまるでゴシップの様相を呈してきた。一方メアリは得心がいった様子で何度も頷き、言葉を続ける。

「所謂ハニートラップというものですわ。レイチェル様に関しては、お嬢様に言われて調べた時にかなり交際関係が派手だということをご報告しましたが、ルード様ではなくカルロ様にかなり入れ込んでおられる様子で、どこに行くにも可能な限り侍らせているとのことでしたから」

「そ、それは……知らなかったわ」

「ええ。過去の男とはいえ、そんな話はお嬢様のお耳汚しかと判断して私の方で握りつぶさせていただきました」

「そ、そう……」

 もう言葉もない。箱入り娘には刺激の強い話だ。


「そうやってレイチェル様を篭絡して手に入れた情報を使い、決定的な証拠を掴んだのですわ、きっと。この前お嬢様がカルロ様と会ったと仰っていた夜会、あの主催者の侯爵家も汚職に加担していたと記事には書かれていますし、内偵中だったのでは…」

 顎に手を当てて思索に耽り始めたメアリに、クローディアが声を掛けあぐねていると、コルデーが足取り軽く戻ってきた。

「メアリ、お嬢様が困ってるわよ」

「あ、申し訳ありません、お嬢様…!」

「ううん、大丈夫。メアリの考察はとても興味深かったわ、物語の名探偵みたい」

 にこりとクローディアが微笑むと、メアリは珍しく恐縮した。

「申し訳ありません、こういうことにはつい想像が膨らんでしまって……」

「メアリは観察と推理が得意なんです、新聞の記事について旦那様やお兄様方と議論を交わすのもお楽しいでしょうけれど、メアリと話してみても違う視点の話が聞けて面白いと思いますよ」

 コルデーは、顔色のよくなったクローディアを見て内心安堵しつつそう締めくくった。

「そうね、今度からメアリのお話をもっと聞きたいわ。……それでね、そろそろ結論を教えて欲しいの、レイチェル様が逃亡なさっていて、どうして私が警戒する必要があるの?私はレイチェル様とはただの顔見知り程度の仲なのよ」

 主の言葉に、これはコルデーもメアリの言葉を聞くまでもなく結論が分かった。

「昨夜から今まで、厳重な警戒網が敷かれているのにまだ王都からレイチェル様が出た様子はありません。ならばまだ王都に留まっているということ。何故、見つかる可能性の高い王都に留まっているのか」

 カルロ・ロッシの所為でブロワ侯爵一派の悪事が暴かれたというのならば当然、


「カルロ様が最も大切になさっている人を傷つけようとしている可能性が高いと思われます」

 その言葉に、クローディアは雷に打たれたように大きな翡翠色の瞳を揺らした。



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