密談
4話のすぐ後のお話です。
クローディアが立ち去った後、この屋敷に来た目的を済ませたカルロはその足で王城に戻った。
本来ならば仕事が終わればそのまま自邸に帰っていい、という指示だったのだが、勤務先…王太子執務室に向かう。
扉の前の衛兵に取次ぎを頼むと、彼の思った通り主はまだこの部屋にいた。
「失礼します、殿下」
ウェーデル国王太子、クラーク殿下だ。金の髪に青い瞳、と物語の王子様をそのまま具現化させたような美丈夫だが、中身は甘くはないことをカルロは身をもって知っている。
彼は重厚な執務机に着いて、寛いだ様子で書類に目を通していたが、カルロを見て片眉を上げる。
「どうしたカルロ。今日は直帰でいいと言っただろう?」
「クローディアに会いました」
挨拶もなくカルロが言うと、クラークは溜息をつく。書類を決裁の箱に載せて、蓋を閉じた。
「……我慢のきかない奴だな、グリューデル邸にはしばらく行くなと言っただろう?」
「いいえ、屋敷ではなく、夜会で会いました」
「それはそれは。あの子は夜会嫌いで出てくることはないと踏んでいたのにな」
王太子は机に行儀悪く肘をついて頭を掻く。オレンジ色のランプの光が、彼の目鼻立ちのくっきりとした顔に陰影をつけ、苦悩しているようにも面白がっているようにも見えた。
「アデル様に言われて、新しい婚約者を探しているそうです」
「ん?グリューデル伯爵から話はいってないのか?今回の婚約破棄は一時的なものだと…」
「例え一時的なものであろうとも、正式に婚約破棄をしたのは事実なので社交界の機微に鋭敏なアデル様がわざとそうさせているのかもしれません…」
クラークの言葉を遮って、カルロは口を開く。普段は滅多にこんなことはしないが、今夜のクローディアを見た後では自制が出来なかった。
「殿下、俺はもう限界です。今夜ほど、あの時あなたの口車に乗ったことを後悔したことはありませんよ」
「落ち着け、カルロ。もう少しで材料が揃う。それまでの辛抱だ」
それまでの親しい主従の空気ではなく、為政者としての威厳でもって言われるとさすがにカルロもそれ以上言い募ることは躊躇われた。けれど、どうしようもなく心が乱れる。
「ディアに、本当のことを言うことは許されませんか」
「ああ。ことは国に関わることだ、どれほど大切な者であろうとこの件に関与していない者に情報を漏らすことは許さん」
厳しい表情でそう言った後、クラークは席を立ってカルロの前に歩み寄った。暗い瞳をした部下に眉を寄せると、彼を抱き寄せてぽんぽんと肩を叩いた。
「悪いな、カルロ」
「……」