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終着


 連れてこられた屋敷は、サイズこそ大きかったが打ち捨てられてから長い時間が経っているらしく随分と荒れていた。

 あちらこちらで木材が朽ち、壁紙は剥げ、埃っぽい。そして薄暗い。

 かつては応接間だったのだろう広い空間にたどり着くと、そこには予想通りの人物がいた。

「ご機嫌よう、クローディア様。急な招待になってしまってごめんなさいね?」

「………レイチェル様……」

 華やかな容姿で、女王のようにその場に君臨する、ブロワ侯爵令嬢、レイチェル・ロワーズ。

 彼女は金の髪と青い瞳の、王家に近い血筋を表す特徴を持つ美女だが、さすがに今は少し疲れているようだった。おそらく初めて身に纏ったのではないかと思われるほど地味な色のローブを羽織り、座る椅子も用意されずその場に立っている。

「わたくしが何故あなたをここに呼んだか、お分かりかしら」


「……カルロを苦しめる為に、私を拉致したのですか?」

「あら、案外おバカさんじゃないのね」

 そう言われても胸は張れない。

 メアリの推理を聞いていなかったら、自分が何故レイチェルの手の者によりここに連れてこられたのか分からないままだっただろうからだ。

 ぶるぶると震えながらもクローディアは視線だけで辺りを見回す。この部屋にいるのは、レイチェルと、馬車の馭者に扮していた男だけ。

 隙をみて逃げ出すことは可能だろうか?外に出ればあるいは?

 けれどその視線に気づいたレイチェルがせせら笑う。

「おかしなことを考えないでちょうだいね。抵抗されてうっかり殺したくないの」

 彼女がぱちりと扇を鳴らすと、クローディアが入ってきたのとは違う扉から、こちらも覆面をした男が数名入ってきた。その内二人がクローディアの背後に立ち、退路を断つ。

 男達は予めレイチェルにそう指示されているのか、何か発言することはなかったが下卑た気配を纏わせて、舐めるような視線でクローディアをじろじろと見てくる。

 恐ろしくて、彼女の目元にまた涙がせり上がってきた。

「泣き叫んでも助けは来ないわよ、追手には偽情報を掴ませて、わたくしは王都を出たことにしてあるから」

「……そんな情報操作が出来るなら、本当に早く逃げた方がいいのではないですか」

 精一杯虚勢を張ってクローディアが言うと、レイチェルは高らかに笑った。その笑い声はひどくかん高く、どこか壊れて聞こえる。

「そうね、でもまずはわたくしをコケにしてくれたカルロ・ロッシにお返しをしなくちゃ」

 ぱちん、とまた扇を鳴らすと、男達がじりじりとクローディアに近づいてくる。弄るようにわざとゆっくり近づいてくる男達に恐怖が増し、彼女は小さく叫んだ。

「あなたはこれからこの男達に穢されるのよ。ボロボロにした後にちゃぁんとカルロの元に返してあげるわ。その時あの男はどんな顔をするのかしらね」

 うふふ、と扇で口元を隠してレイチェルが笑う。

 足元まで震えがきて、クローディアは立っているのもやっとだ。彼女のその姿を見て、レイチェルは口元を歪める。

「恨むならカルロ・ロッシを恨みなさい。あの男…ちょっと見目がよいからと傍に置いてやったのに、計画をめちゃくちゃにして…許さないわ、あんな男、地獄に落ちればいいのよ!」

 話している内に興奮してきたのか、レイチェルが金切り声をあげて叫んだ。その言葉に、クローディアははっとなる。



「……悪いことをなさったのは、貴女と侯爵の方でしょう?」


「なんですって?」

 クローディアは翡翠の瞳に、涙と明確な怒りを孕んでレイチェルを真っ直ぐに見る。体はまだ震えていたが、今は怯えの所為ではなく怒りに震えていた。

「国からお金を盗んだり、殿下にひどいことをしたのは貴女がたの方でしょう?……そんな人に、私の大切なカルロのことを悪く言われたくありません!!」

「黙りなさい!!」

 カッとなったレイチェルが駆け寄ってきて、扇を振り上げる。

 殴られる!と衝撃を覚悟をしたクローディアは思わず顔を背けた。


 けれど、次に感じたのは扇でぶたれる痛みではなく、温かく堅い掌に肩を抱き寄せられる感触だった。

 恐る恐る見上げると、彼女を抱き寄せていたのは先程まで背後に立っていた男の一人だ。彼はクローディアを抱き寄せる腕とは逆の腕でレイチェルの腕を掴み捻り上げている。

「……カルロ?」

 呆然としたまま名を呼ぶと、彼はレイチェルを力任せに突き飛ばして解放し素早く覆面を取る。現れた端正な顔と見慣れた金の瞳に、クローディアは安堵のあまり腰を抜かした。

「待たせてごめんね、ディア」

「カルロ……」

 たまらない気持ちになって、クローディアは縋るようにして彼に抱き着く。

「今日は熱烈だな、ディア。いつでも大歓迎だよ」

「も、ばか……!」

 カルロは笑って、掬い上げるようにしてクローディアを強く抱きしめ返した。どさくさに紛れて涙の伝う目元にキスをする。


「ちょっと!お前、どうしてここがわかったの……!!」

 床に無様に投げ出されたレイチェルが叫ぶ。カルロは靴を履いていないクローディアを抱き上げて、にやりと笑った。

「なんだ、自分で最初に言ったじゃないか」

「はぁ?」


「ディアはね、おバカさんじゃないんだよ」


 途端、部屋に突入してきた警備局の騎士達とレイチェルの配下の男達と戦闘になるが、奇襲をかけた警備局の方があっという間に鎮圧した。

 レイチェルにも縄が掛けられて、連行されていく。


 一連の出来事を、クローディアはカルロに抱きかかえられたまま呆然と見ていた。

「脚大丈夫?怖かったろ、もっと早く助けてあげられなくてごめんな」

 騎士や従者たちが忙しく立ち働く片隅で、段差にそっと降ろされたクローディアは自分の目の前に跪いた彼を見つめる。

 彼はクローディアの小さな脚に触れ、怪我がないかを確認していた。男性に脚に触れられたことに気付いて、彼女は顔を赤くして狼狽える。

「か、カルロ、脚見ないで…」

 慌てて彼を押しのけ、スカートで隠した。その恥じらう姿も可愛らしくて、カルロは相好を崩す。

 久しぶりに見るクローディアは、青ざめているし少し痩せたように見える。目元は散々泣いた所為で赤く、髪もぐちゃぐちゃだ。

 けれど、彼女がクローディアである、ということだけで彼にはたまらなく美しく感じられるし、久々に触れた肌はやわらかく、いい香りがした。


「気にしなくてもいいだろう?俺は君の夫になるんだから」

 これでもう我慢しなくていい。そう思うだけでカルロは叫びだしたい程幸福だ。彼女の傍に戻ってしまえば、今までどうやって離れていられたのか不思議なほどに、いとおしい。

 愛情をこめて言うと、恥じらうかと思っていたクローディアは予想に反してきょとん、とした顔になった。


「……え、でも婚約は破棄されてるから、結婚しないんでしょう……?」


 彼女は美しい翡翠色の瞳を瞬いて首を傾げる。

 仕草は愛らしいが、その内容にカルロは衝撃を受けた。


「その誤解まだ解けてなかったのか!」



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