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箱の中


 一方、猛然と走り出した馬車の中でクローディアは必死にシートに噛り付いていた。

 どこをどう走っているのか、外を見る余裕もない。走行する車内は激しく揺れ、少しでも気を抜けば天井や壁に自身を打ち付けられそうだ。


 怖い!!


 舌を噛みそうで口元もぎゅっと歯を食いしばっているが、クローディアは大声で叫びたかった。

 扉が閉まる瞬間、呆然とこちらを見ていたコルデーの瞳を思い出すと涙が溢れる。きっとコルデーも、メアリも今頃自分達をすごく責めているのだろう。

 皆怪我はないだろうか?走り出す瞬間、複数人が止めようと体を投げ出した気配と振動があった。こんなにも暴れる馬車に対して、自殺行為だ。

 一瞬、扉を開けて馬車から飛び降りようかとも考えたが恐ろしくて脚が竦む。けれどこのままどこかへ運ばれていくままでいい筈がない。

 こういう時、どうすればいいのか全く分からないが、諦めるわけにはいかない。

 クローディアは泣きながら必死に考えを巡らせる。馬車のスピードはかなり速いが、伝わる振動は王都特有の石畳だ。


 王都は十字に区切られていて、北に王城、南に下街、東に貴族街があり西には商会などの店舗が軒を連ねている。そして、中央には広場と国教の大聖堂。

 窓の外の景色は判別出来ないし、彼女にとって土地勘のない路地を走られていればお手上げだ。けれど石畳の路地は大通りだけだし窓から入り込む光の角度で、おおよその方角だけは分かる。

 屋敷を出ようとしていた時刻を必死に思い出しながら、最近よく見る新聞の天気図のそれに載っている太陽の角度の図解を懸命に脳裏に描いた。

 元より、素人の思い付きなので正確であるわけがない。けれどクローディアに出来ることは他にはない。


 クローディアは髪のリボンを解き、ブーツも脱ぐ。なんとか無理な体勢で踏ん張りながらブーツにリボンを括り付けて、走る馬車の様子を窺った。距離は分からない。今どこにいるのか分からない。

 けれど、王城の方向に向かうならば貴族街よりも更に検問や警備が厳重だし、これだけ走っているのだから貴族街に留まるつもりはなく、下街方向へ向かうのだろう。

 だとしたら、どこを通るにしても馬車道ならば広場を通る筈だ。

 そう考えている内にまもなく、車体に急旋回の衝撃がくる。広場を駆け抜け、下街に向けて曲がったのだろう。

「う…固い……」

 普段滅多に開けることのない窓の留め金を外し、僅かに開く。

 下街に向かうことは、きっと警備局や屋敷の者も考えが及ぶ筈だ。メアリの様にクローディアが考え付かないような発想の者もいるし、ここまでは追跡してくれると信じる。

 問題は、下街に入ってからだ。

 次の曲がり角で、クローディアはリボンを括り付けたブーツを片方外へと投げる。

 宝石や綺麗なリボンならば拾われて懐にいれられてしまう可能性はあるが、子供達と遊ぶ為に履いていた黒革のシンプルなブーツ、しかも片方とくればさすがに拾得物の隠匿をしようと考える者はいないだろう。

 そう考えると、拉致されたのが夜会に向かう時でなくてよかった。宝石を縫い込まれたヒールの靴を履いている時じゃなくて。

 一つ手掛かりを残せたことで、クローディアは息をついた。


 行き当たりばったりで行動しているので、何度も曲がり角を曲がられたらどうしよう、と彼女は危惧していたが、幸いにしてしばらくして馬車が止まった。

 ぶるぶる震えていると外から扉が開き、覆面を被った男が下りるように促してくる。

 誰も手を貸してくれなかったので彼女は一人で恐る恐る馬車を降り、目の前の粗末な屋敷に促されるままに入る。

 隙を見て、玄関扉の横の茂みにもう片方のブーツも投げておいた。

 こんなことで何が意味があるのかは分からない。でも出来る限りのことをして、少しでも無事に帰ることの出来る可能性を上げたかった。


 愛する人達の元へ帰る為に。



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