拉致
「……カルロの最も大切な人は、私なのかしら」
ほぅ、とクローディアはため息をつく。
白い頬はピンク色に染まり、翡翠色の美しい瞳には熱が灯っている。
「……そこは疑いようもないことと思われますわ」
メアリが言うと、クローディアはぽ、と頬をさらに赤く染めた。
この反応は…と二人のメイドは目配せを交わすが、賢明にも口は噤んだ。
「でも、そうね。カルロの大切な人の中ではきっと私が一番狙いやすいわよね……」
せっかくの筋道を、慎重に考えて少しそれていく主に二人は歯がゆい思いを抱く。そのまま素直に筋道を直進されて、喜ぶのはカルロなので業腹なのだが。
「ようやく私が外出しない方がいい、という理由は分かったけれど……今日はどうしても孤児院を訪問したいの……なんとかならないかしら」
彼女が困った様子でそう言うと、メアリの視線がコルデーに向いた。
すると彼女は心得た様子で頷く。
「ケインさんに確認したところ、今日の王都は厳重警戒な為外出は推奨しないとのことです。ですがあらかじめ旦那様にもご相談済みのようで、お嬢様が是非孤児院を訪れたいと願われた場合は、従者を護衛として連れていくことと短時間の訪問、という条件を踏まえてならば許可が下りているそうです」
「まぁ……!」
ぱぁ、と笑顔になるクローディアに、旦那様はこの笑顔を守りたかったのだろうなぁ、と二人は思った。
「じゃ、じゃあ急いで支度をして、急いで行かなくちゃ!」
俄然張り切って立ち上がった主に、二人のメイドも速足で追従する。元々新聞を読み終えたら慰問に出掛けるつもりだったので差し入れのお菓子やバザーに出す用の刺繍のハンカチなどは全て用意が整っている。あとはクローディア自身の支度だけなので、彼女は慌てて自室に戻り訪問用のドレスを選んだ。
今日はあまり目立たない方がいいだろう、とチョコレート色のドレスに襟と裾、腰のベルト状の部分が黒いレースで出来ている一着にした。髪の色に近いし、これであまり目立たないだろう、とクローディアは満足していたが、生き生きと輝く翡翠色の瞳を際立たせる結果になっていることは誰も指摘しなかった。
髪を纏め、同じ黒いレースをリボンに見立ててツインテールに結ぶ。少し子供っぽい髪型だが、孤児院では子供達と走り回って遊ぶのでこういう髪型の方が過ごしやすいのだ。
支度の整った一行は、裏門から伯爵家の家紋付きではないお忍び用の馬車で出掛けることにする。あまり物々しくても目立つだろう、と侍従を二人と付き添いのメイドはコルデーだけが同行することになった。
「お気をつけください、お嬢様。コルデー、お嬢様をしっかりお守りしてね」
「任せて、メアリ!」
コルデーは荷物を持って、クローディアが先に乗った馬車に乗り込もうとした。
が、
バン!と扉が閉まり従者もメイドも置き去りにしてクローディアだけを乗せた馬車が突然走り出す。
「と、止めて!」
「お嬢様!!」
ハッとしてコルデーが叫ぶと、メアリが馬車に追い縋ろうとする。それを馭者が足蹴にして阻み、同じ様に馬車に取り付こうとした従者や他の従僕達を馬が蹴散らし、猛然と路地を駆け抜けていった。
全てが一瞬のことで、残った者達は騒然となる。
「ど、どこに向かったんだ!?」
「お嬢様!ああ、なんてこと……!!」
狼狽える者が多い中、倒れたメアリを抱きしめてコルデーは呆然としていた。扉が閉まる瞬間のクローディアの驚き怯えた瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
素直で可愛い、コルデーの大切なお嬢様。あの方に何かあったら絶対に許さない!
「皆、落ち着きなさい。とりあえず誰か走れる者は角まで行って警邏の方を呼んできてくれ。あれだけ暴れ馬のごとく走って行ったのだ、目撃情報もあるだろう。お前は王城まで行ってこのことを旦那様にお知らせしておくれ。残りの者は怪我人に手を貸してやるんだ」
青ざめた顔の執事に言われて、慌ててそれぞれが動き出す。
「ケインさん」
「私はまず奥様と若奥様に報告をしてくる。それからお忍び用の馬車の馭者は、いつもお嬢様の馬車を任せているロダに変装していたようだ……ロダの捜索と……他にも屋敷に仲間が入り込んでいるかもしれない、それぞれ二人一組で行動し相手の動向にもよく気をつけてくれ」
家を預かる執事として、大きな失態である。
ケインはクローディアの安否を心配すると共に、胸に大きな不安を抱いて屋敷の中に戻ることになった。