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突然の婚約破棄

初投稿です、よろしくお願いします!


 ウェーデル国の王都にあるグリューデル伯爵邸。

 こぢんまりとしてはいるが、瀟洒な設えの品の良い白亜の邸宅だ。

 春先特有の花々の芽吹く気配とうららかな陽気、日中行き交う人気は少なく、午後のお茶には少し早い時間。


「ディア」

「カルロ。いらっしゃい、久しぶりね」

 居間でメイド達と共に刺繍をしていたクローディアは、突然現れた婚約者に驚くこともなく笑顔を向けた。


 それもその筈、このカルロ・ロッシはクローディア・カディスの婚約者でもあるがそもそもが幼馴染であり、幼い頃からアポなしで訪れることにはクローディアは勿論屋敷中の者達にとって慣れっこなのだ。

 メイド達は慣れた様子でささっとテーブルの上を片付け、刺繍の道具を仕舞うとすぐさまお茶の用意を始める。

 クローディアだけはきりのいいところまで刺繍を続けようと再び手元に視線を戻す。

 そんな彼女の隣に座り、組んだ脚の上に頬杖をついたカルロはクローディアの横顔を見つめた。

「なぁに?」

 視線がこちらに注がれていることはわかるので、クローディアが訝し気に尋ねると、カルロはにっこりと笑う。

「今日も俺の婚約者は美しいな、と思って」

「あら、ありがとう。あなたも素敵よ、カルロ」

「嬉しいけど、せめてこっちを見て言って欲しいなぁ」

「ちょっと待って、今ややこしいところなの…」

 クローディア自身はさほど刺繍自体が好きというわけではないのだが、グリューデル伯爵家は慈善事業に熱心な家なのでこういう細々とした仕事が絶えずある。

 社交が得意な伯爵夫人は一人娘を自分同様貴族社会のファッションアイコンにしたかったらしいが、社交の苦手なクローディアからすればとんでもない。

 幸い幼い頃から、家格が釣り合い気の合う婚約者がいるおかげで必要以上に社交に精を出す必要がないのをいいことにすっかり引き籠っているのだ。

 そんなわけで母の分の刺繍も引き受けるのは小言をさける為の一環であり、彼女はしょっちゅうせっせと針仕事に勤しんでいる。


「この前はポケットチーフへの刺繍、ありがとう。とても評判だった」

「本当?よかったわ、綺麗な色の糸だったしあなたの瞳の色に映えると思ったの」

 カルロの髪色は艶のある黒髪で、瞳は不思議な虹彩を放つ金だ。

 仕事で夜会に出るという彼の為に、クローディアは絹のポケットチーフに光沢のある瑠璃色の糸で彼の家…ローヴェレ伯爵家の家紋を刺繍して渡したのだ。

 ようやくきりのいいところまで終えたのか、丁寧に糸の始末をして、クローディアは針を裁縫箱に仕舞う。すると機を見計らっていたメイド達の手によりあっという間に片付けられて、目の前にはほどよい温度のティーカップと焼き菓子が並んでいた。

 そして、居間の扉は開いているものの誰もいなくなる。それでいいのか、と思わなくもないのだが、この方がカルロがリラックスするのを知っているクローディアは何も言ったことはない。

「今日はどうしたの?」

 クローディアが尋ねると、カルロはおもむろに彼女を抱き上げて膝の上に横抱きにすると、細い腰に腕を回して豊かな胸に顔を埋めた。

「あーーーーーディア、いい匂い…」

 ぐりぐりと頭をすりつけてくるので鬱陶しいことこの上ないが、クローディアはされるがままに任せる。

 巷で人気の若き伯爵家当主であり、近衛騎士団所属の王太子付き騎士、だなんで少女小説のヒーローのような肩書を持つこの男はひどく甘えたなのだ。

 幼い頃に母をなくし、クローディア達兄妹と育った所為か彼女をぬいぐるみのように抱えて癒しを求めるのが癖になっているらしい。

「カップ取って」

「んー」

 白い首筋に懐いたまま、カルロはカップを持ち上げてクローディアの口元に運ぶ。飲ませてこようとするのを跳ねのけて、両手でカップを受け取った彼女は少し冷めてしまったお茶をこくりと飲んだ。

「あ、ラルカの花茶だわ」

「お土産」

「カルロが持ってきてくれたの?ありがとう」

「ディア、花茶好きだもんな」

「うん」

 子供のように頷いたクローディアに笑いかけて、カルロは焼き菓子を一つ指先で摘まんで彼女の口元に持っていった。

「これもお土産?」

「そう。2時間並んだ」

「そんなに!?」

「最近流行りの店なんだと。同期が一緒に並んでくれって言うから、今度の非番変わってもらう約束で同行した」

 背の高い騎士2人が、最近女子に流行りの菓子店に2時間並ぶ姿を想像してクローディアはくすくすと笑った。

 その口元に再度カルロが菓子を押し付けると、彼女の小さな唇が開いてぱくりと食べる。

「美味しい!」

「…ディアが喜ぶなら、並んだ甲斐あったな」

 首元で溜息を吐くようにして言われて、クローディアはくすぐったさに震える。

「そこで喋るのやめてっていつも言ってるでしょ?元気になったのなら、もう降りるわ」

 するりとカルロの腕から抜け出したクローディアは向かいの1人掛けのソファに座り、菓子の皿を引き寄せた。


「それで?いい加減教えて。今日は何の用で来たの?」

「ひどい言い様だ。用がなきゃ愛しい婚約者に会いに来ちゃいけないのか?」

 カルロは肩を竦めると、行儀悪く脚を組んで座る。そうすると長い脚が目立って、小柄なクローディアには妬ましい気持ちが湧いた。

「そんなことないけど…でも近衛になってから忙しくて、用がないのに来たことなんてなかったじゃない」

 赤みがかったキャラメル色の髪が、クローディアの華奢な肩を流れる。たっぷりとしたとろみのある動きは本当に極上のキャラメルを思わせて、甘そうだ。

「カルロ?」

「あー……ディア、やっぱもう一回」

「はぁ?」

 素早く立ち上がったカルロは、菓子を片手に持つクローディアごと抱き上げた。髪に頬擦りをして、うんうん唸り始める。

「もう!なんなのカルロ!降ろすか座るかしてちょうだい!」

「え?抱えたままでもいいのか?」

「あなたに立ったまま抱えられると、視線が高くて怖いのよ」

 クローディアは顔を顰めてカルロの首に抱き着く。確かに普段の彼女の視線からはかなり高くなってしまうし、他人に全て委ねているのも不安なのだろう。

「ごめんごめん」

 カルロは笑ってすとん、とそれまでクローディアが座っていたソファに座った。勿論、彼女を抱えたままで。

「もう……カルロ?本当にどうしたの?今日のあなた、ちょっと変よ」

 胸元にあるカルロの頭を優しく撫でてクローディアは問う。

 カルロは口調は軽いし、態度もいい加減なことが多いが実際は誠実な男だ。こんな風にクローディアの問いをはぐらかすのは相当言いにくいことでもあるのだろう。心配になって彼の顔を覗き込むと、カルロは少しだけ笑ってみせた。

「無理に笑わなくていいわよ」

 ぽんぽん、と頭を撫でると、彼は甘えるようにクローディアの胸にぐいぐいと擦り寄った。その仕草が大きな獣のようで、彼女は可愛く感じてしまう。

「……言いたくないのなら、言わなくてもいいし」

「そう出来たら、どれほどいいか……」

「カルロ…」


 再度頭を撫でると、もっと、と言わんばかりに抱きしめる腕の力が強くなるので、少し困る。カルロの艶のある黒髪は触ると見た目よりもずっと柔らかい。いつだったかクローディアがそう言うと、彼は「ディアに撫でて欲しいから、触り心地がよくなるように気を遣ってる」と偉そうに言っていた。

「キスしてくれ、ディア」

「本当に今日のカルロは甘えたね。どうしちゃったのよ」

 なるべく優しく彼の頭を撫でながら、クローディアはそっと掌をこめかみ、頬に滑らせてカルロの顔を上向かせる。白い指先で前髪を避けて、ちゅ、と可愛らしい音をたてて額にキスをした。

「元気をだして」

「ディア…」

「なぁに?」

 思いつめたような金の瞳。珍しく真剣な表情。


「………俺と君との婚約を、破棄させて欲しい」



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