第2話
ピカピカが視界を邪魔して目の前が見えなくなることが多い。だから太郎は手でピカピカを振り払いながら歩く。それが太郎の日常であった。
ピカピカの大きな塊や小川のような流れが突然空中に現れる。目の前だろうがお構いなしに現れる。太郎は反射的に手を振ってピカピカを散らそうとする。
太郎の友達はそんな彼の行動をからかった。太郎は頑張って理由を説明するが、それがかえって笑いを呼び、次第に太郎は変な子として見られるようになった。悔しくて泣き、そのうち太郎は説明することをやめた。
ピカピカによって視界が塞がると人や壁にぶつかったり、転んだりした。両親、幼稚園の先生、通りすがりの人達は太郎を気の毒がり、また心配した。
「太郎ちゃん。どうしたの?」
「太郎ちゃん壁が見えなかったの?」
「危ないな。親は何をやってるんだ」
周りから心配の声を掛けられると太郎は大丈夫と返した。どうせ言っても分かってもらえない。固く結ばれた唇はそう訴えていたのかもしれない。
4歳の太郎はこの頃すでにある種の諦めを持っていたのだろう。いやただ割り切っていたと言う方がより正しいかもしれない。とにかく太郎は自分に見えているものが他人には見えていないのだと分かった。
あまり度々転んだりする太郎を見て、両親は心配のあまりしつこく訳を聞いた。太郎はじっとうつむいて黙っているばかり。何も答えなかった。
太郎にとってピカピカというものはどういう存在なのか。邪魔なもの?嫌いな存在?どうも違うようだ。ピカピカのために泣くようなことも多かったが、太郎はピカピカが好きなのだった。
腕をぐるぐる回すと巻き込まれるようにピカピカもぐるぐる回る。ピカピカの塊に頭を突き入れると無数の粒々が視界いっぱいに飛び込んでくる。
太郎はただピカピカを見ているだけで楽しい気持ちになれた。悲しい気分も不思議と慰められた。
朝起きると布団に薄く積もっているピカピカを手ではたいて飛ばし、夜眠りに落ちる前に部屋に漂うピカピカを大きく吸い込んだりした。
ある日、太郎の母親は彼を病院に連れて行った。太郎がよく壁にぶつかり、転ぶさまを見て、そして時折目の前にいる自分が見えていないかのように瞳の動きが定まらないことが不安で仕方なかったからだ。
「この子は目がよく見えていないのかもしれません」
母親は医者に日常の様子を語った。医者は母親の話を聞き太郎の話を聞いた。検査結果は異常なしと出た。
視力検査の時に返答に不自然な間があったものの目に問題はありませんとは医者の話。目に限らず、身体のどこにも異常は見当たらないと聞いた母親はほっと胸をなでおろしたが不安が消えたわけではなかった。