第1話
ぼんやりと光る小さな虫のようなものが見えるようになったのはいつのことだったろうか。記憶を掘り起こしてもはっきりしない。
はじめは物心つく前のことだった。微かに思い出せるのは遠く、薄く、軽い、透き通って幕のかかった景色。
「ママ。あれなぁに?」
3歳の太郎は母親に向かって空を指さし、あれはなんだと何度も聞いた。
「太郎ちゃん。あれってどぉれ?何かいたの?」
母親は微笑みながら太郎と同じ空を見上げる。太郎は指さしながら”あれ、あれ”と母親の袖を引く。
しかし母親には太郎の言うことが分からない。大きな木のことでも、電線のことでも、雲のことでもないと言う。
「太郎ちゃん。おっきな虫いた?ママには見えないわ」
太郎は母親の顔をじっと見ているうちに泣きそうな顔になった。なんであれが見えないなんて言うんだろう?そしてすぐに涙が出てきた。母親は太郎を抱っこして背中をさすりながら家に帰った。
太郎は知りたい気持ちを抑えることが出来なかった。時を変え、場所を変え、同じ質問を繰り返し続けた。
「これなぁに?あれは?あっちのは?」
そのうち太郎は聞くのをやめた。母親だけではない。誰に聞いても、浮かんで飛び流れていく光が見えないと分かったからだ。
幼稚園に行く朝の道。自転車の後ろの席で母親の背中に鼻をつけてその匂いを嗅ぎながら、太郎は流れていく光の粒に手を浸して、光が散らばっていく様を楽しんだ。
友達と鬼ごっこして遊んでいる時、空から降ってくる光の粒に視界を奪われ前が見えなくなり転んだ。
夜。窓の外を見ると、光の川が空に流れ、光の雨が降り、光の風が吹いていた。
太郎はこのぼんやり光る小さな虫のような粒を”ピカピカ”と密かに名付けた。好きなアニメに登場する黄色いネズミみたいなものを見て閃いた名前だった。




