1本目 事件のはじまり
「ボクにも少し詳しい話をお聞かせ願おうか。御嬢さん?」
萌葱の眼前には今まで見たことのないインパクトのある人種が立っていた。
出来れば積極的にはお近づきになりたくない類のキザったらしい仕草の男。
金髪を中世の貴族かなにかのようにカールさせ、顔も体も異様に横に広くハの字眉毛に妙につぶらな瞳と分厚い唇。年齢はよく分からない。
「彼はね。…まあなんというか探偵みたいなものだよ」
スーツ姿の若い男の刑事さんが曖昧に返す。
「はあ」
19年の人生で初めて受ける警察の取り調べだったがドラマなんかで定番のカツ丼も出てこないし部屋も意外と綺麗で禁煙。
探偵なんかも事情聴取に同伴することもあるのかもしれない、とボーと思考する。
「それで君はなぜあの混入していたキノコの名前まで詳しく知っていたんだい?」
「え?ヒトヨタケですか」
母がスーパーで購入した栽培コプリーヌ(ササクレヒトヨタケ)に混入していたのだ。翌日、酒豪の母の悪酔いが酷くて萌葱は異常に気付いた。
慌てて救急車の前に110番をしてしまい任意聴取という形で最寄りの警察署にご同行という運びになったのである。
「だって傘の鱗片とツバの有無や幼菌の形質を見ればすぐに分かるし」
普通の人、ましてや19の女の子から出てくる単語ではない。
「?…う、うん。で、どうだ松尾」
貴族ぽい奇妙な探偵の名前らしい。
「岳萌葱19才。魅力はA-。クラスは学生のレベル9で」
松尾は何やら宙を指先でせわしくなぞっている。豊満な肉体を揺らしながら。
「もうひとつは…観察者でレベル36。スキルは異様に偏りがあるようだけどこりゃすごい。ちょっとした専門家さ!」
「じゃあ何か事件に関与が?」
「いや、このモブっ子のカルマはロウ寄りのニュートラル。こんな下賤なイタズラには加担はしないと思うよ?」
ツヤツヤの笑顔とナルシスぽい口調が若干ウザい。
というよりクラスとかスキルとかレベルとかソシャゲーの話でもしてるのだろうか?取り調べ中に。
―てかモブっ子てなんだ?
「そうか」
「…あの」
「事件のあったニョキニョキマートとの因果関係もないようだしアリバイもある。ご協力感謝いたします。お疲れ様でした」
時間にして30分程度。やたらと長く感じられたがどうやら事情聴取は終わったらしい。パトカーで自宅マンション三階まで送迎してもらう萌葱。
「じゃあ戸締りには気を付けて。お母さんお大事に」
「何か困ったことがあれば至急連絡するのだぞ?モブっ子」
ちょっと汗でしっとりした名刺を渡す探偵。
「あのちょっと聞きたいんですけど…」
二人の姿はすでに階下に消えていた。
―モブっ子てなんだ?
岳萌葱は少しズレていた。
「…二週間禁酒」
翌日の土曜。萌葱の母タマ子は無事退院、帰宅した。
しかしお楽しみの晩酌にドクターストップがかかり抜け殻のようになっている。
「刑事さんの話じゃ最近この手のきのこ使ったイタズラ増えてるみたいだよ」
わざわざ自生する類似したきのこを店売りの、しかもパッケージされた栽培きのこに混入させる。手の込んだ悪戯だ。
強い毒性はないがアルコール摂取で悪酔いするヒトヨタケ。恐らくこのきのこを知る者が狙って及んだ犯行だろう。
ニョキニョキマート自体も損害を受けている。その他の混入を恐れ食品、特にきのこを廃棄する予定だそうだ。
事件としてニュースにはなっていないようだが非常に悪質である。
―これはちょっと許せないな
呑気に母タマ子は当面の禁酒生活に凹んでいるが、これがドクカラカサタケのような毒性の強いものだったらと末恐ろしくなる。
悪用されていることもだがなにより…
―愛するきのこたちがゴミ箱行きなんてありえない!
固く拳を握りしめる。
そう。岳萌葱は重度のきのこマニアなのであった。
ヒトヨタケ。この辺りだと発生地はあそこしかない。
「…ん?ちょっともえぎ!どこ行くの!」
愛用の一眼レフ入りショルダー片手にいざ行かん!
「裏山!」
「アンタ見た目だけは悪くないんだから年頃の娘が一人で…!」
玄関のドアが勢いよく閉まる音が響いた。