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stella

私の彼は異世界人

作者: 叶 葉

深い森の中。

木々が生い茂り、人の気配は無い。

日の光さえも覆い隠す勢いで茂る葉。

神秘的な澄んだ空気の中、一頭の馬を連れたニーナはザクザクと落ち葉を踏み鳴らしながら進む。

冬になると雪が降るーーー。

それまでに充分な薪を集めなければならない。

それが今日のニーナの仕事だった。

背負子に薪になりそうな乾いた木を投げ込みながら進むと、ニーナはふっと視線を上げる。

そこには、一本の太い木に背を預けるように倒れこんでいる男がいた。



「もし、もし……」


男は目覚める気配もない。


危ないわーーー。


この辺は人里に比較的近いとはいえ、野生の獣などもいる。

おまけに男は珍妙な格好とはいえ、上質と分かる布地の衣服を纏っている。野盗に見つかれば確実に殺されるだろう。

男を戸惑いながらも揺すってみたが、起きる気配は無い。


「仕方ないわね。スー、悪いけど、手伝ってくれる?」

馬に優しく声を掛けると、スーと呼ばれた馬は跪いた。

ニーナは、ふんっ!と声を出しながら踏ん張り、男をスーの背に乗せる。男の傍らに落ちていた珍味な形の荷物をニーナは抱える。


もう時期、厳しい冬が来る。

薪を拾いに来た筈が、珍妙な格好の男を拾ってしまった。

溜め息をつきながら、ニーナは家路についた。





「おやまあ、珍しい者を拾ったねえ」

祖母のシーナは目を丸くして驚きの声を上げる。

母のミーナと、父のロブも同様に驚いているようだ。


「異界の人間なんてサブロー以来じゃないかね?」



サブロー………。


あのロクデナシと同郷か。


ニーナはふらふらと立ち上がると、扉に手を掛けた。


「ニーナ、どこに行くの?」

母のミーナが止める。

「どこにって?元の場所に返しに行くのよ!サブローなんかと同郷の人間なんか、この家には置いておけないわ」

ニーナの怒鳴り声に、父ロブは肩をすくめる。

「ニーナ、意識の無い人間を森に捨てに行く気かい?おやまあ、随分と薄情じゃないか」

祖母のシーナはおっとりと咎める。

「薄情なのは私じゃなくてサブローよ!身篭ったシーナばあちゃんを置いて異界に帰って音沙汰なしなんて、最低最悪の男じゃないっ」

ニーナは鼻息荒く、吐き捨てるように怒鳴りつけた。

「それにしたって今から森に行くのは賛成出来ないな、ニーナ。せめて彼が目覚めるまでは家で世話しようじゃないか」

父のロブは、宥めるようにニーナの肩を抱き、席に座る様に促した。

ニーナは渋々頷くしかなかった。


ーーーこの、お人好しの集まりめっ。


しっかり心の中で悪態をつきながら、目の前で眠る青年を睨みつけた。


青年の目は瞑られており、長いまつ毛が縁を彩っている。

その間に、通る鼻筋はスッキリとしている。

唇は少し隙間が開いており、赤い舌が時折覗いた。

肌は白く、指先も苦労を知らぬ、こちらの世界の人間にしては綺麗な華奢な手であった。

美しい男であった。



「ニーナ、拾って来てしまったんだから、世話をしてやりな。確かサブローの使ってた辞書がある筈だから、屋根裏から出してきな」

シーナはそう言うと、父母を伴い、出て行った。



シーナの祖父は、この家にいない。

サブローという名の異界から迷い込んだ男が血縁上の祖父だ。

彼はある日ふらふらと身一つでシーナの前に現れ、いつの間にかシーナの自宅に居着いた。

初めは言葉も通じず、二人は苦労しながら、情を深めていったそうだ。

二人の生活がある程度落ち着いた頃に、元の世界に取りに戻らなければならない物がある、と言い残して帰って来なくなってしまった。

その時シーナの腹には既にニーナな母、ミーナが宿っており、困窮しながらも必死にシーナはミーナを育てたという。

同じ女性として、憤りを感じるニーナに、いつもシーナは言うのだ。


「サブローはそんなに悪い人間じゃないよ。多分、本当にこっちに帰るつもりだったんだよ。何か事情があるのさ」



ニーナには理解出来なかった。

薄情なロクデナシを何故庇うのか。

ニーナの母のミーナはこう言う。

「それでも母さんは父を愛しているんだわ。周りがとやかく言うのは野暮よ」

ニーナは信じられないほどお人好しな家族に、怒鳴りつけてやりたい気持ちにいつもなるのだ。




















「一体いつ出て行くのかしら?」


ニーナは眉間に皺を寄せて、頭一つ分高くにある、黒目を睨み付ける。


「ニーナ、可愛い顔が台無しだ。俺は一生帰らないと何度も説明しただろう?」


戯けた調子で口端を上げながら、マナブと名乗った青年はニーナの頭を撫でた。

彼は翌日目覚めると、驚いたことに、こちらの世界の言葉を話した。

彼はサブローの甥であるとも言った。

シーナを前に、叔父であるサブローの非礼を詫び、どうやら異界からは一度しか来れないらしいと付け加えた。

サブローは、異界の結婚を申し込む為の指輪を調達に帰ったらしいが、もう一度戻ろうとしても、二度とこちら側へ来れなかったという。

サブローとシーナは身寄りも無く、貧しかった。

こちら側の金銭が無く、異界の資産で購入し、戻ってくるつもりでいた様だ。と、マナブは語った。

そして、シーナに小さな古びた箱を差し出した。

中にはキラキラと輝く、一粒の石が付いた指輪が鎮座していた。

シーナは震える手で小箱を抱え、マナブにありがとう、ありがとうと泣きながら伝えた。


ニーナは怒りのやり場を失った。


祖母や母の苦労をサブローに押し付ける生活は楽だったのだ。

と、今更気付いた。


2、3日もこちら側を堪能したらすぐに異界へ帰るだろうと思っていたマナブは、いつまで経っても帰らなかった。

いつの間にかロブの仕事を手伝いだし、商人としての勉強を始めた。


あっという間にマナブが来て、一年が過ぎていた。


マナブを見ると時々胸が苦しくなった。


いつかは居なくなってしまう人に期待するだけ無駄なのだ。

マナブを家族のように受け入れてしまったら、喪失した時に弱いニーナはきっと耐えきれない。

だから、ニーナはいつも聞くのだ。


ーーー一体いつ帰るのか、と。


するとマナブはいつも帰らないと答えてくれるので、ニーナはとても安心する。

安心しながら、怯えている。

いつか飽きたら居なくなってしまうだろう、と。

だから一年経ってもマナブに素っ気ない態度しか取れないでいるのだ。

どうすれば、マナブはずっと一緒に居てくれるのだろう。

ニーナはいつも自問自答している。






ある日の午後、ニーナの家に親友のルナが来た。

ニーナは偶々休みだったマナブを紹介すると、初対面の二人は何やら人の悪い笑みを浮かべた。

「ニーナ、私ニーナの淹れたお茶が飲みたいわ。悪いけど、お願い出来るかしら?」

ルナに言われては断れない。

ニーナは不安に思いながらも、お茶の仕度をしに部屋を出た。



しばらくして部屋に戻ると二人はとても楽しそうに談笑していた。


ーーーあら?もしかして。



ニーナは直感が働いた。

もしかして、これが一目惚れというものなのでは?と。

お茶をカップに注ぎながらマナブを見ると満更でもなさそうだ。

もしかしたらマナブはルナと結婚すれば、異界には帰らない確約が出来るのではないかとニーナは考えた。

それなら嬉しい。

ニーナはそう思った。

一度帰れば戻ってくる事は出来ないとマナブは言っていたのだから、愛する妻を置いて帰りはしないだろう。

ルナはとびきりの美人なのだから、とびきりの美丈夫のマナブとはお似合いだ。

ちくりと胸が痛んだが、ニーナは気にしなかった。

側に居てくれるだけでいいのだ。

あまり多くを望んでも仕方ない。

ニーナは、気持ちに蓋をして二人に揃いのカップを差し出した。











「ニーナ、嫌なら断るけれど、君に婚約の申し込みが来ている」



父のロブは困った顔をしてニーナを見ている。


「相手の方は、父さんの仕事を継いでくださる気はあるの?」

父を真っ直ぐに見つめて問う。

「ああー、うん。大丈夫。その点心配ないよ。でも、年が少し、とても離れてるから。うーん、平気かな?」

ロブは言い淀んでいる。

まさか親子ほどの差は無いだろうし、婿入りしてくれるのなら、多くは望めないだろうと。

ニーナはそう考えて了承した。

父は安堵してニーナに書斎からの退室を促した。


夫となる人はどんな人だろうか。

出来ればマナブのようにいつか居なくなるような不安がない相手がいい。

歳上なら、きっとニーナの素直じゃない心ごと受け入れてくれる筈だ。

ニーナはそう考えて自室に向かった。









「ニーナ、婚約おめでとう!」


ルナは満面の笑みでニーナにお祝いを述べてくれた。

「ありがとう、ルナ。でも、まだ正直実感が無いの。相手の方をまだ知らないから」

ニーナがそう言うと、ルナは驚いた顔をして、何故かニーナの隣にいるマナブを睨みつけた。

綺麗な顔を顰め、低い声を出してマナブに問いかける。

「どう言う事かしら?」

初めて聞いたルナの怒気を孕んだ声にニーナは首を竦める。

マナブは怒りを露わにしたルナを涼しい顔でかわす。

「ニーナ、君の婚約者は俺だ」

マナブは何でもないと言う風にさらりと伝える。

ニーナは絶句してティーカップを落とす。

室内に敷かれた絨毯に黒い染みが出来る。

「えっ?相手は凄く歳上と聞いたけど」

ニーナのつぶやきにマナブは今度は驚いた顔をする。

「ニーナは俺をいくつだと思っているんだ?」

ニーナはマナブの年齢を知らなかった。せいぜい、20代中頃かと告げるとマナブもルナも驚いていた。

「確かに若作りではあるけど、彼は35って聞いたわよ?」

ニーナは再び絶句した。

「嘘……20歳も離れてるの?信じられないわ」

「頼り無くみえるのかもしれないけど、ニーナをシーナさんのように悲しませたりしない。ずっと側にいる。順番が違うけれど、受け入れてくれたら俺は嬉しい」

ニーナは涙した。

「ル、ルナは?ルナはいいの?」

親友は顔を顰めて言う。

「やっぱり勘違いしていたのね。鈍感にも程があると思うの。以前会った時に二人になったのはマナブさんをけしかけていたからよ?ニーナはモテるんだから早くしないと盗られるわよってね」

笑顔のルナに、無言のマナブ。

ニーナは困って泣き笑いをする。

マナブはニーナの頭をやっぱり黙って撫でた。





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