始まりの始まり
初投稿となります。
頑張って楽しい物語を考えていけたらと考えています。
よろしくお願い申し上げます。
ゆっくりとではあるが確実に死が近づいてくる。
どこまで進めば次の階層にたどり着けるかもわからない。
薄暗くごつごつと隆起した岩がころがる洞窟のような入り組んだ迷宮に入りおそらく2日程が経過した。
寝不足と足の鈍痛、いたるところの出血により意識が混濁してきている。
「今回は前回よりも進んだかなぁ・・・」
とため息とともに言葉が漏れ、目の前に迫り来るモンスターが僕の脳天を潰すべく腕を上げている。
そんな光景に恐怖心も何も感じなくなっていた。
腕が振り下ろされ鋭い痛みが一瞬だけ体を通り抜けたが、意識を取り戻した時にはいつもの迷宮の入り口につながる古びた喫茶店のカウンターの前に立っていた。
「おかえりなさい」
と言わんばかりにマスターが慣れた手つきでブラックコーヒーを淹れて出してくれる。
芳醇な香りが際立つこのコーヒーも今では美味しさのかけらも感じなくなった。
「あの、まだあの子は?」
「んー。2ヶ月ほどになるかな。まだ戻ってきてないね」
「何回も聞いてるとは思いますが、あの中で2ヶ月ってどう生き残れるんですか?」
「さぁ?私にはわからないね。ただのコーヒー屋のマスターですから。何かあるんでしょうね。彼女なりの何かが、ね。」
「んーまぁそうですね。もう少し頑張ってみます」
味のしないコーヒーを飲みながら気になっていた少女の事を話していた。
何故彼女は戻ってこないのか。少なくとも死んだら強制的に戻ってくるはずだから、彼女は生きている。この迷宮のどこかで。
様々なことを考えていたが答えはでなかった。
「味がしないなぁ...」
きっとこんな状態でなければこの喫茶店もこの美味しいコーヒーを目当てに多くの客がやってきただろうと思う。
「一見さんお断り」
というよりもある条件をクリアしないと扉が開かないため、この喫茶店の中には客はいない。
いるのは客ではなく訳ありの人間たちのみ。
1フロアでおよそ60席程度の広さのこの喫茶店には、迷宮へとつながる入口がある。
ここから出るためには迷宮をクリアしなければいけないが、もっとも迷宮をクリアすればなんでも願いが叶うという大層な景品もついてくるのだ。
しかしながら、迷宮を踏破した人なんて王都の王くらいだと話を聞いている。
王は何年も生きている。
不思議な魔術が使える。
神の使いだ。
悪魔の使いだ。
等の色々な噂が立っているがそれは迷宮をクリアしたからなのかもしれない。
にわかには信じ難い話ではあるが、ここに来るとあながち間違えではない気がしてきた。
周囲を見渡すとまばらに座っている人の中にはすでに意気消沈し、なにもしない人がちらほら見受けられる。
そして、木目の綺麗なテーブルに突っ伏している人間もいれば、迷宮内で見つけたと騒いでいた男がこの世のものとは思えないどす黒く剣先が煌めいている武器を手入れしている。
更に、チームを組み迷宮攻略に向けて会議をしている人間、くだらない些細なことで喧嘩をしている人間など。
おそらく一つ屋根の下のでありとあらゆる感情がひしめき合いまるで一つの生物であるかのように人々は迷宮が開くのを待っている。
コーヒーを飲み終えた僕は頭を掻きながら今回の迷宮の反省をしていた。
1日目は順調であのモンスターとも会うこともなく進めたが2方向に分かれる分岐点で道を誤ったのかもしれない。
手持ちのアイテムを使い果たすのが早すぎたのかもしれない。
人間並みの大きさをしたコウモリみたいなモンスターの大群に襲われ、幸いなことに右肩から先をもがれた事で命だけは助かった。
思考すればするほど何が正解かはわからず、結局のところ結果論として自分が迷宮をクリアできるかできないかの両極にある結果を求めるしかほかはなかった。
ここにきてすでに3ヶ月が経ち、20回ほど迷宮に入ったがいまだクリアの糸口すら見えない。
迷宮といえば100フロア目に潜むラスボスを倒して完全クリアというのが常套であるだろうが100フロアなんてあったらクリアできるわけがない。
というよりも1フロア目のおそらくこの迷宮では雑魚であろうと予測されるモンスターにすらまったく歯が立たない。
最初は意気揚々と手にした剣で戦おうともしたが一瞬で意識がなくなり喫茶店まで逆戻りしていた。
できることはひたすら逃げることで、太刀打ちできるなんて考えもなくなった。
この迷宮にRPGのようにレベルやステータスがあればまた話は変わっただろうが、生憎そんな都合のよいものなどはなく迷宮に入るたびに探検し、逃げ回る体力だけはついたかなぁと思う程度である。
ここまでクリア不可能であればいっその事リタイアでもできれば簡単なのになぁと思いながらマスターから注いでもらった2杯目のコーヒーも飲み終えた。
そしてちょうどガチャンと重く寂れた金属が動き迷宮へとつながる扉が開いた。
扉が開くと同時に、待ってましたと言わんばかりに咆哮をあげ扉の中へ消えていくものや、もう嫌だと声をあげ泣き叫ぶ者、大小それぞれではあるがほとんどの人間が重い足取りで扉の中に入っていく。
最後までいたのは声をあげ泣き叫ぶ女性であったが、扉が開いてから10分経つと強制的に迷宮の中に引き込まれていく仕様になっているため例のごとく迷宮の中へと消えていき、喫茶店にはマスターが一人グラスをふいているだけであった。
本編これから始まります。